初めて

岡田公明/ゆめみけい

みち

『いやぁ、酒は良いよ』と先輩が言っていた。


 二十歳になる前の俺にとって、お酒とは憧れの一つでしかなかった。

 テレビで見たイメージや、これで社会人という謎の感覚が、自分の中の憧れで


 その年齢制限という条件も、自分の中の憧れになっていたのかもしれない。


 初めては、居酒屋で友達とというのも良いと思った。

 それこそ、待てば成人式がやってくるが、自分にとって憧れは1人でクールに飲むことだった。


 その認識が、若さということなのかもしれない。


 街中には、こじゃれたbarがいくつもある、それはさっきネットで調べて出てきた。

 想像以上の数に、驚いてどこに行くかと悩んだ時に、ひとまず自分の足で探検してみたいという、子供心が湧き出てきた。


 敢えて、調べてというよりも、ふらっと偶然にの方が、それっぽくないだろうか?と思ったのだ。


 そんな単純な動機で、チャリを漕ぎ始めた。


 思えば、この自転車も高校の入学祝いで母親に買ってもらったもので、数年間使い続けていて、少しずつ色が錆びれている。


 銀に光っていたそれも、今では銅に侵食されていて

 家に帰ったら、整備しようなんて、考えながら進んだ。


 自分で探すために、景色を眺めている。


 夜のイメージがあって、結構遅い時間に家を出たので、景色は別に良くない。

 恐らくここが住宅街だからで、街の方に出ればこれもまた違うのだろう。



 一度、大学の先輩に連れられて、夜の街に出たことがあった。

 あの先輩は、今は就職して働いている。


 きっと、俺の想像できない世界で、力を発揮しているのだろう。


 だが、俺はどうだろうか

 いつまでも、子供な俺もすぐに社会に出なくちゃいけない。


 社会は想像できない場所で、それに対して不安は大きい

 しかし、それは目前に迫っている。


 初めて見た、夜の街は俺の思っていたものと違った。

 もっとキラキラしているイメージだったけど、どこかギラギラとしていて


 自分がいる場所じゃないって言われている気がした。

 行き交う人々は、皆各々に何かを抱えていて、それが楽しさか辛さか何かは分からない。


 その分からないという気持ちは、自分の未熟さで

 本来いるはずじゃなかったという疎外感から来ている気がした。


 お世辞にも自分はできた人間とは言えない

 ただ、それなりに良い人ではあったと思う。


 そこそこの高校に入って、そこそこの大学に今いて

 一度も非行に走ったことは無い、なるべく親に迷惑をかけたくなかったし


 自分の可能性を自分で潰す気は無かった。


 ただ、目標も夢も特になかった。

 今だってない、きっとそんな自分の未来は普通のものなのだろう。


 普通の高校、大学を出て、普通の社会人になる。


 そんな人生なのだろうと、何処か第三者みたいな気持ちがあって、それが自分の考えだとあまり実感もできていない。


 何故なら、いつだって、いつの間にか過ぎていたから...


 そこに自分が確かに、という感覚が無かった。


 いつの間にか、小学校を卒業し


 いつの間にか、高校に入り


 いつの間にか、大学が終わりそうになっている


 気づいた時には、過ぎているのが当たり前だった。

 その間、常に上には誰かがいてそれに憧れて、そして自分がそうなっていた。


 しかし、なって見れば、それは憧れのものに過ぎなくて

 自分が、誰かをそう思わせている実感は無い。


 こうして、また時間が過ぎる。


 しかし、目的の店は見つからない。

 どこにあるのか、何処へ向かっているのかは分からない。


 ただ、ひたすらに自転車をこいだ。


 風を切って進む


 頬に体に、空気を感じた。

 自分に当たるそれを感じた。


 ただ、暗い道に目的地は無い。


 向かう場所はあるのに、それは見つからなくて、もし見つかっても、もう閉まっている可能性もあった。


 だけど、スマホを開いて調べる気にならなかった。


 自分で探したいと思った。


 それは、少年心からかは分からない。


 不安だった、先のない道が


 止まらない信号機を見た。

 信号機もこの時間になると、まともに働かない。


 少しの車と、人気のない道で信号機は点滅をつづけた。


 止まるな、進め、探せと


 そんな風に、後押しをしてくれている気がした。


 しかし、そうじゃないと分かっていた。

 何か急かされている気がした、でもそうじゃないと分かっている。


 ただ、それでも、止まるつもりは無かった。


 今ならきっと、何処へだっていけるはずだと信じている。


 でも、実際はそうじゃなくて


 壁があれば、行けなくなる

 帰り道が分からなくなったら、振り返る


 でも、それでも、何処へでも行けるんじゃないかって、そんな気がした。


 今だって、不安だった。


 町は暗くなっていて、人はそこにいないみたいで

 世界に自分しかいないような錯覚も覚えて


 でも、自分はそれを変えることのできる大した人間では無くて


 不安だった、でも自分で決めていたから


 見つけるって、ひたすらに漕いだ。


 目的地の決まらない道を

 真っ暗な道を


 これからは、自分で決めなければいけなくなる。


 これまでは、レールがあった。

 学校というレールが、でもこれからは違う。


 どう頑張っても、自分の道は自分で決めないといけなくなる。


 不安はある。


 ただ、不安はあっても、進まなきゃいけない。



 1つの店があった。


 真っ暗な町に1つの店のライトが光っていた。

 crashと書かれた看板が見えた。


 それは目的地になった。


 自転車を停める


 そして、俺は店に入った。


「いらっしゃいませ―」


 扉を開けた鈴の音と、マスターの声が俺の耳に入った。


 何か、一歩進んだ気がした。

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初めて 岡田公明/ゆめみけい @oka1098

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