第2話 ~30 years later~

窓の外がいつも暗く沈んだ色になったのは、いつからだろう。

ほとんどの家はすっかり雨戸を閉め、雨戸がなければ何かで窓をふさいでしまっている。我が家はそういうわけにもいかないので、いつもこの浮かない空模様を眺めている。サイレンが鳴れば彼女は駆けていくだろう。それを見送るしかないわが身が厭わしい。


「いつだったか、旧電波塔のあった山へ、ふたりで出掛けたことがあったね。

天気が良くて、とても風が気持ちいいの。晴れていて、空が広くって。」

彼女が楽しそうに笑う。あの春から三十年。ふたり暮らすようになって、三十年もの時間が経った。

今では彼女はいつでも戦いに行けるように、ブーツに手袋を身に着けている。ヘルメットを膝に抱えたまま、笑うような状況じゃないのに、とても楽しそうに思い出を語る。

「あの日、君は私に、パスタ茹でてくれる、って言ったんだよ。」

今じゃそんなことに使えるような力じゃないのにね、と。

ただ火をつけるだけの能力でも、今日こんにちでは都市を守るために使わなければならない、とても大切な力だ。自分のためだけに使うなんて、許されない。

これまでそうだったように、女神は目覚めから五十年後に眠りにつき、厄災の時代が訪れた。

五十年周期の女神の眠り。次に女神が目覚めるのは、五十年後。生きてあの空を見ることはないだろう。

「でも、今日くらいはいいよね。」

彼女はどこか遠くを見るような目で窓の外を見遣る。

「ね、あれ作ってよ。『青空パスタ』をさ。」

まるであの日のように無邪気な顔で笑う。年月が重ねたしわなど嘘みたいに、あの日のように。


遠くでサイレンの音が聞こえる。

あともう少ししたら、彼女はここを出るのだろう。

青じそも、バターもない。こんなの『青空パスタ』じゃない。

それでも彼女が食べたいと言うのなら、できるだけのことをしたいと思った。

カサカサになったパスタを少ないお湯で彼女が茹でる。錆びついたフライパンに移したパスタに少しの植物油を絡めて、古い缶詰を開けた。乾燥ネギをほんのひと振り。最後になけなしの醤油をかける。

そういえば最近はろくなものを食ってなかったな。

醤油の焦げる香りに、彼女が湯気の向こうで、目を輝かせる。満面の笑みで一言。

「『鯖缶の青空パスタ』だね。」

あの日と同じものではないけれど、これはあの日と同じように、彼女のために作った料理。

嵐の去った翌朝、初めて作った時の名前のない家庭料理に飛び上がって喜んで、名前を付けた無邪気な彼女に恋したんだ。


たとえどんな状況でも、大事な人と同じ食卓を囲めることの幸福。それは決して当たり前などではない奇跡の時間。

「君に会えて、幸せだった。」

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青空パスタ 霜月ノナ @yomumin

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