究極?の推し活

仁志隆生

究極?の推し活

 今回もいい話だったなあ。

 うんうん、彼らは相変わらずだなあ。

 さて、続きが楽しみだ。

 そう思いながら一冊の漫画本を置いた。

 そして、昔を思い返した。

 



 この漫画が連載中断してから二十年。

 先頃やっと再開してくれたけど、不定期連載だ。

 先生、決して無理しないでくださいよ。

 長い間待ったんだから、そんくらいどうって事ないですからね。 



 そうそう、あの頃は貧乏だったが、この漫画や関連グッズだけは買い続けた。

 それで昼飯代もなく、腹をグーグー言わせてたなあ。

 今はそれなりの収入もあるし、またなんか出たら買おう。


 そうだ、サイン会にも行ったなあ。

 先生って俺と同年代の女性。

 失礼ながら可愛らしい人だなあ、でもやっぱあの作品を書いてる人、先生の雰囲気がそのまま出ているのかな? なんて思ったもんだ。


 こういうのって「推し活」と言うみたいだな。

 まあ若い子ならともかく、俺はもう四十代後半のオッサンだ。

 だけどそんなオッサンでもさ、これからも推し活してもいいよな?

 この命尽きるその時まで……。




 と思ってた矢先だった。


 道を歩いてたら子供が投げたおもちゃのトラックが頭に当たって、気がついたらこの真っ白で何もない場所にいた。


 ここどこだ? まさか、あの世とかか?


「ここはあの世とこの世の境目じゃぞい」

「は?」

 声がした方を見ると、そこにいたのは白髪で長い髭で、なんか仙人が持ってるような杖を手にした、いかにもという格好の爺さんだった。


「えーと、こういう場合女神様が出てくるとかじゃ?」

 思わずアホな事を言ってしまった。

「あいにく手の空いている女神がおらんかったのじゃ。儂なんぞですまんのう」

 爺さんはそう言って頭を下げた。


「あ、いえ。あの、という事は私は死んだ?」

「いいや、生きておるぞい。肉体ごとここに呼んだからのう」

「そ、そうですか。ってやっぱこういうパターンだと、私になんかしろと?」

「話が早くて助かるぞい。まあ受けるかどうかは話を聞いたあとで決めてくれ。そうそう、もし断ってもちゃんと元の世界に戻すからのう」

「え、ええ」

「では頼みなのじゃが、お前さんが好きな漫画家が書いた世界へ行って、妖魔を倒してほしいのじゃ」

 は?

「あの、妖魔ってなんですか? そんなの漫画には出てませんでしたが?」

 いや俺が見落としてるだけか?


「見落としとらんわい。妖魔というのはのう、人の憎しみや妬み、まあ悪いものが具現化したものだと思ってくれ。それがかの漫画家とその世界を苦しめておるのじゃ」

「え? ……あの、もしかして」

「そうじゃ。長期中断を余儀なくされたのはそいつのせいじゃ。あの漫画は人々の心に光を照らす程のもの、それがもしもっと多くの者達に知られたら、妖魔達は存在できなくなってしまう。そう思って漫画の世界に入り込み、あの世界を表現できなくしてしもうた。そのせいで作者も心と体を……」


「……あの、あなた神様でしょ? それならそんなの」

「儂は神じゃなくてここの番人じゃわい。まあ神が出ていってもいいのじゃが、それよりあの漫画の、作者のファンが助けたほうがより良い方向へ行くのじゃ。だからファンの中で適任だと思うお前さんを呼んだんじゃ」

 爺さんがそんな事を言う。

「私がですか? あ、なんかこういう場合、チート能力でも」

「そんなもん授けるまでもないわい。お前さんが持つ『作品を愛する心の力』があれば、きっと倒せるはずじゃ」

「……えと、それなら私じゃなくても、もっと上回ってる人はたくさんいますが?」

「たしかに『作品を愛する心』だけを見ればのう。だがあの世界へ行けるのは今の所、お前さんだけなのじゃ」

「え、それだと私が断った場合、どうなるのです?」

「行ける者が生まれてくるまで待つしかないが、その前にもし……」


「わかりました。行きます」

 そこまで待ってる間に先生がその妖魔とやらに……なんてさせてたまるかってんだ!


「すまんのう。そうじゃ、力を授けるまでもないと言うといてなんじゃが、このくらいはさせてくれんかの?」

 そう言って爺さんが杖をかざすと……お?

 なんか体が軽くなった?

「ほれ、鏡を見てみい」

 爺さんはどっからか出した手鏡を俺に渡した。

 それを見ると……。

「え!? わ、若返ってる!?」

 そこに写っている俺の顔は、あの漫画を初めて読んだ十代の頃のものだった。


「やはりオッサンだと体がキツイじゃろし、向こうにいる間だけはその姿でな。ではあの世界への道を作るぞい」

 爺さんがまた杖をかざすと、そこに大きな扉が現れた。

「その扉を開けてしばらく進めば着くぞい」

「はい。じゃあ行ってきます」

「うむ、頼んだぞい」


 俺は扉を開け、薄暗いトンネルのような道を進んでいった。

 よし、たとえ命を落とす事になっても、絶対敵だけは道連れにしてやるからな。

 

 そうだ、これも「推し活」って言っていいかな? なんてね。

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