第二話 振り向けば春

「待って、話が違います」

「な。とんだ貧乏くじ引いたろ」


 タエが勝彦とともに東京へ行くのには、しっかりとしたわけがあった。勝彦がプロを目指して小説を書くものと、てっきりそう思っていたのである。

 しかし、いざ勝彦という名のタマテ箱を開けてみればどうだ。やれ「俺は金のためには書かない」だの、「ままならないあの家が嫌いだった」だの、「だから同様にままならない子供もいらない」だの。


「うかがいたいのですが」

「なんだ」

「働くつもりは」

「ない」


 これにはさすがのタエも頭を抱えた。


 ◇


 タエは一人、汽車で揺られていた。もうこれ以上、勝彦と向かい合わせに座るのはごめんだったのと、自分たちの生活をこれからどうしようかと一人で考えたかったからだ。


 男性より女性の方が不遇であると、タエなりに心得てきていたが、いざこんな風にして突きつけられると、愛じゃなく利用されているのではと心のすみで苦しさがこみあげた。


 とんとん。とんとん。

 後ろの席から勝彦がタエの肩をつつきはじめた。しかし、タエはシカトを続けようと腹に決めた。


「おい」

「なんです」

「俺をやしなってくれ」


 パチン!!

 あっけなく気持ちを砕かれたタエは勝彦の頬を引っぱたいた。続けてあばれるタエだったが、それは勝彦に両手を封じられてかなわなかった。抵抗しても無駄だと悟るやいなや、タエは強く目を閉じ、そして開けたのだった。


「はぁ。話を変えましょう。もう秋ですね。頬に立派な紅葉が出来て」


 頬に立派な紅葉。それはタエなりの皮肉言葉だった。要するに「私にたたかれた気分はどうですか?」と、なじったのだ。

 しかし勝彦の眼差しはまっすぐだった。タエはその圧におされて、また勝彦に背を向けるようにして座ったのだった。


「怒りましたか」

「俺には桜に思えた」

「え?」

「春だな」


 タエは勝彦のその言葉の意図に気づくと、ますます気まずくなって、席を離れたのだった。


 ちなみにこの時の実際の季節は、夏である。

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