第3話 覚悟

 かつて、この世界は人と魔女とで争っていた。

 個々の能力は魔女が圧倒的だったが、魔女よりもはるかに人は数が多く、長期戦になると人間側が有利だった。

 そのうえ、人が魔女を殺せば同じ力を手に入れられることもあり、徐々に魔女側が不利になっていった。

 そんな中、魔女側で他の追随を許さないほどの圧倒的な力を持ち、誰も勝てない最強の魔女が存在した。

 その魔女は最初の魔女であり、最強の魔女――永遠の魔女と呼ばれていた。


 彼女は押されつつあった魔女陣営を一人で立て直し、人が勝てないと思わせるに十分な戦果を出した。

 彼女は魔女の力を持った複数の人間を一人で圧倒し、一ヶ月以上前線で戦い続け人間にこいつがいる限り勝てないと思わせるに至った。

 人間陣営が諦め始めた頃に彼女はとある提案をした。


 「人と魔女が共存できる契約を結ぼう」


 彼女はそのころ人間陣営の代表だった国の王と終戦の契約を結び、互いに共存できる世界へと変えたのだった。

 その契約は今日まで続いており、破棄されることはありえないことだったのだが、そのありえない出来事が起きてしまった。


 「師匠、永遠の魔女が死んだってどういうことですか?」


 永遠の魔女については語り継がれて多くの人間が知っている知識なので、ノアも当然知っていたのだが、まさか生きているとは思っていなかった。

 魔女は人間よりも長命だが、不死身というわけではない。

 個体差はあるが、基本的に二百年は生きる。


 だが、魔女が認知され始めたのは、二百年やそこらの話ではなく、その時代から生きているとなると数百年は生きていることになる。

 魔女であってもそこまで生きれるものなのかと疑問に思うノアだったが、クーリアの表情を見て真実だということを察した。


 「ノア、いいかよく聞くんだ」


 ずっと黙っていたクーリアがようやく重い口を開き、真剣な表情でノアに語り掛けた。


 「すでに人間と魔女が共存する契約は破棄された。最悪の場合、再び地獄が始まるだろう。その最悪を前提として、思えは私と本当に契約をしてもいいのか考えろ」

 「何度言われても俺の考えは変わりませんよ」


 決心は鈍らないと即答するノアだが、続くクーリアの一言で迷ってしまった。


 「友と戦うことになってもか?」


 この言葉でノアはクーリアの言いたいことをようやく理解することができた。

 クーリアと結ぶ契約は先ほどまでとは意味が変わってしまったのだ。

 

 「お前は人間と敵対する覚悟はあるのか?」

 「それは……」


 さすがに今度は即答することができず、迷ってしまう。

 魔女と契約をするということは最悪の場合、人間と殺し合うことになる。

 その相手が自分の知っている相手だったらお前は戦えるのかと、クーリアに問われているのだ。


 「俺は……」


 アベルやフラウと過ごした日々を思い出す。

 授業は厳しくつらかったが、仲間と共に競い合うことで乗り切ってこれた。

 だが、今ノアが行おうとしていることはその仲間を裏切ることになるかもしれない。

 戦争からずいぶん時が経ち、かつてと同じことが起こるとは言えないが、今でも魔女を嫌う勢力は少なくない。

 戦争が絶対に起きないとは決して断言できなかった。

 それでも


 「師匠と契約をします」


 ノアはクーリアと共に行くことを選んだ。


 「いいのか? 戻ることはできないぞ?」


 クーリアは何度も考え直す機会をノアにくれるが、ノアはもう迷わない。


 「俺は師匠に救われました。おそらく師匠が想像しているよりもずっと感謝しています。そんな師匠が困っているのなら、俺が力になれることがあるのなら、契約をしたいです!」


 ノアの覚悟を受け止めたクーリアはやがて、自身も覚悟を決めた。


 「わかった。正直お前がいてくれると助かる。契約を結ぼう」

 「ありがとうございます!」

 「だが、この先何が起こるかわからないから、覚悟しておけ」

 「わかりました」


 改めて契約を結ぶためにノアは手を差し出し、クーリアはそれを両手で包む。

 

 「では、契約を開始する」


 宣言すると同時に魔力と思われる温かい何かが、ノアの手に流れ込んできた。


 「今お前の手に流してるのが魔力だ。それに意識を集中させろ」

 「分かりました」


 魔力に意識を集中し温かいものが全身に行き渡ると、魔力が流れてこなくなった。


 「我、クーリア・ブランシエルはノア・イクシードと契約を結ぶ。破壊の魔女のなにおいて、この契約は永劫互いが死ぬまで破棄されることはない」


 契約の呪文と思われしものをクーリアが唱え終わると、二人の身体は光を放ち、ノアの中にあった魔力は霧散した。


 「これで契約は結ばれた。これからよろしくな、ノア」

 「はい、こちらこそよろしくお願いしますクーリア師匠!」


 握手をした二人は、笑いあい最後の日常を噛み締めるのだった。

 クーリアと共に行けるのならば、どんな困難も乗り越えていけるとこの時のノアは考えていた。

 この先の地獄がどんなものかを知らずに。

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魔女と騎士 健杜 @sougin

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