推しがホームステイすることになったんだけど、私どうしたらいいの?

尾岡れき@猫部

推しがホームステイすることになったんだけど、私どうしたらいいの?

@MOMOモモ:推しがホームステイすることになったんだけど、私どうしたらいいの?

YUKKIユッキ:ごめん、MOMOさん。もうちょっと詳しく、聞いてもいい?


 SNSのダイレクトメールで質問するくらい、私はパニックになっていた。





■■■




 頭が痛い。やけ酒が響いている。目を開ければ、セイのポスターが飛び込んでくる。


「行きたかったなぁ」


 推しのライブに――。

 シンガーソングライター晴。作詞作曲編曲ボーカル、演奏。全て一人で行なっている。もともとはyour tubeやニッコニッコ動画の「歌ってみっ!」でボカロ曲を歌唱。その動画が空前のヒットを巻き起きした。いわゆる「歌い手」である。現在のアーティスト活動以前、歌い手時代から私は晴を追いかけてきたのだ。最近、晴を知ったにわかファンと一緒にされても困る。

 ふんす、と鼻息を荒くしたら頭痛がまたひどくなった。


「行きたかったなぁ」


 やけ酒の理由。今回、ライブツアーのチケット抽選に落ちた。ニワカファンどもめ、とボヤいてしまう。今年、晴は映画の撮影があり、スケジュールの関係で開催場所が少ない。晴自身ができるだけファンと近い距離に身を置きたいという理由から、ドーム会場やスタジアムはなし。本当にファンを大切にしてくれていると感じるが、それが今となっては仇となっている気がする。


 私はいつも枕元に置いていた、デフォルメ晴TOYトイを引き寄せたつもりで、ふぁさっと柔らかい髪に振れる。


 瞬きをした。

 視界が二重にぶれた気がした。


 ボスターの晴が笑っている。

 私の近くで、晴が枕を抱え込むように寝息を立てている。


 おかしい。

 そんなポスター、私は持っていなかったはずだ。

 と、手が触れた。


(――え?)


 抱きしめられる。

 今頃のポスターはこんなにもリアルで――って、そんなワケがないっ!?


「せ、せ、晴っっ?!」


 私の絶叫が響いてなお、晴は私を抱きしめて離さなかった。お、推しがなんで私の隣で寝ているんでですか?


 その質問に答えてくれる人はいなかった。




■■■




「部屋を間違うって……桃果ももかの部屋で寝るとか。天野あまの、お前はバカか」


 ダイニングで姉、橘穂乃果たちばなほのかが偉そうに味噌汁を啜っていた。晴の本名って天野って言うんだ、と推しのパーソナルデータを知れたことに、ほくそ笑んで――姉と晴が近しい距離であることを感じて、モヤモヤする。

 ココは気持ちの切り替えが必要だ。


「お姉ちゃん……? あの、晴なの?」


 イタズラが成功したと言わんばかりに姉は微笑む。


「お前はコレの追っかけをしていたもんな」

「漬物食べながら喋るのヤメてくれない?」

「本当に美味しい、です……」


 ずずず。晴が味噌汁をすする。推しが……推しが、私のご飯を食べてくれている。私、いつ天に召されても良いかもしれない。


「現在進行形で追っかけているんだな」


 呆れたように言われるが、私は無視をする。ファンクラブ会員番号13の初期からのファンの熱意を舐めてもらっちゃ困る。

 姉はやれやれと、息をつく。


「コレの本名、天野晴史郎あまのせいしろう。”アッパレ”って言うと怒るから、呼び名は”天野っち”ぐらいにしてやってくれ」

「言えないよ!」

「むしろ”晴”で呼ばれるの、困るんだが。ちゃんと、伝えていただろう、桃果?」

「でも、その人が晴だなんて、聞いてないよ」


 姉、穂乃果は映像クリエイターなのだ。もともと、何でもできる天才肌の人だった。私のしたいことをいつのまにか、姉は興味を示して、私以上にできてしまうのだ。飽きるのも早い姉が、職業としたのが映像クリエイター。ミュージシャンのプロモーションビデオや企業のCMで実績を積み重ねてきた。そんな姉が、映画の初監督をする、という。

 しかも、故郷を舞台にして。


 ――ビックリする人を連れて来るから、よろしくな。


 姉の連絡はいつも突然だ。曰く、長期撮影になるのに、ホテル住まいじゃパフォーマンスを発揮できない。この映画、アイツも本気だから。それならマネージメントを本気でするのが筋だろう、と。


 姉の物言いを思い出して、私は小さく息をつく。どうして私が無条件に手伝ってあげると思ったのか。

 まぁ、お姉ちゃんの夢なら、ソコは応援してあげたいと思うけどさ。


「そういうワケだから、”晴”と呼ばわれて悪目立ちは避けたい。この小さな町でバレたら、すぐに伝わっていくのは、想像に難くないからな。晴には変装をしてもらうから、そのつもりで。――とは言え、すでにプロジェクトが頓挫しそうな勢いなんだけどな」

「へ? そういう――」


 と私が聞くより早く、姉がリモコンを操作してテレビをつけた。何やらガヤガヤしている。女優を報道陣が取り囲んでいた。


――今回の件について、一言!

――どういうことなのでしょうか?

――コメントをお願いします!


 そんな報道陣の問いかけを無視して、女優は車に乗り込む。テロップには――女優・上根舞花うえのまいか、禁止薬物所持の疑いで、任意事情聴取?!――とあった。画面が一転。スタジオに戻る。


「昨日の取材の様子をお伝え――緊急ニュースです。上根舞花容疑者、禁止薬物所持の疑いで逮捕。繰り返します、警視庁は――」


 プチン。姉はテレビを消す。私の思考が追いつかない。


「……上根舞花は、今回の映画の主演女優だったんだ。どうしたものかねぇ」

「お、お姉ちゃん、せ、晴――天野さん……」

「うん。桃果の朝飯も食べられたし、ちょっと頭が動き出しそうだ。私はプロデューサーとオンライン会議するから。そうだな、天野に町の案内をしてくれないか?」


 と姉は私を見て言う。


「私?」

「桃果以外に誰がいるのさ?」

「いや、でも、晴だよ? 晴と二人っきりで?」

「天野な」

「あ、う、でもぉ」

「あ、あの」


 と言ったのは晴だった。


「俺、桃果さんにこの町のことを教えて欲しいと思ってしまって。その、ダメですか?」


 はにかんだように、微笑がこぼれる。今まで色々な晴の表情を追いかけて――そして見てきたはずなのに、私はこんな表情カオ知らない。その微笑に呑まれてしまって、私はコクコク頷くしかなかった。






■■■






@MOMO:っていう展開なの、YUKKIちゃん、どうしよう?

@YUKKI:MOMOさん、落ち着いて。道案内をして、それで今何してるの?

@MOMO:とりあえず町内を見て回って。今、公園。

@YUKKI:う、うちの町内に晴がいるのかー。それはそれでスゴいなぁ。


 YUKKIちゃんはオンライン投稿サイトカケヨメの作家さんだ。ちなみに私は読み専で、読書を楽しませてもらっている。サイト経由、SNSで繋がり、たまにこうやって雑談している。主に、向こうの彼氏君のノロケを聞かされて。


@YUKKI:でも晴さんがいるのならtwetterツエッターしている場合じゃないよね?

@MOMO:そうなんだけど……。何を話していいか分からなくて。YUKKIちゃん、助けにきてくれないかなぁ? 彼氏さん連れて来ていいからさ!

@YUKKI:イヤ😖

@MOMO:なんでさー。

@YUKKI:そんなの冬君を他の子に会わせたくないからに決まっているからだよ。私の冬君だもん。そんなことより、スマフォいじっている場合じゃないよ。晴さんと話さないと。今、一番不安なのは晴さんでしょ?――それに。タイムラインじゃなくてダイレクトメールだから良かったけど。これかなり、デリケートな問題だよ? 誰にでも言っていいことじゃないからね、MOMOさん。


 そう16歳の女子高生に指摘される、24歳社会人だった。




■■■




「あ、天野さん」

「へ?」

「あの……すいません。天野さんが大変な時なのに、その何もできなく、て」


 ダメだ。YUKKIちゃん、会話が続かないよ。推しを前に日常会話とか、やっぱり無理ゲーだから――。


「ありがとう、モモちゃん」

「へ?」


 晴は、そう私の名前を呼んだ。変装と称して眼鏡をかけたその姿を私は吸い込まれるように見惚れてしまう。


「音楽と同じくらい、俳優も頑張ろうと思っていたから」


 私はその言葉にコクンと頷く。ファンクラブ対象の限定ブログでも晴はそう綴っていた。だからこそ、ヒシヒシ伝わるのだ。彼がどれだけ本気で、この映画に臨もうとしていたのかを。


「応援されて悪い気はしない。でもファンって、僕のなかでは遠い存在だったんだよね。ライブでようやく会えるって感覚で」

「天野さん……」


「だから、こうやって推しって言ってもらえて、あぁ俺の音楽って、ドラマって届いていたんだなぁって実感した。でも、それだけじゃなくて、推してもらっている人にご飯まで作ってもらって。こうやって励ましてもらって。本当に贅沢だなって思ってる」

「……」


「モモちゃん、俺、諦めないよ。どこまでできるかは分からないけど、まだ終わってないし、終わらせない――」

「晴」


 思わず、私はそう名前を呼んでしまって、





■■■





「はい、カット!」


 カチンと音がなる。姉が草の繁みから出てきてカチンコを鳴らしたのだ。

 (カチンコについては、後でYUKKIちゃんが教えてくれたんだけどね)


「「は?」」

「お、お姉ちゃん……?」

「ん。いい絵が撮れた」


 見ればカメラマンやら音声スタッフ、照明スタッフが立っている。晴の顔も引き攣っていた。これは彼も知らなかったヤツだ。


「いやね、ずっと考えていたんだけど。嘘くさい女優の演技より、推しの子ぐらい純粋で一途な子がヒロインの方が説得力があるなぁ、って」

「は?」


 お姉ちゃん、言っている意味がまったくわからないよ?


「細かい説明は後でするんだけどさ。おめでとう、桃果。オーディションの結果、あなたが主演女優に選ばれました」

「はぁぁ?!」


 意味分かんない、全然意味わかんないよ、お姉ちゃん?!

 私がギャーギャー捲し立てるのを、スタッフさん達が微笑ましそうに見ていた。晴がほっとしたように私を見ているのは、どうしてなんだろう?

 とりあえず、後でYUKKIちゃんに相談する。もう頭がおいつかないよ?

 





ねぇ、推しと共演することになるらしいんだけど、私どうしたらいいの?

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