推し活のカタチ

和辻義一

推し活のカタチ

 とあるボートレース場に、一人の名物おじさんがいる。


 ボートレースを教えてくれた先輩と僕との間では「濱○谷おじさん」と呼ばれているその人は、贔屓のボートレーサーが出場しているレースの舟券が売られている時には、だいたい舟券売り場にいる。


 そのおじさんが贔屓にしているボートレーサーは、確かに悪い選手ではない。若かりし頃には一世を風靡したこともあったらしいし、レーサーとしての実力も、まず一流の部類には入ると思う。昨年はSGオーシャンカップでも優勝したし、史上32人目の、ボートレース場全24場制覇を成し遂げた選手でもある。


 だがまあ、何というか――SGレースやG1レースに出場するとなると、近年の成績を見る限りでは、正直「中の上から、良いところ上の下」ぐらいの選手に見えていた。6艇で競争し着順を争うボートレースでは、3着に入る確率はそこそこあるけれども、よほど調子が良い時(まあ大抵は、抽選で大当たりのモーターを引き当てた時)でもなければ、1着や2着が予想し辛い選手だ。まあ、もちろんこれはあくまでも僕の個人的な意見だが。


 でも、「濱○谷おじさん」はそのボートレーサーが出場するレースでは、必ずその選手を1着に予想して舟券を買う。そして大抵、実際のレース映像を見ながら「まーたヘマこきおったわ、この下手くそが!」などと、辺りに響き渡る大声で叫ぶ。


 その大声を聞くたびに、僕と先輩は互いに顔を見合わせる。


「おいちゃんがあいつのこと大好きなんは分かるけれども、さすがにあのメンバーの中であいつが1着取るっちゅーのは無理やわなぁ」


「あはは。でもまあ、今日もおじさんは元気そうでなによりですねぇ」


 ちなみにそのおじさんは、あくまでも大声を出すだけで、それ以外に周りのお客さん達に迷惑をかけるようなことは一切しない。


 ただ、たとえ勝ち目がないと分かっていても、贔屓のボートレーサーを1着に予想して舟券を買う。そして夢破れ、贔屓の選手(が映っている画面)に向かって悪態をつきまくる。


 いささか品には欠けるかも知れないが、これも一種の推し活の形と言えるのではないだろうか。そして願わくば、今日もおじさんが元気に舟券売り場で大声を上げていてくれたらいいなとも思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推し活のカタチ 和辻義一 @super_zero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ