ストーカー代行

海沈生物

第1話

 小生はストーカー代行業者だ。「それ、探偵では?」というツッコミがあるかもしれないが、それら二つは根本的に違う。探偵が「依頼者からお金をもらい、依頼を解決する」という職業である一方、ストーカー代行業者は「依頼者からお金をもらい、依頼者をストーカーをする」という本末転倒気味な職業だからだ。

 そんな職業で生きているのかと疑問に思う人たちがいるかもしれないが、これが案外、生きていける。考えても見てほしい。売れる風俗嬢は月に何百万と稼ぐのだ。金のある人間というのは、これが案外、快感に弱い。SM調教が現実として一定の需要がある世界なのだから、ストーカー代行業者にだって需要はあるのだ。

 無論、そこには「依頼者(ストーカーをする相手)に対しての性的な行為を禁ずる」という鉄の掟がある。たとえ依頼者が同人誌のように下の穴へ電マを入れて歩いていようと、こちらを向いてイく顔を見せてこようとも、小生は平然とした表情でストーカーをしなければならない。

 たまにそのまま性的な行為へと至るケースもなくはないが、そういう時はお互いが信頼の商売なのだ。一度の過ちは、ストーカー代行業界からの永遠の追放を意味する。過ちを犯した相手とそのまま結婚するかセフレになるか、あるいは見放されて野垂れ死ぬか。そのぐらい、シビアな世界でもあるのだ。


 さてそんな裏事情はこのぐらいにして、今回の依頼者の話をしよう。彼女の名は能登百合子のとゆりこ。三十代という年齢である。言っておくが、小生のタイプの顔ではない。変な勘違いはしないでほしい。

 能登からの依頼は前述のような性に狂ったものではない。「今日の午後五時までのストーカーをしてほしい」という簡単なものである。また、彼女が小生を犯罪者として通報しないかの判断をするために経緯も聞いた。こちらは少し早口で熱の籠った口調で語ってくれたが、要約すれば「自分で推し活をしている内に、推し活をされるという気分が気になったから」というものだ。

 小生はSNSを宣伝目的以外で使わない。探偵でもないので、身元調査をするための技術など必要がないからだ。それ故に、「推し活」というものがよく分からなかった。そのことについても、能登から熱弁を喰らった。


「推し活とはつまり、”推し”という自分が好きな対象の行為を見て、幸福になる”儀式”なんです!」


 思い出す度にその口調の強さに腰が引けた。今まで仕事終わりに「コンドームに溜まった大量の精液」を見せられても、耳を舐めるのが上手い元恋人から数時間に渡って耳と乳首でイかされようとしても、無感情のままでいた小生が。

 狂気的な人間とそうでない人間の境界線など個人の価値観によりけりなものであるが、少なくとも、小生はそういった価値観と無関係な人間であると思っていたのだ。それ故に、素直に驚いた。小生が「これは間違いなく”狂気的”だ」と確信を持つ相手がやってくるなんて。

 だが、それはそれとして能登の熱意の強さには正当な理由があった。これは裏切られることはない、こちらに危害を加えてこないタイプの依頼者であると確信した。だから、受理した。


 その二日後、ついに依頼日となった。小生は依頼者に教えてもらった自宅に真夜中の午前0時から張り込んだ。もちろんだが、依頼者は起きてこない。エナジードリンクの代わりに市販で買ってきた紙パックのコーヒーを飲みながら、依頼者が家から出てくるのを待ち続ける。無論、巡回をする警察には細心の注意を払って。

 そして次の日の正午0時、ついに依頼者は家から出てきた。コーヒーを飲むのは途中で飽き、暇つぶしにこの前の依頼者からもらったswatchという最新ゲームで昔のゲームをプレイしていた。

 いつか同僚が「こうやって昔のゲームができるのは楽しいけど、二十年前に出たゲームと理解してしまうと、ちょっと胸の奥がモヤモヤするよなぁ」と溜息をこぼしていたのを思い出す。その時は適当に相槌を打っていたが、そもそも、昔から小生はゲームに興味がない。厳しい家庭であったわけではないが、ゲームというものが単純にからっきしだったのだ。パズルゲームぐらいならできるので、それで十二時間を潰した。


 依頼者を追っていくと、やがてここいらにある古びた遊園地に着く。入場料に関しては後で依頼料に加算しておくかと脳内にメモしつつ、その背中を追っていく。当たり前だが、ストーカーとは不審な存在である。しかし、ストーカー代行業者はその不審さをバレてはいけない。あくまでも普通の来場者として、ストーカーを演じなければならない。

 遊園地に来た依頼者は端的に言えば、こちらに対してアクションを取ることは一度もなかった。メリーゴーランド、ジェットコースター、フードコート、コーヒーカップ、そして観覧車。観覧車が半分を過ぎて後半戦に入った頃にはもう四時五十分を過ぎており、あと一時間の契約であった。あまりにもあっけない仕事の終わりだ。

 別段、今までにもこういうことがなかったわけではない。小生含め数人の代行業者を雇い、「複数人から追いかけられている」という事実に喜んで、最初一度振り返って以降は一度も振り返らない六十代ぐらいの大手企業幹部もいた。しかし、今回はそれよりも楽だ。むしろ楽すぎて怖い。ただ小生の膀胱にコーヒーが溜まり、肝臓が疲弊し、swatchの面白さがイマイチ分からなかっただけ事実しか残らないのだ。

 

 依頼者が観覧車から下りてくる頃には、もう四時五十八分となっており、仕事の終わりまで数えるほどとなっていた。無論、それで手を抜くようではプロではない。しっかりと最後の一秒、ストーカー代行としての仕事を果たす。

 とはいえ、そんなプライドを胸に燃やしている内に五時になった。付けていたサングラスを外して依頼者の元へと向かうと、依頼者は「あぁ、もうそんな時間なんだ」と言いながら、入場料を四捨五入した値である一万円を渡してきた。「お釣りはいらないから」とテンプレート的な金持ち特有の豪快発言にありがたく懐に収める。

 さぁこれで終わりだ。依頼者と別れるまでが仕事なので、丁寧に礼をすると、そのまま遊園地の入り口へと向かおうとする。しかし、その背中に小さな手が触れてくる。


「すみません。”そういう”仕事ではないし、そういった気持ちも一切ないのですが」


「分かっていますよ。今日一日ストーカーしていて、本気でこの人は仕事以外に興味ないんだーというのは十二分に理解しました。だから、一つだけ聞きたいことがあるんです」


 そういって追加の一万円を握らせてくる。小生からすれば時間外労働は辛いし、三十も終わりかけの身体には徹夜というのはかなり響くのだ。とはいえ、貰えるものは貰える方が良い。金はあって困るようなものではなし。

 フードコートに座らされると、好きなもの注文していいよと言われた。なので、コーヒーだけ注文した。閉園一時間前なのと過疎ということもあってすぐに届けられたコーヒーを飲むと、あまりの不味さに飲む口が止まる。向かい側の依頼者は明らかに冷凍をチンしただけのタコ焼きにソースをかけただけのものを喜んで飲んでいる。三十代なのに、まるで子どものようだ。顔は三十代だが。


「相変わらず、コーヒー好きだねぇ。昨夜もうちの前でコーヒー飲んでなかった?」


「コーヒーは別に好きではないです。ただ、モンスターが飲めないので、ブラックを飲んでいるだけです。……それよりも、”一つだけ聞きたいこと”とは一体何なのでしょうか?」


「あーうんうん、それなんだけどね。今日一日ストーカーしてもらって思ったんだけど、推し活とストーカーの違いって何なのかなーって思ってさ」


「失礼ですが、ほとんど同じでは。熱狂的な推し活がストーカーになるだけで、根本的な部分では、あまり違いがないと思いますが」


「それはそう、なんだけどね。なんだろ……確かに熱狂的な推し活がストーカーにはなるんだけど、それじゃあ熱狂的な推し活をしている人の全員がストーカーなのか? と言われたらそうでもなくて。言葉でどれだけ言葉を狭義へ狭義へ狭めていっても、その最小公倍数が必ずしも、数学みたいに正しくならない……みたいな。ごめんね、何が言いたいのかよく分からなくて」


 熱々のたこ焼きを勢いよく飲み込んで目を白黒とさせた。そんな依頼者を鑑賞しながら、小生はコーヒーを飲む。

 言い方が面倒だが、言わんとしていることは何となく分かる。言葉には限界がある。それをどれだけ正確に伝えようとしたところで、相手がその文意を100%読み取ってくれるわけではない。それを文章にするという時点で、文字という「型」に自分の思いをはめ込んでいるからだ。であるのなら、依頼者に伝えるべき返事は何か。

 タコ焼きを片付けて「それじゃあ、ほんと、引き留めてごめんね」と去っていこうとする能登に、「あの」と声をかける。


「その型……最小公倍数や境界線といったものは、状況によって”変化”するのではないでしょうか。推し活もストーカーも、時と場合によって使われ方が変わります。その変化のビックデータの中で最も多く使われるのがいわゆる辞書的で普遍的なよく使われる意味であり、そうでない場合が無視されるのは、多くの人がその事実を忘れてしまっただけ……なんじゃないでしょうか」


 能登は小生の目を一瞬見ると、静かに頷く。耳元に唇を寄せると、「ありがと」と囁いた。呆然とする小生の一方、彼女は前へと進んでいく。あぁ、顔が熱い。

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