ひのきの棒を作る人
御天纏 夜耶
第1話
えー、貴方がたのお住まいの三次元の銀河系が、えっと、第三?第四?銀河でこっちが……えぇい面倒くさい!要するに、『ここ』は『そっち』と違う世界です!魔物とか居て魔法もあるザ・ファンタジーの世界!スキルもありますよ。
その『こっち』で今回主人公とされたのが三日ほど前に成人し、勢いのままに田舎から大国の王都に上京して来た武器職人志望の男の子。
これは、彼が職場探しの一つとして訪れた、ある武器工房でのお話です。
☆☆☆
「うわぁー!すごい、建物も大きい!人もたくさん居て、みんな活気に溢れてる!」
賑わう街、青い空。鎧を身に付け剣を腰に下げている人や、ローブを身にまとい大きな杖を持つ人など、色んな人が僕の前を通り過ぎて行く。
彼らは冒険者だろうか?僕の村は冒険者なんか年に二人くらいしか来ないので、こんなにたくさんの冒険者を見るのは初めてだ。
いや、僕は冒険者を見に来たんじゃなかった。今日は宿をとって、さっそく工房を探しに行くぞー!
〜〜〜
「あー、すまねぇな。ウチは今は従業員は足りてるんだ。他を当たってくれ」
「ここで働かせてください?アンタ、鍛治スキルのレベルは?なるほどその歳にしては高いけど、ここも誰かを雇う余裕は無いんだ。そうだ、知り合いを紹介してあげるよ」
「あぁ、彼女の紹介か。えーっと、すまん。ウチ、募集は昨日までで終わりだったんだ」
「ウチは最近開店したばかりなんだ。凄く繁盛してる訳じゃ無いし、人は雇えねぇな」
「働かせてって言っても…」
「ここは…」
「…」
…
〜翌日〜
ダメだ、昨日は全く手ごたえも無かった…。泊まっている宿から出て、ふらふら歩きながら独り言を呟く。
「けど、この王都は冒険者も多い分工房も多い!今日もめげずに頑張るぞ!」
そう自分に喝を入れ僕はこの街の地図を広げた。と、そこで僕はふと横を見る。
いつの間にか僕の目の前には少し大き目の路地裏があった。そして、奥からは剣が交差しているマーク、この国指定の武器屋のマークが見えていた。
自分の作った武器を自分で売るため、武器屋と鍛冶場を兼業する店も少なくない。なら
「よし、今日はまずここから行ってみよう!ごめんくだ…さ…」
そう意気込み、僕は武器屋の扉を開け、そして店内を見て絶句した。
そこには…同じ大きさ、同じ形、同じ色の木の棒。つまり、『ひのきの棒』がズラーっと並んでいたのだ。
しばらく呆然としていると、店の奥から木工用の作業服を着た女の人が出てきた。そこで僕は我に返り、慌てて彼女に挨拶をするのだった。
「こ、こんにちは!えっと、あの、ここは…こ、工房もやっているんでしょうか…?」
「あ、こんにちはー。もちろん、ここの商品は全て私が作ってるよ!何、働きたいのー?」
うわぇ⁉︎この人ここの『ひのきの棒』全部作ったの⁉︎す、すごい…けどなんで『ひのきの棒』だけ?
「あ、はい。でも、僕は鍛冶師志望なのですがここは『ひのきの棒』だけなんでしょうか?」
たしかに、『ひのきの棒』は冒険者の駆け出しにはよく使われる、大事な武器だ。なら、それだけの専門店があってもおかしくない…はず。
だけど、彼女は笑って言った。
「いやいやまさか。ウチは普通の武器屋だよ。ただ私は鉄より木、それも『ひのきの棒』が得意でね。というかそれしか作れないんだケド…他に従業員も居ないし。で、木の方が鉄より安いし、いっぱい作ってたらこんな風になってたのさ」
「な、なるほど。でも、『ひのきの棒』しか作れないとはどう言う?」
「その前に、キミは本当にこの店で働きたいのー?」
そう言われて、僕は少し考えたが心を決めて頷いた。
「はい。僕は鍛治師に成るためにここまで来ました。全力で頑張りますので、ここで働かせて下さい!」
ようやく掴んだチャンスなのだ。みすみす逃すなんて考えられない!
そう言うと彼女は大きく笑い、
「よし、じゃあ中においで。今日は雇用の話をして、明日から仕事を任せるよー!」
そう言って店の奥に入って行った。僕は付いて行きながら、夢が叶った事に感動していた。
なお話中に二人程お客さんが店に来たので、売れて無い事は無いようだ。もちろん、両方とも駆け出しのようだったが。
〜翌日〜
僕は楽しみに眠れず、昨日言われた出勤時間の一時間前にはもう店の前に居た。するとニヤニヤしながら彼女、店長が来た。恥ずかしい…
「まあまあ、早く来るのは良い事だ。その心掛けを続けておくれよー」
「はい!」
「よし、じゃあ時間が有るし昨日君が気になってた理由を教えてあげよー!さあ、工房にいくよ!」
そう言って、しゅたたーと走って行った彼女を追いかける。
「まず、普通に作るわねー」
工房で木材を手に取り、ヤスリ?みたいなのが回転する装置(僕は金属を主に使うので、木工はよく分からない)の前に立った。そして、慣れた手付きで木を削って行く。
そして二十分後、彼女の手の中には店に並んでいる物と全く同じ『ひのきの棒』があった。
「す、凄い…たった二十分で棒が、それも全く同じ物が出来た…」
「はははー、ありがとうね。でも、次が本番だから」
そう言った彼女は、もう一度木材を手に取り削り始めた。しかし、今度は先程と違い、もっと長い物だった。少しして、ようやく僕は気付く。
「これは、杖ですか?」
「そう。成り立ての魔法使い用の木の杖よー」
初めは細長い棒だった物が、彼女の手によってどんどん杖に変わって行く。その腕はまだ経験の少ない僕からしても、一目で素晴らしいと分かる物で彼女の熱意が感じられた。
そうして時間が経ち最後の仕上げと思われる作業が終わった時、彼女の手には………『ひのきの棒』が握られていた。
「…え?」
思わず声が出た。それほど驚いた。
一秒、一瞬、仕上げを終えるその瞬間まで、彼女が握っていたのは確かに杖だった。素朴な装飾の成された、素敵な杖であった。しかし、今握られているのはあの、『ひのきの棒』だ。
「あの、これは…」
「あちゃー、やっぱりダメだったかー。もしかしたら今回は…とか思ったんだけどなー!」
「いや、えっと、あれ杖が…」
「よーし新人君!時間見て時間!」
「えっ、時計時けあぁ!開店時間過ぎてる!」
「そっのとうりー!さぁて仕事仕事!やっとウチに鉄製品が並ぶんだよー。君が要なんだから、頑張って貰わなきゃね!じゃ私はレジに居るから頑張ってー」
逃げるように店頭へ行く彼女には呆気に取られたが、しかし彼女を見ていて鍛治意欲が湧いて来たのもまた事実。
渋々、しかし雑念は出来る限り取り除きながら鉄を熱し、打つ。そして出来たのは一本の『鉄の長剣』。それを五本作った所で少し休憩。鉄の熱を扱い暖かくなった体を冷ます。
ついでに周りを見渡すと、置いてある木材は種類がバラバラな事に気づいた。「ひのき」はもちろん、「かし」や「くす」、「シラカバ」と思われる物もある。なんでこんなに…
「新人くーん、やっとるかーい?」
「⁉︎は、はーい!何本か剣、出来ましたー!」
び、びっくりした。とりあえず、今は仕事に専念しよう
〜翌日〜
バッと起き、ジュババッと支度する。
そうして僕は昨日よりも更に三十分ほど早く来ていた。昨日のアレが気になってあんまり寝れなかったのだ…
すると、店へ鉄を運んでいる店長と途中でバッタリ会う。
「あ、新人君。今日は一段と早いねー」
「えぇ。昨日のアレが気になって…」
そう言うと彼女は、少し笑って
「はいはい。いくらでも見せてあげるから取り敢えずコレ、運ぶの手伝ってー」
と言った。運んだ。重かった。
〜〜〜
「ほらほら、男の子なんだからもうちょっと頑張って貰わなきゃ」
「運んだの八割僕ですけどね」
「さーて工房に急ごうか!」
いやホントに重かったんですけど…まあいいや、店長が気になる。
「さて、今日はコレを使うよ!」
「コレは、杉ですか?」
「いぇーす、今日はコレで棒を作るのだー」
楽しそうに言っているが、彼女の目は不安と希望が入り混じっていた。
形を変えるくらいなら、この世界では魔力を使えば大体の人が出来る。それにしては昨日のアレは一瞬過ぎたけど、あり得ない事は無い。しかし素材を変える、「杉」を「ひのき」に変えるなんて錬金術の、それも高レベルでしか出来ないのだ。
やがて、杉が綺麗な棒の形になって来た。今度こそ、見逃さないように…
「あっ」
「やっぱり…」
やはり、彼女が握っていたのは『ひのきの棒』だった。それを見た彼女は、諦めたような、悲しそうな表情を浮かべていた。
「て、店長!た、たまたまですよ!次は、次なら」
「はは、ありがとう。でも大丈夫、今までもこうだったから。いやー頑張ってる新人君を見て、私も今なら!とか思ったんだけどなー!」
彼女の顔は笑っていたが、やはり悲しい空気が流れていた。
「そうだ、鉄なら!木じゃ無ければ「ひのき」に変わったりしないんじゃ…」
しかし、彼女は首を横に振った。
「木でも鉄でも、私が完成したって思ったら『ひのきの棒』になっちゃうの」
「そんな…」
それじゃあ彼女は、自分の商品を『ひのきの棒』以外売れないのか。そんな、鍛治師に残酷すぎる。
しばらく呆然としていたが、やがて彼女は「さっ、仕事しよっか」と言ってカウンターへ出て行った。
〜三日後〜
「店長、ちょっと鉄を打ってみてくれませんか?」
朝早く来た僕は、彼女にそう言った。
「どしたの急に?いや別にやるのは良いんだけど…『ひのきの棒』になるだけだよ?」
「ふっふっふ、今回は秘策を用意して来たんですよ。コレで、『ひのきの棒』化は止められるはずです!」
「昨日もそんな事言ってなかった?いきなり中から木材出て来てビックリしたんだけど。って言うか、生産追いつかないから装備作って欲しいな」
「き、昨日はほら、店長が認識して無い物は『ひのきの棒』にならないって分かったじゃないですか!」
「そう?」
などと話しながら炉を温めると、彼女が鉄を打ち始める。迷いの無い動きだ。
やがて鉄が剣の形になって行き、完成…
「ストップです!」
「!?」
…する前に声がかかる。それに驚いた彼女の手が止まり、その隙に耐熱手袋をつけた僕が回収する。そして
「成功だ!やっぱり、完成しなければ変わらないんですね!」
「…あ、あぁ!じゃあ、途中までなら私でも作れる、作れるんだ!」
「やりましたよ店長!」
嬉しくて、二人で笑い合ってた。店長も、自分が『ひのきの棒』以外を作る事が出来るのだと、とても喜んでいた。
その時だった。
《…ジ…ジジ…エラー…成……緊急…整…始……スキ…レ…ル…ップ!》
手に持っていた剣が、『ひのきの棒』に変わった。
「なっ、剣が⁉︎」
なんだ今の声は⁉︎いや、それよりさっき…
「スキルレベルアップ…だって⁉︎」
じゃあ店長の作った物が『ひのきの棒』になっていたのはスキルだったのか!
でも確かに、こんな不自然な事スキルくらいしか起こせる訳が無い。そして、スキルならレベルがあるのは当然だ。なんで僕は気付かなかったんだ!
僕がそう考えていると、隣で唖然としていた店長が立ち上がり
「ありがとう新人君。確かに私はまた『ひのきの棒』しか作れなくなったみたいだけど、それは前から変わってないから。大丈夫、変わってないのよ」
と言って「開店時間だから」と店の方へ歩いて行った。
僕はもうしばらく悩んでいたが、気持ちを切り替えて仕事をしていた。
そして、また頭に声が響く。
《…ジジ……キルレ…ルア…プ!》
「きゃあ!」
「ッ店長!」
作業を中断して走る。カウンターについて目に入ったのは床に座りこむ店長と散らばった硬貨。そして、『ひのきの棒』。
「硬貨が、変わったんですか…?」
「会計が終わって、お客さんから…お、お金貰って…そし、たら…声がき、こえて、お金が変わって…」
そんな、会計が「終わった」から変わったのか?む。無茶苦茶だ…
「とにかく、一度外に出て落ち着きましょう。立てますか?」
「うん…」
店長に肩を貸して移動する。店を出て、外にあるベンチに腰掛ける。
「あ、こんにちは。これ、今日の分の素材で…大丈夫ですか?顔色が悪そうですが」
すると、店に材料を運んで来た素材屋の人に会った。
「え、えぇ。ちょっとトラブルがありまして」
「はぁ、後にした方が良いでしょうか?」
「いえ、とりあえず運び込んで貰っても…」
《スキ…レベル…ップ!》
「店長!」
僕が叫んだ時にはもう素材屋の人は居なく、カコンッと言う音だけがなった。
「あ、ああ、あぁぁ…」
店長がベンチから落ちる。そして
《スキルレベルアップ!》
頭に響いたその声は、今までで一番綺麗に聞こえた気がした。
この日ある次元の、ある世界の、ある宇宙のある星が一つ『ひのきの棒』に変わった。
「はぁ、困るんですよね。勝手に私の管轄の星を消されては」
「…え?」
あれ、さっき頭に声は聞こえて世界が…
「そうだ世界が!」
「戻しましたよ?」
へ?
「だから、勝手に星を消されては困るので戻させて頂きました。まったく、スキルシステムはちょーっと管理を怠るとすぐ世界が終わるんだから…たかが数万年、自動メンテナンスで保たないのですか」
「えーと、貴女は…?」
スキルシステム?数万年?
「あぁ、私はまぁ、俗に言う神さまと言うやつです。すぐに忘れるので覚えなくて良いですよ。あと、そこの女性のスキルは危ないので消させて頂きますね。ついでに、時間も戻しておきましょう」
「え、な、何が何やら…」
僕たちは…助かったのかな?
「よし、調整終わりっと。では、もう世界壊したりしないで下さいね」
そう言って自称神さまは虚空に消えた。そうして世界は…
〜今朝〜
窓から差し込む光に起こされて、僕は支度して店へ行く。
工房に入って見渡すと、素材を確認している店長がすぐ見つかった。今日は、凄いアイディアを思いついたんだ。これなら、『ひのきの棒』に変わらないはずだ!
「店長、ちょっと鉄を打ってみてくれませんか?」
その日の朝。ある武器屋で歓声が上がり、リニューアルオープンし、その店は金属でも木でも素晴らしい出来だと有名になるのであった。
なお、なぜか一番多く出来が良い商品は『ひのきの棒』で、駆け出しへの支援も積極的にやっているらしい。
☆☆☆
さて、いかがでしたか?これがこの、私の世界で起きかけた人類滅亡のお話でした。スキルシステムを採用してしばらく経ちますが、『ひのきの棒』で滅びかけたのは今の所これだけです。レアですね。
皆さまも星を消してしまうと担当の神さまに怒られてしまいますので、やめましょうね。
それでは、また機会があれば会いましょう。
ひのきの棒を作る人 御天纏 夜耶 @miamato
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