パンフレット作戦

埼玉臨時政府

第1話


ここ、パテッティンで下っ端官僚として働く、(彼の仕事内容はほとんど社会に対して意味のないことなので働いているとするには語弊がある。もちろん彼はその事を知らない)マックスオリバーは、布団から一般人の起床平均時間を42分も遅れてから這い出でて、歯を磨き、ちょうどコーヒーを飲みながら新聞を読んでいるところだった。

 

実家からこの狭い住居に移転してからわずか3日という、驚くべきスピードで押しかけてきた新聞の押し売りに契約させられた新聞を読み終え、毎朝のように出来る他の新聞の山をさらにくずした。

 

マックスはここ10年習慣になった、さまざまな新聞を読んでいる内に、5年と半年ほど前にある法則に気がついた。それは新聞にはさまざまなことが書かれているが、正しい、またはそれに近い事が書かれているのはその中のたったの1つ、またはそんなものは無いという事である。

 

賢い人(もしくはどうしようもなく愚かな人間)ならどれが正しいか見抜けるらしいが彼は何も考えずに文字を消化していく事にしていた。

 

ゴミ処理場の建設の合理性に頷き感銘を受けた後、ゴミの焼却が環境に与える影響に憤りながら靴を手に取ったのはその5分後のことであった

 

 

 

 

 

このうだつの上がらない小官吏が自分の職場へ着いたのは始業時間をとっくに過ぎた頃であった。

 

もっともここ、化学省の中の教育部総務課の組織図の片隅にぽつんとある書類整理室(書類室は別にあるためここには化学省のパンフレット程度の資料しかない)の人間がなにをしようと誰も気にしないのだが…

 

 

 

 

 

私ことマックスオリバーはここ、書類整理室の席に座り、朝見ることのは出来なかった新聞を広げていた。

 

こうしているとなんだか知識人になったような気分になってくる。さらに目の前の同じ書類整理室に属するたった1人の後輩に賢そうに振る舞えるのは気分がいいのだ。

 

意味のいまいちよくわからない言葉にぶつかった為辞書を探していると後輩が話しかけてきた。

 

「オリバーさん、いつもそんなに新聞を読んでいて飽きないんですか?」

 

かなり痛い所をついてくる物である。正直こんなに新聞を読みたいわけではないが解約方法を契約の時に教えられなかったので(3回目の契約の時に聞いてみたが、契約の時に解約の話をするのはおかしいと言われた)

 

「まぁ飽きはしないかな」

 

飽きはしない、飽きるということは元々好きなことが嫌になってくることだから私は新聞を読んでいて飽きることはこの先もないだろう。

 

「すごいですねぇー」

 

「君もパンフレットばかり読んでいるじゃないか」

 

「何度もよく見ていると味が出てくるんですよ」

 

若干自慢げに言ってくる、彼女が言うようにパンフレットを食べてみたら美味しいのであろうかと悩んでいた、先程読んだ新聞に飲んで美味しいシャンプー特集が載っていたので、色々な味のパンフレットも有るのだろうか。一つ貰っておこうか?

 

その時ドアを叩く音がした。出てみると1人の男性がいた。

 

「ええと、なんでしょうか?」

 

彼は無機質な顔と声で言った

 

「ここにマックスという人はいますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

金のかかった部屋の、デスクの後ろで椅子に座っているふくよかな男がいた。

 

「どうも、私は化学省教育部部長のエルナンコナーです。早速ですがこれにサインしてもらいたい。」

 

あの無機質人間に連れてこられたのはこの建物の中で接待室を除けば最も豪華な部屋、つまるところ化学省教育部教育部部長室であった、その中に入ったあとすぐに何かの資料を差し出され、いまサインを求められている。

 

こう言ったときにはサインをする前はまだサインを書くか考えられるが、書いてしまえば取り返しがつかないと、ここらに移り住んでから3日で学ばされた。

 

「ええ、書きたいのは山々なんですが、まずこれが何のためのサインなのか教えてもらえないとサインしたくても出来ないんですがね」

 

にっこりと笑って教育部部長……エルナンコナーは穏やかにこう諭した。

 

「非常に残念な事です、これにサインを頂けなければ我々の同志が1人ここを去らねばならなくなってしまうのですから」

 

「ええと、その、なんと言いましょうか」

 

「サインして、いただけけますよね」

 

この穏やかそうな男はかなりの腹黒らしい。私はサインをする以外の道を必死に探したがいい考えは浮かんでこなかった。

 

無言でサインをすると(わざと書き損じようとしたが予備がすぐ隣にあったのでやめた)私は疑問を口にした。

 

「あー、まずサインをしたのでこれがどんなものか教えていただきたいんですが?」

 

「本当にサインしたのですか?」

 

ここまで念を押されるということはかなーり不味いことをしてしまったのかと少々不安になる。

 

サインを光で透かしてまで何度か確認すると彼はようやく答え出した

 

「化学省教育部総務課資料室所属マックス・オリバー殿、これより教育部総務課資料室係長の任を解き…」

 

「すみません、資料室所属と言いましたでしょうか?」

 

「ええ、どうしたのですか?確かに資料室と言いましたが…」

 

彼は訝しげにこちらを見てくる、かなり困惑しているようだ。しかし私の方がもっと困惑していると確信できる。

 

「私は…私は資料室では無く資料整理室ゥにですね、所属していたと記憶、しているんですが」

 

私は勇気を振り絞って部長に進言した。もし省略して言っているならおしまいだ!

 

「資料整理室」

 

「ええ、化学省教育部総務課資料整理室ですが」

 

どうやら賭けに勝ったようだ、こんなに重大な決断を迫られたのは丸1年ぶりだ、今までで8番目くらいに重大だった。もちろんこれ以上は決断を保留にしてある。

 

「ちょっと待ってください」

 

彼はそう言うと組織図と睨めっこを始めた。

 

にわかに尿意が迫ってきた頃である

 

「資料整理室なんて記載されていませんが」

 

彼はそう言った。

部長級なのにそんなことすら知らないとは全く給料泥棒ではないかと自分のことを鑑みない怒りが湧いてきた。

 

「資料整理室は、部署が多すぎて収まりきらないから裏側に記載されている筈ですが」

 

「書類の両面印刷は経費削減の為に3年前に辞めてしまったからパンフレット以外裏面なんてないはずだが…」

 

今日パンフレットを持っていた事がこれほど都合の良いことがあるだろうか?

 

「今化学省教育部のパンフレットを持っているので見てください」

 

びっしりと線が引かれているところから一本の黒い蜘蛛の糸が伸びているそれを辿って裏側に行くとぽつんと一つだけ資料整理室の文字がある。(上は余白が足りなかったためと言っていたが私はただの書き忘れだったのではないかと疑っている)。

 

「省庁のパンフレットなんて、なんでそんなつまらない物を…いや確かに記載されていますね。」

 

「私の言っている事を理解していただけたでしょうか?」

 

「ああ確かに、はぁ〜なんてことだ。もうサインはしてしまったし、これは、いや今はいいです、すみませんでしたね。今はもう要件はありませんから退室してもらって結構です。」

 

少々不穏な発言を聞いてしまったが今は気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると後輩がパンフレットをシュレッダーにかけていた。

 

「なんでパンフレットをシュレッダーにかけているんだ?」

 

「パンフレットが詰まらな過ぎて精神的苦痛を受けたとパンフレットを受け取った市民からクレームが集中したらしくてですね、全部廃棄することになったらしいです。私もこんなパンフレットを読む人の気が知れません、ヤギに食べさせる以外には捨ててもインクが環境汚染になるらしいですから正真正銘のゴミですね」

 

なんてことだろう、この部署の記載はこの手持ちのパンフレット以外には存在しないしないのだ。

 

自分の席に戻ると、サインとパンフレットと資料整理室について考えた。

 

しかし窓から漏れ出る陽の光を浴びているとなんだかどうでも良くなってきた。

 

この世にはさまざまな問いがあるが、正しい、またはそれに近い答えはたったの1つ、またはそんなものは無いという事である。

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パンフレット作戦 埼玉臨時政府 @11300713

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