後編

「実は…主人は、交通事故で亡くなったの。」


「え?」


 Yukaさんは視線をコーヒーカップに落としたまま、ぽつりと呟くように言った。

「トラックに轢かれて即死だったわ。いつものように仕事に行って、そのまま帰らなかった…。

 その後のことはあまり覚えてないのだけど、家族が色々助けてくれたわ。それでしばらく『チャッター』からも離れてたんだけどね。」


「え?でも、さっき…」


「うん、霊の話しなんだけどね。

 主人は亡くなった後もずっと家に居てくれたの。姿が見えなくても、私にはわかったわ。だって、生きていた時と同じことをするんだもの。

 生きていないモノには触れられるみたいで…あ、あと明るい所は苦手みたい。暗い所でだけ。」


 私は一瞬話が理解できず、ショックで頭が真っ白になった。

 いま鏡を見たら私、どんな表情していたんだろう。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。」

 Yukaさんは泣きそうな顔で笑った。


「私、主人が生きている間は怒ってばかりで、全然やさしくしてあげられなかった。今は置きっぱなしのゴミさえ主人がいる証に思えて嬉しいのに…。

 人って愚かよね。失ってから大切さに気づくなんて。」


 Yukaさんの目から涙がひとつぶ零れ落ちたその音で、いつしかレコードの針が止まっていたことに気づいた。

 窓の外を走る車の音だけが遠く聴こえた。


「でもね、私いつまでもこのままじゃいられないと思って。お互いのために、縛られるのをやめることにしたの。

 主人には感謝してるし、この先何があるかはわからないけど。今離れないといけない…そんな気がして。」

 話しながらYukaさんはレコードの部屋へ行くと遮光カーテンを開ける。眩しい光に照らされたYukaさんは、細い手で盤をひっくり返して針を落とした。

 

 再びレコードが回り始め、音楽が聴こえてくる。

 

(さっきも同じ曲、聴いたな。)


「あの…ご主人は天国というか、成仏できるんですか?」


 Yukaさんは回るレコード盤に目を落としたまま、小さく口を開いた。


「うん。もうここには居ないわ。

 私が第三者に存在を教えたから。」





 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Yukaさんと例の話し お茶 @yuichanhokkaido

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ