九歳の夏、少年と梨花の忘れ得ぬ推し活に。
大創 淳
第二回 お題は「推し活」……ある少年のお話。
――何もなかった少年。年の頃は九歳。そして、少しばかり過去のお話なの。
推し活のお話になるかどうかは、……その点では迷っていたのだけど、ここでエピソードとして挙げさせて頂くね。僕が、その少年と出会ったのは、パパのお仕事の関係。
二週間に一度、少年のお家にお泊りすることとなった。
何だか、一人っ子の僕に弟ができたような感じがした。
少年は、とても大人しい子。「何して遊ぶ?」と僕が訊いても、何も何も……「じゃあ出掛けよっか、一緒に『バンプラ』見に行こっ」と誘うと、「うん!」と元気よく少年は返事をした。僕と並んで歩く。身長は僕と同じくらいで、女の子と見間違うくらい。
それでそれで少年は、僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ……呼んでいた。
……ええっと、まあ、僕のことを男の子と思っている……正確にはいた、ようなの。僕が自分のことを「僕」と言うものだから。並んで歩いて付いた場所は『マイケル』という名のデパートで、その三階に模型屋があるのだけど、少年はクイクイ手を引っ張る。
引っ張られるまま向かうと、そこは……
昆虫ショップ。少年が近づいて凝視……じっと見ているのは、カブトムシの幼虫。
「欲しいの?」
コクリと頷く少年。そして僕は買ってあげた。少年にプレゼントしたの、そのカブトムシの……幼虫。飼育セットも込み。少年は笑みを浮かべていた。初めてのことなの。
少年が自分から、興味を持ったのは……
それでそれで少年のお家に戻るなり……「お兄ちゃんも一緒に」と言ったの。何だか嬉しくなってきて「うん、一緒に育てよ」と答える僕。そしてその日の夜だった……
「お兄ちゃんって、お姉ちゃんだったの?」
「そっ、正真正銘の女の子。君は、しっかり男の子だね、
「うん、
湯煙の中、弾む会話。察しの通り一緒にお風呂……
そこで僕が、太郎君に初めて女の子だとわかったわけで……
それにしても僕の名前、梨花という名前で女の子だとわかりそうだけれど、まあ、太郎君が本当の意味で推し活……だったのかな? お風呂上り、ユーチューブでのカブトムシやクワガタ専門のレビューを枕元、お布団並んで一緒に見てスヤスヤと……
そして夢中な日々、梅雨もその明けも、
僕は通った太郎君のお家へ。初めのうちはパパと一緒に通っていたのだけど、この頃にはもう一人で通っていたから。それから、もう学校は夏休みに近づいていたの。
――羽化したの。もうそんな時期を迎えていた。
でも、太郎君の目には……涙が浮かんでいたの。
「梨花お姉、僕ね、僕ね……」
太郎君は泣いちゃったの。羽化不全だったの、その子……そのカブトムシは。大切に育ててきたのがわかるから、ぎゅっと抱きしめた。太郎君のことを……「まだこの子、生きてるんだよ。しっかりと育てようね、見届けてあげようね」と、僕は言ったの。
込み上げてくる涙。……そのカブトムシはもう長くないとわかっていた。可哀そうな思いでいっぱいだった。でもね、生きようとしているの、一生懸命、こんなにも、
こんなにも元気なんだから。
ゼリーを一生懸命に食すの。
僕も太郎君も毎日、夏休み中、ずっと見守った。
……そして、三十三日目。
羽化してから三十三日目だったの……夏休みももう一週間と迫った日だった。
最期まで、ゼリーを食して生きるため、
その上で、動かなくなったの……まだ、動きそうなの。
……でも、もう動かなかった。
僕は泣いたの、太郎君と一緒に。そして泣き疲れて眠るまで。その子と一緒に、傍にいたの。そっと上布団が掛けられていたの。泣き疲れて眠った僕ら二人に、太郎君のお母さんが。目覚めたらね、――ありがとう。その言葉を胸に刻みながら。
そのカブトムシの旅立ちを、そっと見送りながら。そして、生きていることの感謝を噛みしめながら、僕と太郎君は、また推し活に励むの。この二学期からは、僕はまた転校するから。これからも、其々の推し活を続けてゆくと、太郎君と約束した。
九歳の夏、少年と梨花の忘れ得ぬ推し活に。 大創 淳 @jun-0824
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