私は側へは行けないけれど

高坂八尋

時間なんて関係ないのかな?

 あなたの姿を探すのは、今日で何回目になるんだろう――。

 この恋は絶対に叶わないだろうけど、無意味な感じはしなくて。根拠はないの。彼を遠くから想うたびに、後悔はしていないと、心で感じられるから。

 ――もう、同じ時間にいられる日は、少ないけれど。

 私は駅構内の電子表示板を、もう癖で見上げて、早足に歩く。

 ――会いたいな。

 ただ、彼と同じ時間を過ごせるだけで幸せだから。

 駅の階段をつい駆け下りると、ギリギリ目的の電車に間に合って、私は少し息をついた。

 ホームには、電車へ乗ろうとする人が沢山待っている。それでも通勤通学時間より少し早めだから、集中する時間帯より、まだマシなのかもしれない。だけど、私にとっては、相変わらず混んでいるのには変わりがなくて、なんだか息苦しい感じまでしてくる。

 私は急ぎ足で人を避けながら、いつもと同じ車列の位置へ行った。

 これは、絶対――。

 時間通り電車がホームに止まると、私は今日もお行儀よく順番に車内へ入って、きょろきょろ見回す。もちろん、席に座りたいわけじゃなくて、大切な人を探している。人が多いから、人探しは大変だけど、私は少しだけ見上げるように、車内を探し続けた。人を探しているけど、友達を探しているわけじゃない。

 私は見知らぬ人を探している。

 一度も話したことがなくて……そもそも、側に行ったこともなかった。

 私はベージュのブレザーの彼を探している。多分、私より年上で、高校生くらいだと思う。

 ちょっと不自然かもしれないくらい――それでも、どうか不自然じゃないようにって――私は少しだけ祈りながら、彼を探す。あまりにも変で目立ったら、嫌われてしまうかもしれないから。いつも待ち伏せしてる、変な女……否定できないのが悲しい。

 彼は絶対に座らないから、少ししか余裕のない混んだ車内で、ブレザーの色と、少し背の高い姿を頼りに、車内を見続けた。だって、ベージュのブレザーを着ているのは彼だけだから。上品な……言ってしまえば、お金がかかった私立の制服。私が通学に使う電車では、彼しか見たことがなかった。

 それとも、通勤通学時間の真っ只中だったら、同じ学校の生徒がいるものなのかな。

 もしかしたら、遠方から通っているから、彼しか見たことがないのかも、しれないけれど。

 どこの学校か知りたくて、調べてもみたけど、ジロジロ見られるわけもなくて――でも、本当は知られるのが怖いから、近寄れないのが本当。だから、混んだ車内で遠くから見ているだけだと、何がなんだか分からなかった。

 私はあまり顔も知らない人に恋をしているってことになる。これってより、ずっと酷いのかもしれない。実際、すら怪しいのかもしれないから。遠目でベージュのブレザーに、恋をしているだけなのかも? お金持ちの服に恋をしているのかな、とかだったらかなり嫌だ。

 だから、

 ――ああ、私はバカだよね。

 彼のことは友達にも秘密だから、知っている子を探すこともできなくて。今時、こんなにもどかしい恋があるものなのかな、とか通学時間になるといつも考える。

 友達に知られてしまうのが怖いのは、知られたら彼が取られてしまうとか、バカバカしいことを考えているから。自分でも分かってる。誤魔化したって、心は正直だった。

 そんなことあり得ないのに――。

 取られるって変な考え方。私に何も言う権利なんてないんだから。もしかしたら、彼には彼女さんがいるかもしれない。

 あと、友達に言えないのは、もう一つ理由があって。見ず知らずの人に片思いしている、なんて言うのが、恥ずかしいって気持ちもあったから。

 小学生か! って自分にツッコミたくなるけど、あながち間違ってない。私は鈍いのか、今まで初恋があったのかどうかも、自分で判断できなかった。

 なんとなく、仲良しだよねって、なった男の子がいて、一度だけ告白されたけど、あれ? ってなった。

 私って恋してるのかな?

 あれって、恋だったのかな?

 恋って楽しいだけ?

 だから、断った。その子に悪いと思ったから。このまま付き合ったら、嘘つきになる気がした。

 そのまま、ふわふわした感じで、中学も卒業に近づいた今も、私はなんだか子供のままな気分だった。だって皆はもっと、恋をしていたから。付き合っていた子も沢山いるし、それで進学に悩む子もいた。それって本当に大人みたいで、真剣なんだなって思った。

 なら、彼と出会って、恋している私は少し大人になったのかもしれない。でも、二ヶ月くらいでそんなに変わるものなのかな。――とか思う。

 結局、片思いじゃ、恋にも数えませんとか言われてしまう気がして――誰が言うのか分からないけど。そう、ゴチャゴチャ考えて、最後はいつも嫌になっておしまい。

 そして、ようやく大人になれそうな私も、真剣に恋するあの子達みたいに、進学して通学路が変わってしまう。

 私の場合は片思いだけど――。

 告白はする?

 そんなのあり得ないよ!

 ――だからもう、お別れだね。

 

 そんな毎日で、


 今日も、彼が居た。


 立ち姿はとってもスッキリしていて、背が高いのが分かる。乗車している他の人のおかげで、比べやすい。ちょっと失礼だけど。

 彼は車窓近くに居ると、外を見ているのかなって、遠くからでもなんとなく分かる。スマホじゃなくて、本を見ている時も多くて、でも、窓に近いと、いつもやっぱり、外を眺めているみたい。多分……。

 彼をじっと見つめていたら、遠くからでも知られてしまいそう。だから、私は視界の端っこで彼を見る。それで、たまに彼のように外を見た。

 特に何も面白いものはなくて、家と畑の繰り返し。たまに川があって、土手に沿って桜の木が植えてあったりするけど、もう桜の時期は過ぎたから青々とした葉しかない。少し前まで、あれ程桜が満開で、淡いピンク色に染まっていたのに。

 そうして花が一番綺麗な時に、私は中学生になって、今度はまた桜の咲く頃に高校生になる。

 私は同じ桜を見ることはないけれど。

 でも今だけは、私と彼は同じ路線に居て、電車に乗り、同じものを見ている。

 そう考えると、同じ景色を見ているんだねって、なんだかロマンチックに言える。これって、同じ月を見ているんだね、と完全に一緒だなって。

 でも、そのまま真似するのは、ちょっと頭悪い感じだけど、恋すると、なんでもよくなる気がする。それに、先人の恋する気持ちの表現も、そっくりそのまま真似したくなるのは、なんでだろう。

 前の私なら考えもしなかった――。

 皆、真似して、口ずさんで、続いて行く。そうして後世に残って、自分の恋と重ねて想う時だってある。

 でも、それは本当に、ただの格好つけて真似だけしてるだけなのかな。

 色々考えているうちに、それはとっても、正しい気持ちを表していたから、残ったんだって気付いた。それとも、誰もが共感できるって言ったほうがいいのかな。

 皆、どんな時代の人も、同じ風に誰かを想って、人は、繰り返し、繰り返し、恋を重ねて行く。変わらない月のように、私と同じ気持ちで恋をして、どんな人でも、不器用な詩人になってしまうのかもしれない。

 だから、誰にも忘れられずに続くんだ。

 彼の見ている景色は、いつか変わって行く。

 私の見ている景色も、また、いつか変わる。

 でも、恋する気持ちは、どんなに時が経っても変わらない。いつか、私は他の誰かと寄り添って恋をするかもしれない。その時、今日という日の密やかな恋を、いつか無意味だったと思ってしまうのだろうか。

 でも、私の想いはいつか、人々が重ねた恋の一つになる。

 何年、何十年、何百年もの昔に、私と同じように恋をした〈私〉がいる。そして、そんな〈大切なあなた〉を想う心は、どんなに時が経っても変わらない。

 だからこそ、今独りで、多くの人々が重ねた恋を思い出している、そんな私は、誰よりも大人になっているのかな。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は側へは行けないけれど 高坂八尋 @KosakaYahiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ