勇者は大概いかれてる ~ つながる異世界ショートⅠ ~

はなのまつり

勇者は大概いかれてる

 今日も今日とてうちの勇者は、ビール片手に頭のいかれたことを言い出した。


「明朝、魔王城に向けて出発しようと思う!」と。


 先月の始めから――魔王城の結界解除、その最後のトリガーたる四天王が一柱――巨大亀と呼ばれる魔物を討伐するが為、南の島に遠征し死に物狂いで戦ってきて、

 今晩やっと王都に戻れた、と言うのにだ。

 久々まともな食事と寝床にあり付けた、と言うのにだ。


 私はヤツを殴りたい。どちらかと言えば、ど突き回したい。そう、神官たる私の――か弱い女のことも少しは考えろ、と。


 勇者は良い……勇者なのだから。

 彼には恵まれた体格と、唯一無二の才能。類い稀なるスキルに、一騎当千の剣技がある。彼のことだ、苦労はすれど相手が魔王だろうときっと倒してみせるだろう。

 もっともそれは彼が勇者だからだ。くどいようだがそれが事実だ。


 この私を見て欲しい。神官の恰好で細っこい腕をさらす貧弱そうな私の姿を。

 どう考えたら、これが戦力になると思うのだろう。

 どう考えたら、行き帰りの道のりですらヘロヘロになるこの私が、戦地に赴き戦えると言うのだろう。


 アイツは馬鹿なのか。いやそうだ、きっとそうに違いない。

 隣には、疲労困憊で痩せこけてしまった戦士と、魔力の使い過ぎで死んだ魚のような目をする魔法使い。特殊な訓練を積んだ彼らですらこれなのだ。

 これでも魔王と戦える、なんて思うそこの勇者よ。お前はやっぱり大概だ――


 始めは“人助けになれば……” 、そう思って目指した神官業。

 捨て子だった私を拾ってくれた教会へ、多少の恩返しにもなるだろうと考えて。

 だから自分のことなど二の次に、必死に勉強しながら朝昼晩と神に祈って、一生懸命頑張った。

 そりゃまぁあ、

 ――公務員で安定してるし、座って駄弁るだけの簡単なお仕事

 なんて邪な気持ちも、半分くらいはあったけど。


 それでもだ。イチャこくカップルを横目に睨みつつ、余す時間せいしゅんの全てを神殿や教会の奉公に充てて。そうしてやっとの思いで手に入れた、“人を癒す加護の力”。

 ――これで食いっ逸れることもない! 自由だ、私!

 なんて思ったのも半分くらいなものですよ。


 とにかくそんな私に、だ。親の顔も分からない、どこぞの馬の骨たる私に、だ。


「俺と一緒に魔王を倒して欲しい」


 なんてヤツは言った。迷える子羊アホなカモの相手をしていた、この私の傍に来て。


 人より少し強力な加護があった私。それは、たまたまだ。

 死にかけだろうと治して癒せた私。それも、たまたまだ。

 それで少し有名人になっていた私。それも、たまたまだ。

 純情可憐、聖人君子を振る舞う私。そんなん、ワザとだ。


 それなのに、潤んだ子犬のような瞳で跪き、


「ああ、君は何と素晴らしい」

「まさに神の与えたもうた神器のようだ」


 と、神殿に来ていた周りの期待を集めるようにして、これ見よがしに言い放つ勇者。

 勘弁してくれ。そんなことを稀代の勇者にされようものなら、神官たるこの私が断れるわけがないだろう――立場的に。

 体のいい強迫だ、みんな死ねばいいのに――と、私は思った。


 旅立ちの日。

 能面のような顔で不満を露わにする私を、


「なんと神々しいご尊顔なこと……」

「女神様は相当お怒りのようだな! こりゃあ魔王もタジタジだろうぜ!」


 などと祭り上げ、嬉々として送り出してくれる有象無象まちのひとびと

 どいつもこいつも呪ってやりたい──私の心中、それしかなかった。


 進むは舗装もされていない険しい道。いや、道ではない道をゆく旅路。


「こんなのすぐに慣れるから大丈夫」


 そう口にする勇者達とは違い、ろくに体力なんてあるはずのない私にとってそれは、ただただ拷問だった。

 それなのに野宿では蚊に悩まされて、まともに寝れたもんじゃない。その上、目隠しで仕切られたトイレだってない。

 飯時だろうが、花を摘んでいようが、躊躇なく襲い来る魔物に得体知れない動植物。

 返り血や泥汚れを落としたくとも――寝物語よろしく、都合よく人が入れる川や泉なんてそうそう在るわけもなし――水浴びなんて夢のまた夢。

 自分のモノとは思いたくない体臭に、薄汚れてゆく心と身体。地獄のような日々。


 かなうはずない勇者相手に格好つけて恫喝どうかつしてくる、色々と持て余しているはずの盗賊達ですら、


「金品だけ置いていけ!」


 なんて酷いこと言う始末。どうやら私を“女”としては見ていないらしい。こっちはまだ初物なんだぞ、この野郎。


 ――美容? 女の幸せ?

 ――なにそれ美味しいの?


 そう言わざるを得ない、女の尊厳を無視したような生活環境。

 おかげでハマった妄想の世界。穢れなき笑みを浮かべた空想上のショタだけが、こんな私の唯一の救い。日に日に音を立てて崩れてゆく、私の安寧と未来予想図。

 つまりはあれだ。私は一人の人間として、一人の女として、まぁ色々と限界だったわけだ。


 それなのにヤツは涼しい顔して……、


平和・・の為に、俺達・・で魔王を倒すぞ!」


 とのたまった――。


 ――向かうは王都より北に遠く離れた陸の孤島、“最北の玄界”。そして到着するは小高い丘の上にそびえ立つ魔王城、その最奥の間。


「おい、魔王!! お前の蛮行も今日で終わりだ!」


 勇者は荘厳な扉を開け放ち、そう言った。


 剣を引き抜き、駆け出す勇者。それに渋々と続く、戦士と魔法使い。また来たかとばかり、遠目からでも分かる呆れ顔で、ため息溢す女魔王。


 ――って魔王って女だったの? いやメスか?

 ――それよりなんだよ、そのツヤツヤ顔は?


 そんな思考が脳裏をかすめ戸惑うも、これでやっと終わりだと、私も覚悟を決めて魔王の間へと飛び込んだ。


 合図もなしに始まった、最終決戦。

 耳をつんざくようにぶつかり合う剣戟と、全てが焦土と化しそうなほど強大な究極魔法の炸裂音。


 飛び散る無数の破片、それを巧みに避ける私。

 ひび割れ揺れる大地、乾燥した肌を想像し落胆する私。

 包む熱波と滾る血潮、こういうエステは求めてないと嘆く私。


 私はその天地開闢に等しい衝撃の中を、仲間の行動を先読みしながらひた走る。

 そして神への祈りを捧げつつ、余す力を杖へと流れるように注いでいった。輝きをみせ、次第にその強さを増してゆく杖。


 私は柔らかな淡い光に包まれながら、そのまま広間の奥までやってくると杖を天突くように掲げた。

 そして大きく一呼吸すると、


 高らかに声を上げて、言ったった。

 つるつる肌の魔王の傍で、言ったった。


「生かしてやる! だからあの傍迷惑な勇者まおうを殺せッ!! あと……使ってる化粧水も貸して下さい――」と。


 ――そうして私は、今日も元気に魔王軍幹部やってます。

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