勇者を推さなければならない世界
信仙夜祭
第1話 勇者を推さなければならない世界
俺の住む世界には、多くの国がある。
なんでも、王様になりたい人が多いんだとか。
でも、北から魔王軍が攻めて来て、いくつかの国が滅びてしまった。
各国の王様達は慌てるが、『勇者召喚』を行い、終戦に導いた。
ここまでであれば、まあいい話だとも思う。
召喚された勇者達には同情するけど、それ相応の待遇でもてなせば、機嫌は取れると思うし……。
女好きの勇者は、単純で良かったな。
まあ、王族貴族の令嬢達に負担をかけたけど、国王陛下が招いた厄災なんだし、頑張って貰った。
最終的に、腹上死したらしいけど……、俺は、お姫様による毒殺だと思っている。その後、王妃の座を争って内乱に突入したのは、歴史的な汚点だな。
他の国だと、錬金術師になった勇者もいるんだそうだ。
オリハルコンだの、アダマンチウムだの、タングステン(?)とか聞いたことのない素材を要求して来るのだとか。
龍の素材一匹分を要求されたその国は、経済破綻してしまった。
すかさず隣国が統治を行い、件の勇者は、結界に閉じ込めたのだとか……。
外界と遮断されて、もう誰とも会えないらしい。生存の確認も行われていないのだとか。
気の毒だとは思うけど、国を疲弊させる程の物資を要求して、何も貰えなくなった訳だ。
どう考えても、自業自得だと思う。
女性の勇者の集団は、国を乗っ取った。
その国は、政治的に発展を遂げて、衣食住に困らない国になったのだそうだ。
民主主義政策とか言っていたな。
元王族には気の毒だけど、羨ましいと思う。
移住できるのであれば、候補先の一つに上げたいと思うし。
隠者となった勇者も多いな。
絶海の孤島に結界を張った者、森に隠れ住んでいる者、地下に潜った者、それと、ダンジョンの探索者になった者もいる。
年に数回、人里に降りて来るらしいけど、誰とも関わらないんだとか。
何も望まないって、一番困るタイプだよな……。
もっと変わったのだと、『モフモフしたい』と言って、狐族の娘を娶った勇者もいたな。
亜人の国の王城で過ごしているらしい。
その勇者は、昼間は色々と働いているので人気も高い。狐族の娘が優秀みたいだ……。
後は、普通かな……。
王城でそれなりの役職を貰って、働いているらしい。
特に威張る事もなく、暴力を振るう事もない、良心的な勇者……。そんな人達には、国民の支持も高い。
ギブアンドテイクとか言うらしい。
まあ、戦争を終わらせてくれたんだし、この世界は勇者達に恩がある。
多少の問題行動には目をつぶるしかないけど、友好な関係を築いて行きたいな。
そして……、もうすぐ最大のイベントとなる日が近づいて来た。
その名も、『勇者記念日』だ。1年間の勇者の活動を称える日。
俺達、国民は一人の勇者に投票しなければならない。
この結果が、国の命運を分ける場合もある。
なんでこんな記念日ができたかと言うと、勇者の数が多過ぎたからだ。
各国が、勇者を召還したので、一時期100人以上いた。
そして、勇者一人をもてなすだけで、膨大な資金を必要とした……。
この問題を解決するために、『分配金』制度を導入する事にしたんだそうだ。
要は、不人気な勇者には、一年間自由に使える資金が少なくなるという制度らしい。
"女好き"と"錬金術師"が、国を滅ぼしてしまったのが、この案の原因みたいだ。
俺はと言うと、ただの農民だ。
だけど、投票の権利はある。いや、義務だな。
そして、今日も井戸端会議だ。
「誰に入れるか決めたか?」
「俺は、"農民"になった勇者のアンナさん一択だって。収穫量が凄いんだぜ?」
「僕は、ビキニアーマーで害獣駆除してくれる"冒険者"のヒジリさんだな。あれは、眼福だよ」
「分かってないな。"アイドル"として盛り上げてくれるアツミさんに一票だ」
こんな感じで、自由に議論している。この話題に関しては、王族だろうと異論を挟む事は出来ない。組織票も禁止されている。
異世界用語で、"推し活"と言うらしい。
投票日まで残り十日程度だけど、いい話題だと思う。
「お前は、誰に入れるんだ?」
ここで、話題を振られた。
「……"隠者"の誰かかな。もう少し考えてみるよ」
全員が、ため息を吐いた。
だけど、批判したり反論したりするのは、マナー違反なんだ。誰も、俺の意見を曲げられない。
それぞれが、それぞれの"推しの勇者"を賞賛して時間が過ぎて行く……。
日暮れとなったので解散だ。
◇
「ただいま、ヤヨイさん」
「お帰りなさい」
俺の同居人の、"隠者"の勇者であるヤヨイさんだ。
綺麗な女性なんだけど……、行き倒れているところを俺が助けた。
それからは、匿っている。また、彼女の
「……今日も凄い量の手紙だね。鳥便だっけ?」
「……皆困っているみたい、法律って難しいのよ」
ヤヨイさんは、本当は"政治家"の勇者なんだそうだ。
でも、表舞台には立たない。
隠れて他の勇者を導いている。
理由は聞かないけど、それなりに理由はありそうだな。
「もうすぐ、勇者記念日だね」
「そっか、もうそんな時期なのね。決めたの?」
「俺は、ヤヨイさん以外に入れないよ? それにしても、ヤヨイさんは表舞台に立てば、トップになるのも夢じゃないと思うんだけどな……」
「うふふ。ありがとう。でも私に資金は不要なのよ。君がお世話してくれるしね」
「勇者のお世話は、この世界では義務だよ? 困っている事があったら言ってね。それと、食事の用意をするから少し待ってね」
俺は、この人がこの世界を安定させていると思っている。
勇者記念日の活動は皆するけど、理解している人は理解している。
ヤヨイさんには、毎年一定の投票があるからだ。
「ふう。魔王様にも困ったものだわ。どうしようかしら……、これ」
多分、この世界で一番頼られているのが、ヤヨイさんだと思う。
それと、終戦は迎えたけど、魔王は討伐されていない。
この世界が、今だ勇者を優遇している理由でもある。
勇者達に逃げられたら、また戦争だ。
皆、稼いだお金を推しの勇者につぎ込んでもいる。まあ、俺は衣食住の世話だけどね。
でもそれだけで、今は好景気だ。
「ヤヨイさん。クズ野菜とクズ肉のスープ、それと硬いパンしかないけど、本当にいいの? どこかの王城に行けば、もっと美味しい物が食べられるのに……」
食事しながら聞いてみる。
「そうね……。農民の食事も改善させましょうか。それと、私はエルフのあなたを愛でていたいだけでもあるのよ?」
明らかに嘘だけど、頬が緩んでしまう。
俺は、ヤヨイさん以外を推す気はないかな。
勇者を推さなければならない世界 信仙夜祭 @tomi1070
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