私がチケット戦争に勝ちたい理由

自分で勝ち取ってこそ

 かつてこんなに自分に腹が立ったことがあっただろうか、いや、ない。思わず中学の時習った英語の訳文みたいな文章が頭に浮かぶくらい、今私は自分の愚行に腹が立っている。


 新卒で入社した会社が突然倒産したときも、周りの友達が急に結婚しだして自分だけ独身じゃん…と落ち込んだ日も、こんなに世界を恨んだことはない。だって、こんな、こんな…うわーもう考えたくない!うそみたい!こんなことありえる!?


 推しのライブのチケット、間違えて燃やしちゃうなんて…。


「何やってんだお前…」


「うわっちょっと、勝手に部屋入らないでってば!」


 キッチンで膝から崩れ落ちていたら、後ろから声がかかった。聞き覚えのある低い声。今この瞬間一番聞きたくなかった声だ。


「いや、今部屋入ったの後悔したわ…キッチンで四つん這いになってるお前見たら」


「うるさいな…あ、そのコート新作だ」


「そう、いいだろこれ」


 勝手に作ったらしい合鍵で勝手に部屋に入ってくるところは認められないけど、やっぱりセンス良いな。自分に似合う服ってのをわかってる。いやしかしほんとズカズカ入ってくるなこいつ。


「今日差し入れでケーキもらったんだよね」


「へえ、良かったね」


「なんだその反応は」


「いたいいたい!何もう食べたって話じゃないの?」


 なんで差し入れ自慢に相槌打つだけでほっぺた引っ張られるの!?いいな~私も食べた~いとかが正解?この男と付き合い始めて2年になるけど、たまによくわからないところで急に怒るんだよなあ。ていうか今それどころではない。


「仕事でお疲れのこの俺が、わざわざ家に寄ってやったのに嬉しくなさそうだな」


「そんなことは…」


「いつもなら、差し入れ?誰と食べたの?どこのケーキ?とか聞くだろうが」


 うわ、なんかモノマネされたんですけど。私いつもそんなふうに見えてんの?ただの食いしん坊じゃん。


「あーあ、差し入れのケーキ食べずに持ってきてやったのに」


「え、マジで?」


 いかんいかん、ケーキで喜んでいる場合じゃない。


「どうせまたくだらねえことで悩んでんだろ?言ったらケーキやるよ」


「くだらなくない…」


「じゃあ言ってみ」


 それが言えないんですよね…特にあなたには。


「そんなに言いたくない?」


「そういう訳じゃないけど…」


「悲しいな…マコにとって俺ってその程度の存在なんだ…」


「卑怯な…」


 その顔に一番弱いの知ってるくせに…こいつの前では隠し事なんて一つもできないのが悔しい。悔しいけどどうしようもなく好きなんだよな…この顔。


「あの、チケットを」


「ああ、今度のライブの?」


「チケットを、燃やしちゃいました…」


「は?」


「ですよね。燃やしちゃったってなんだよ。ですよね。この電子全盛のデジタル時代に、紙のチケット発券してるんるんで手に持って帰って、夕飯の準備してる途中に、ライブだ楽しみだな~って眺めてたら手が滑ってコンロの火の中へ…とか笑えないよねホント生まれてきてすんませんした!」


 ここまで5秒。一息で言い切ってみたけど悲しすぎる…つい30分前の出来事だけどなにやってんの私。透也とうやもあきれて声もだせないよね。ごめんごめん全部私が悪いんです。


「なんだ、そんなことか」


「そ、そんなこと」


「大した問題じゃないだろ」


「いやいやいやさっき問い合わせたんだけど再発券もできないみたいだし、ライブ行けないんだよ?私」


「行けるだろ」


「行けないの!これ最後の抽選で当たったチケットだったんだから」


「いや、だってこのライブ俺出るし」


 はい。


 そうです。だから言いたくなかったんです。


「関係者席とかあるしメンバーも家族とか呼んでるし」


 そうだね。芸能人もくるから、一般のお客さんが双眼鏡で関係者席見てるの私もライブで見たことある。


「俺がお前呼べばいいんじゃないの」


 そう、私の推しは、何を隠そう目の前のこの男なのです。


 ずー--っと推してきたアイドルグループの推しメン、坂内透也さかうちとうやさんと何故か知り合い、お付き合いを始め、恋人同士になったって推しは推し!彼氏になったって推し活はやめられないまま、現在に至っている訳です。まさかこんなことになるなんて私が一番思っていませんでしたとも。


「なんで毎回自分でチケット取るんだよ」


「だって彼女だからってチケット戦争自分だけ逃れてんのかよとか思われたくないし、いちファンとしてグループのことは今後も応援していきたいし、私と付き合ってる透也とTO-YAくんは別人だとも思ってるから」


「やめろ昔の芸名で呼ぶな」


 今回のライブの為に新しくうちわも作ったし、透也のメンバーカラー青の靴だって買って、準備万端だったのに…。ライブに行けないのはもちろん悲しいけど、それを真っ先に透也本人に知られてしまったのが一番悲しくて申し訳ない。


「いやしかしチケット燃やしたってお前面白すぎだろ」


 本人は腹抱えて笑ってますけど。


「だから今回はライブ行けないの」


「いや、だから関係者席で来いって」


「それはなんか違うんで」


「オタクかたくな~」


 そりゃ行きたいわ私だって!今回は特別なライブだったから余計に行けないことが悲しい。あとでライブレポとか見られるかな…羨ましさでスマホ握り潰しちゃわないかな。


「じゃあさ、今回は俺のお願いってことで」


「どういうこと?」


「いつもはマコがライブに来たいから自分でチケット取ってきてくれてるけど、今回は俺がマコに来てほしいから、招待っていうのは?」


「招待…」


「あのさ、今回のライブって10周年記念ライブだから」


 知ってる。だって、一番楽しみにしてたライブだから。私みたいな透也推し以外の人も、自分の推しの為に有休とったり夜行バス予約したり、みんなこのライブの為に毎日頑張って仕事して、歯食いしばって耐えてきたんだから。


「俺が、マコに来てほしいの」


 透也のポケットから何か紙が出てきた。見たことある形状の独特な封筒。さっきコンビニでもらったチケット入れに似てる。開けると、関係者用の記載があるチケット。うわ~初めて見たな関係者用。じゃない。


「え、いやいやいやなんで?いつも断るでしょ私」


「元々今回は渡す気でいたんだよ。マコがチケット当てたって言うから、渡せなかっただけ」


「うそ…」


「ほんと。俺らの10年、応援してくれてありがと。だから、お願い」


 観に来てくれるよね?なんて推しに言われて、断れるファンはいない。




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