第25話 嫌われる覚悟③
「話を戻すけど、もしアンタが先の一件でサクちゃんとの関係が修復不可能だと考えてるとしたら、それは大きな間違い。現にあの後、あの子は真っ赤に腫れた瞼を指で擦りながら泣いてしまったことに対して申し訳ないと反省していた。そしてそれを、アンタに謝りたいとも訴えていた」
「サクさんが、そんなことを?」
登美子さんが嘘をついているようには見えないので、その話は本当のことなんだろう。
僕の頭の中が、クエスチョンマークに包まれる。
100パーセント悪いのは僕であるはずなのに、どうしてサクさんが謝る必要なんてあるのだろう。
彼女の努力を踏みにじるようなことをしてしまったのに、どうして僕に失望したりしないんだろう。
僕はノートのページをペラペラ捲り、自分の愚かさを再度嘆く。
そもそも僕がこんなものを書いてしまったばかりに、サクさんを悲しませてしまった。
ノートを握りしめる力が段々と強くなり、表紙が歪んでいく。
そこで不意に、血管の浮き出た手首を登美子さんに掴まれる。
その手はとても優しくて温かかった。
「こんなノートなんて書かなければ、サクちゃんを悲しませることなんてなかったのに。とか、考えてるでしょ?」
どうやら彼女には僕の心の中などお見通しらしい。
僕は素直に頷いて、ノートを掴む力を弱める。
「僕は多分、欲張り過ぎたんだと思います。サクさんという完璧なパートナーに対して、さらに上の段階を望んでしまった。もしかしたらノートなんて書かなくても、いずれこうなる運命だったのかもしれません。やっぱり僕なんかが、誰かと上手くやるなんて――」
「上手くやる必要なんて、あるのかな?」
僕の言葉を遮って、登美子さんは言った。
「健作にとっての上手くやるってどういうこと?少なくとも、言いたいことを我慢して上辺だけの関係を演じるなんて、そんなもの、上手くやるとは言わないからね」
登美子さんはしばらく僕の答えを待ってくれていたが、そんなものすぐに出るはずはなくずっと黙っていたので、再び口を開いた。
「ねえ。一旦サクちゃんの気持ちは置いておくとして、アンタは彼女との間にどんな関係を望んでいるの?馴れ合いの延長線上にある漫画家ごっこ?それとも初めて出来た友達としての無難な関係?あるいは、お互い意見を出し合って良い作品を作るためのパートナー?」
「そんなの―――!」
そんなの、決まっている。
僕とサクさんの関係を、馴れ合いや無難なんてそんな言葉で片づけたくはない。
サクさんと出会って、この人とならば、一人では決して見ることの出来ない凄い景色を見られるのではないかと期待してコンビを組んだ。
高望みなのは分かっている。
今でも充分すぎるくらい僕にとっては夢のような状況であるのに、これ以上を望むのはただのワガママ以外の何物ではないことも分かっている。
けれどもし、その望みが叶うのならば・・・。
「僕はサクさんと、凄い作品を生み出せるような、最高のコンビでありたい」
僕が口に出した瞬間、登美子さんはふっと笑って僕の手首から手を離した。
「最高のコンビ・・か」
感慨深そうにそっと呟いた登美子さんは、やがて海のように大らかな笑みを浮かべた。その笑みを見ているだけで、僕は何かに包まれた時のような心地よさを覚えた。
「なら、私が教えてあげるよ。彼女と最高のコンビになるための方法をね」
「え?!本当ですか?」
8割の期待と2割の不安の入り混じった僕の目の輝きに、登美子さんがふふんと鼻を鳴らす。
そして彼女は、ゆっくりと深く息を吐いて人差し指を立てながら学校の先生のような言い方で言った。
「その前に、一つだけ条件がある」
僕が創り、君が彩るストーリー 岡ふたば @oka-hutaba
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