I Wanna Be Like Them

常陸乃ひかる

Like you

 昨今、『かつ』という、いかにもサブカル臭い単語を知りました。

 端的たんてきに説明するなら『好きなものを過剰に応援した末の、シナジーの生成』でしょうか。人々の、応援するモチベーションは様々です。その中には誰かに憧れたり、誰かになりたいといったイデオロギーもあります。

 ちなみに、『推し活』ではなく『串カツ』なら知っている、と思ったあなた。立派なオジサン、オバサンです。

 そうそう。オジサンといえば、が大学生の時、とあるバンドにはまっている金髪の男が居まして――



 歌手アーティスト

 テレビというコンテンツが終焉しゅうえんを迎えた現代、動画共有サイトからは新進気鋭っぷりを発揮する才人たちが頭角を現すようになった。

 が、それは若者のみにあらず。

「――でさ、今度ライブがあるんだけどミノミノも一緒に行ってみない? 今、僕が推してるバンドなんだ」

 通学中。大学二年生の足助あすけは、電車の走行音にかき消されないように、なるたけ大きな声で、友人の美濃和みのわを趣味の領域へと勧誘していた。

「内容次第ですね。どういった人たちなんです?」

 下車駅が近づくとアナウンスが流れ、レールが分岐して電車が大きく左右に揺れる。小さい体を吊革に委ねていた美濃和が視界から半分消えたあと、

「これ見て。『おっちゃんズ』っていう平均年齢五十オーバーの四人グループなの」

 電車が直線になったところで足助はスマートフォンを取り出し、視界に戻ってきた美濃和にメンバー紹介のページを見せた。


  Vo.『慢性疲労のMICCHANミっちゃん

  Gu.『うつ病のISSAイッサ

  Ba.『HSPのNAOナオ

  Dr.『アル中のSATOサト


「推し活って、社会不適合者へ投資するって意味なんですね」

 コンセプトを理解したであろう美濃和が、トゲのある感想を述べてくる。この男はどこか皮肉めいているので、上手く言い返せないことが多い。 

辛辣しんらつぅ。バーチャルへの投げ銭、ソシャゲへの課金と同じだよ」

「足助さんのほうが辛辣ですが。まあ週末はフリーなのでご一緒します」

 それでも彼の反応は良好で、小さなライブハウスへ向かう約束を取りつけた。

 おっちゃんズは、『バンドやろうぜ』という聞き飽きた内輪ボケの末、本当に結成してしまった素人集団である。

 三年前、ギターをかじったことがあるISSAイッサを中心に、ぺーぺーの三人が楽器とマイクを握り、仕事の合間に練習を重ね、結成から一年で初投稿に至った。

 当初、『下手の横好き』としか思われていなかったが、中年のオジサンが必死なっている姿が同年代の心を掴み、今では初投稿の動画が50万再生を超えている。


 ライブ当日。

 初めは会場での盛り上がり方に困惑していた美濃和だったが、持ち前の適応能力を活かし、二曲目のサビに入るともうファンに溶けこんでいた。強引に誘ってしまったかと心配していたが、足助は少し救われた気分になり、それに応えるように心身をメロディラインへと委ねていった。

 無事にライブが終わると、アーティストとの一体感から乖離かいりされた心は、解放感と似て非なる心地良さを覚えてしまう。足助はライブハウスをあとにしてからはほとんど無言で、啓蟄けいちつ夜風よかぜに当たっても、乗客の少ない電車に揺られても、ぼうっとしていた。ふと向かいの車窓しゃそうに映った美濃和と目が合うと、

「わっちは色白いろじろ痩身そうしんのベースの人、結構好きですよ。なんか精神的に病んでそうで。足助さんは?」

 足助を気遣うようにライブの余韻を引き延ばしてくれた。

「あはは、NAOナオはミノミノに似てるかも。僕はMICCANミっちゃんかな、彼に憧れて金髪にしてるんだ。でも……四人集まった彼らが好き。再生数が増えて、いつかテレビにも出て有名になって――そのためにも、僕ができる推し活を続けないとね」

「ご執心しゅうしんもほどほどに。ぎたるはなおなんとやら」

「節度はわきまえるって」

 本日は美濃和のお陰で、最後まで笑顔で居られた。足助は感謝を述べながら、帰路で別れを告げた。

 それからも足助は、おっちゃんズの新着動画を何度も再生し、足しげくライブに通い、布教活動を繰り返した。関連動画も徐々に再生数が伸びてゆき、順調に見えた。なのに、彼らを考えるたび違和感を覚え始めていた。

「僕はなにをしてるんだろ……」


 某日。

 足助は家路の途中、大学の最寄駅のプラットフォームで音楽を聴いている小さな体を見かけ、肩を叩いた。

「どもども、おっちゃんズの新曲を聴いてました」

 足助に気づくなりワイヤレスイヤホンを外し、まごまごしながらそれをチャージャーに戻した美濃和は、無感情な挨拶を放ってきた。彼はあれからバンドに興味を持ってくれているようだが、ほかの友人や家族には布教してくれていないという。つかめない感情で笑っている彼は、どこか責める気になれない。

「そういや足助さんも昔やってたんですか?」

 そうして主語がないまま疑問が放り投げられた。話の流れから推測するに、おそらくバンドのことだろう。

「鋭いね。以前、ヴォーカルと作曲やってたんだ。でも仲間たちと揉めて解散しちゃった。なまじ仲が良すぎたから、余計にやる気がなくなって、僕は音楽を諦めた。そんな時、ずっと年上なのに頑張る彼らを知って、惹かれて……」

「それでファンになったんですね」

 惹かれていた? 違う。当時、足助が真っ先に思い浮かべた感情は嫉妬だった。

 自分よりもはるかに演奏が下手なオジサンたちが、徐々に腕を上げてゆき、いつしか不特定多数に注目されることへの明らかな嫉視しっし。才能ある年下が活躍している時とは異なるねたみ。だから心のどこかで、いつか堕落してくれれば良いと思い、彼らを追い続けた。

 結果、不毛な境地で彼らの推し活に行きついていた。


「足助さんも音楽投稿をしてみれば? だいぶレッドオーシャンですが」

「言ったじゃん、僕は今やる気がない。い、今はそういう気分じゃない。今……い、今は彼らを応援してたい。それっていけないこと?」

 では、いつやる気が出るのだろうか?

 彼らが失速したら? 彼らがミリオン再生されたら? 自分が、彼らと同じくらいの年齢になったら? 違う。失敗した時、評価されなかった時に、すべてを認めなくてはいけないおそれから逃げ、存在しない感情を言い訳にしているのだ。

 フィルター越しの過去にすがりついていれば、挑戦しなくても良い。

「誰に憧れ、誰のようになりたいかは自由です。けれど――」

 だから、心まで覗きこんでくるような美濃和の澄んだ目が怖かった。

「わっちは、なんてものは存在しないと思っています。ほとんどの人は、なにかと理由をつけてやらないですから。『やる気』は都合の良い『ただの言い訳』であり、個々が飼い慣らした怠惰の成れの果てかと」

 人の思いを踏みにじるような美濃和の言葉に苛立ち、価値観の違いだ――! そう言い返そうとしたが、この場面で『価値観』を持ち出せば、彼の意見を肯定することになってしまいそうで、ぐっと歯を食いしばった。

「じゃあ……やる気ってなに?」

「継続力だと思います」

 美濃和と会話すればするほど、自身の在り方が怖くなった。

「あ、えっと……ごめん、大学に忘れ物した。先に帰ってて!」

「えぇ。では……また」

 ホームを吹き抜ける風が彼の黒髪を揺らし、憂いの目を細める仕草が脳裏にへばりついた。飄々ひょうひょうとした彼が、今まで見せたことのないわびしさだった。


 それ以来、美濃和のメッセージをスルーした。二度、三度。

 大学で会っても、足助は顔を逸らしてしまった。

 おのが姿に疑問を呈し続け、訪れた週末。パソコンを起動し、音楽フォルダの奥底に眠っていた作曲ソフトを立ち上げると、ずっと前に書いていた一曲を読みこんだ。

 解散のキッカケになったメロディ、こうして聴くと窒息した気分になる。それでも足助は一心不乱に曲を編集した。曲が完成したのは、すっかり夜が更けた頃だった。あとは、以前撮った風景の動画を適当にくっつけ、まずは創作物として成立させた。

 最後の大きな壁、ワンクリックに緊張しながら初投稿を終えると、パソコンをスリープさせて布団に潜った。

 翌日。遅めに起床したのに眠れた気がしなかった。

 昼過ぎから夕方までモヤモヤし、日が暮れてようやく覗いたマイページには、投稿した動画の再生数『3回』の文字があった。過去の自信作に対する、世間の正しい反応だった。

「ふうん、やる気なくなった。やめよ」

 そうして足助は翌日も翌々日も――何週間も、自室のベッドに棲み続けた。倦怠に心地良さを覚え、寝返りさえ億劫だった。そんな時、ふと部屋の隅に転がっていた端末の通知ランプが光ってるのに気づいた。

 もぞもぞと這い出て、画面のポップアップを見るなり、

「え? どうしよう……」

 動画にコメントがついたことに、心臓が跳ね上がった。批判ではないことを祈り、体を斜めにし、薄目で覗いたページには簡潔な言葉が添えられていた。


  Minomino - 6分前(編集済み)

  わっちは、これを聴くとやる気が湧いてきます。

  続けてください。


「え? わざわざ……こんな動画、こんなアカウント……探してくれたの?」

 ――足助はそれを機に自尊心を捨て、完璧を目指すのをやめた。

 とにかく曲を書き、完成したものを何曲も投稿した。絶望と不安が心の多くを占有しているけれど、再生数が二桁、三桁になるとむずがゆさを覚えた。

 同時に、『彼らのようになりたい』と思うのはやめた。正確には、『推し活』としての憧れをやめ、アーティストとして憧れるようになったのだ。

 どこかのおせっかいが言っていた継続という形が、それに等しい気がして。


                                   了

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