Uプロジェクト【KAC20222推し活】

雪うさこ

Uとはなにか?



 終業の鐘が鳴った。空気が緩むのがわかった。なにせ明日からは土曜日——週末だ。がしかし。


「人事課だ! 職員たちは一歩もそこから動くな! そこ! 引き出しに手をかけるな! 不審な者から監査を開始する」


 ——なんてことだ! まさか。抜き打ちの監査だと……!?


 左腕に「U」と書かれた腕章をしているワイシャツ姿の集団、総勢十五名は、一斉にフロア内に散らばると、課長も係長も関係なく「失礼いたします」と言いながら、デスクの引き出しを引っ張り出したり、デスクの上の書類をかき分けたりする。


 おれの所属する国保年金係も同様だ。おれの心臓は高鳴る。しまった——。まさか、今日だったとは……。明日が週末だということで、油断していた。なにせ、おれの引き出しには——。そっと監査員に見つからないように引きだしに手を伸ばす。1センチ、2センチ……そろろと引きだしを開き、そこの書類の中に挟まっているブツに手を伸ばす。もう少しだ。これさえ隠蔽できれば……。


「おい! そこ!」


 鋭い声に驚いたおれは、開いた引きだしに膝をぶつけてしまった。別部署にいた監査員までおれの元に駆けつけてくる。おれはあっという間に取り囲まれた。そして、そばにいた男に羽交い絞めにされた。


「は、離してくれ!」


「おい。こいつはその引きだしをいじっていたぞ」


「主任、確認します。——ありました! 温泉娘『湯っこちゃん』のクリアケースが出てきました」


「や、やめろーー! その汚い手で、おれの嫁に触れるなー!!」


 ——そのクリアケースは、二か月も前から予約していて、やっと観光センターから届いたばかり。期間限定、数量限定のレア商品なんだー! ああ、いつもは浴衣姿の嫁が、バスタオル一枚の入浴スタイルなんだぞー!!


「連行しろ」


 おれは、監査員たちに羽交い絞めにされたまま、あっという間に地下室に連れて行かれた。



***


 年に数回。「Uの悲劇」と呼ばれる魔の金曜日がある。人事課が一斉に、職員たちの持ち物検査を行うのだ。そこで、職務に関連のないものが発見されると、その職員は連行され、それっきりだという。


 そう。その後の彼らを誰も見ていないというのだ。辞めさせられるのだという噂が主流だ。おれは一体——どうなってしまうのだろうか。


「うう。ここは……」


 おれは目を開ける。どうやら、連行された時のショックで、一瞬気を失っていたらしい。気が付くと、おれはギシギシと音のする古ぼけた事務椅子に紐でしばりつけられていた。


「ようこそ。Uプロジェクト企画推進室へ」


 薄暗い部屋。視界が慣れてくると、そこに一人の太った男がいることに気が付いた。彼は指示棒を右手に持ち、それを左手に軽く打ち付けてパチンと音を鳴らした。途端に、彼の横に大画面のスライドが投影された。

 

「今はどこの自治体でも町おこしに苦労している。ゆるキャラは飽和状態。特産物や温泉地の活用、シャッター商店街の問題……これらは、わが梅沢市においても、他人事ではない課題なのだ」


 そこには日本全国、町おこしに失敗をした自治体の名前が羅列されている。


「いいか。キミも地方公務員の端くれなら理解できるはずだ。財政破綻をきたす自治体を。限界集落で消滅目前の自治体を。我々はまだ余力がある。だからこそ、今からの対策が必要なのだ。そこで我々が秘密裏に進めているプロジェクト。それが……Uプロジェクトだ!」


 そこでスライドが切り替わると、そこには温泉娘の湯っこちゃんが映し出された。

 彼女は梅沢市の温泉観光課で作成した美少女キャラだ。今は、日本全国で、温泉地ごとに美少女キャラを作成している。その中の一人であり、そして、。Uプロジェクトの「U」は「湯っこ」の頭文字というわけだ。


「Uプロジェクトは市長直轄。他の部署の干渉は一切受けない。むしろ、市長名で他部署を動かすことすら許されているのだ——」


 男は眼鏡を光らせた。


「キミは、湯っこちゃんの限定クリアケースを隠し持っていたそうだな!」


「——はい」


 それは事実。おれは観念してうなだれた。すると、男はおれの元に歩み寄ってきたかと思うと、おれの肩に手を置き、それから膝をついて屈んだ。そうして、下からおれを見つめる。


「先日発売した、アクスタ(注:アクリルスタンドの略)は購入したかね」


「——はい。すみません。三段目の引き出しにあります」


「痛バ(注:推しの缶バッチをつけたバッグのこと)は持っているかね」


「はい。弁当入れにしています」


「キミは湯っこちゃんをどう思っている? 正直に言いなさい。嘘はいけないよ」


 おれは観念した。リアルで嫁の良さを語れる仲間はいない。いつもSNS上だけだ。だから、なんだか気恥ずかしい気持ちであることに違いはないはずなのに。なぜだろう? おれの気持ちをリアルで語れる場が得られるだなんて。尊いを通り越して昇天だ。


「湯っ子ちゃんは、おれの嫁です。おれが彼女を好きになったきっかけは、自分の担当していた仕事に失敗した時だ。そう。あれは去年だった。SAN値(注:正気度)ガリガリ削られたおれは、癒しを求めて温泉に行ってみたんです。そこで出会ったのが彼女だった——」


 ——そうだ。湯っこちゃんは、おれの救世主メシア。おれは一目でガチ恋したんだ。


「彼女の魅力は瞳だ。栗色のキラキラとした瞳。そして、あの笑顔。湯っこちゃんだって、辛いことがたくさんあるはずなのに。健気に笑顔を絶やさないキャラクター。それから、身長158センチ。おれにはちょうどいい大きさだ。細い首から肩にかけたライン。ふくよかでマシュマロみたいなおっぱい。くびれてからの丸みのある腰。くるくるの肩までの髪の毛も堪らない。あの髪を撫でながら、ぎゅって抱きしめて、一緒に布団に入ったら、きっと、きっと。おれは救われるんだ!」


 ——ああ。言ってしまった。職場でおれはなんてことを……。


 じっと押し黙ってしまった男を見返す。おれは懲戒免職にでもなるのだろうか。仕事中にグッズを隠し持っていただけで、首なのだろうか。そう思っていると、男はにこっと笑みを見せてから耳を疑うようなことを言った。


「柴崎。キミは見事合格したのだ。Uプロジェクトにキミを歓迎しよう!」


 ——なんだって!?


 驚いて視線を上げると、男は両手を打ち鳴らした。


「おれはUプロジェクトチーフの雉子波きじなみだ。メンバーを紹介しよう」


 そこで室内がパッと明るくなる。そこには、おれみたいに冴えない、そしてちょっとコミュ障みたいな男たちが十名程度座っていた。


 ここは、まるで事務所だ。デスクが並び、そこに男たちが座る。しかし、地上の事務所と違っているのは、壁中に湯っこちゃんのポスターやのぼり、等身大のパネルが飾られているのだ。職員たちのデスクトップの画面は、もちろん湯っこちゃん。

 

 フィギアも飾られている。湯っこちゃんのフィギアの発売はまだないはずなのに……。まさか! フィギアの造形師でもいるということか!? 


 おれは興奮した。ここは……なんて、なんて素敵な空間だ!


「左から、佐藤、鈴木、髙橋、田中、伊藤、渡辺、中村、山本、山田、木村だ!」


「お前、あの限定ファイル、持ってたんだってな。わかりみ深っ」


「おれも、おれも好きすこ~」


「おれたち同担組だろ~。仲良く沼っちまおうぜ」


 おれは思わず、嬉しさで胸が躍った。こ、こんな素晴らしき部署が、こんな近くに存在しただなんて!


「キミたちの『好き』を最大限に生かして、湯っこを全国一の温泉娘へと成長させる。それが我々の目的だ。他の自治体に嗅ぎつけられては元も子もない。この地下室には、風呂、トイレ、仮眠室、食堂、動画視聴室も備えられている。柴崎も、情報漏洩防止のため、他の者たちと一緒に、ここで寝泊まりをしながらの作業になる。これからは、全力で嫁を売り出すことを考えるんだ。いいな?」


「はい!」


 おれは雉子波チーフの手を握りしめ、力強く頷いた。


 ——これが本気の推し活ってやつだぜ!



***



 Uの悲劇はそれ以降も繰り返され、地下組織の人員は、そのたびに増えていった。その後、温泉娘の湯っこは、全国温泉娘人気投票で一位を獲得し、梅沢市は『湯っこの聖地』として観光産業が活性化されたという。


 しかしその後、Uプロジェクトメンバーがどうなったのかは、誰も知らない。





―了—

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