ぼくのおしごと

真野てん

第1話

 人気ものになりたいの――。


 キラキラとした瞳で彼女はぼくにそう言った。

 いまから15年以上はむかしの話だ。


 その日からぼくのやるべきことはたったひとつ。

 未来へと真っ直ぐに延びた一筋の道を、わき目も振らずの走り切る。


 お仕事は「推しごと」だ。

 世界中の人間が彼女にひれ伏すそのときまで、ぼくは歩みを止める気はない――。



「あのね、よーじクン」


 15年間、聞き続けてきた愛らしい声がぼくを呼ぶ。

 2000年生まれのぼくらは今年で22歳になる。年齢こそ成人して久しいが、彼女はまだその面影に十代の幼さを残していた。


 彼女にとって幼さは最大の武器であった。本人的には不本意だろうが、ぼくらはここ十年余りを、その武器のみを頼りに戦ってきたようなものだ。

 しかし、まだまだ使える強力な武器に反して、彼女のメンタルはつねに不安定だった。


「なんですか、巫女さま」


 白衣に緋袴ひばかま

 腰まで伸びる艶やかな御髪おぐしはウィッグである。

 頭には龍をあしらった金の宝冠ティアラを頂き、朱色に引いたアイシャドウが彼女をより神秘的にさせていた。


「二人っきりのときは『カンナ』って呼ぶって言ったぁ」


「……分かりました。なんですか、カンナ」


「わたし、ほんとにやらなきゃダメかなぁ。もうこの辺でやめといたほうが――」


 ちらりと上目遣いでぼくのほうを見る。

 彼女が弱気になっている証拠だ。


 そんなとき、ぼくはいつもズレてもいない眼鏡の端をクイっとあげて「いいですか、カンナ」と語り掛ける。


 幼稚園のお遊戯会に始まり、小学時代の学級委員、中高の生徒会選挙はもちろんのこと、あらゆるイベントごとにぼくは彼女を中心に据えた。

 あるときは組織力で、あるときは暴力で。

 年齢を重ねるごとに知恵を絞り、おのれの限界に挑戦し続けた。成長すればするほど、社会はぼくらの敵となり、分厚い壁となる。

 だから教師の弱みにつけこみ、PTAたちの悪事を握って権力を得た。

 しかしそれはすべて彼女のため。

 それ以外の行使は誓ってしたことがない。


「いいですか、カンナ。いまや我が教団も会員数2万人を超え、政財界にも着々と布教が進んでおります。『もうこの辺』ではなく『やっとこれから』の時期に差し掛かりました」


「で、でもぉ。わたし、そんな能力ないし、嘘つくのも疲れちゃって……地下アイドルやってた頃くらいが一番楽しかったなぁ……」


 ぼくは高校在籍時に、てっとりばやく彼女の支持者を増やすため、地下アイドルの活動を勧めた。はじめはしぶっていた彼女だったが、ファーストシングルの売れ行きが好調だったこともあり、その後数年間、地下アイドル界の女王として君臨することになる。

 もっとも小中学生時代に仕込んでおいた大量のサクラが、彼女をその地位へと押し上げたことは、本人には伝えていない。


「嘘とは心外です。カンナ、あなたの『龍のおつげ』のおかげで、小林総理は民々党の党首の座を三期連続で死守し、ヨツバ自動車は今季も同業他社を大きく引き離して黒字を出すでしょう。あなたの言葉はすでにこの日本という国を動かし始めている」


「そ、それはよーじクンが作った、なんとかAIのおかげでしょお? わ、わたしなにもしてないもんっ」


 ぼくは彼女が起こす『奇跡』の数々を演出するため、独学でAIの研究をしていた。

 広大なネットワークから情報を引き出し、あらゆる観点から正解と思しき結論を導き出す。政財界のご老人方は、ビッグデータ時代に乗り遅れまいと焦っていた。

 これ幸いとぼくは『龍のおつげ』と称し、AIで観測したデータをさも神秘体験かのように彼らに吹き込んだのである。


「カンナ……心配しないでください。あなたにはぼくが付いている。この世でもっとも尊い存在である、あなたを、ぼくはこれからも推し続ける」


「よーじクン……」


「さ、そろそろ時間です。つぎのステージが待ってますよ」


 ぼくはいつものように彼女の手を取った。

 と変わらない小さな手。だが何よりもあったかい。


 ぼくらは仮設テントの垂れ幕をくぐって、小林総理の待つ街宣車のうえへと登壇した。

 宗教のつぎは国会だ。

 手始めに衆議院選挙。つぎは大臣。五年後にはこの国のトップに立たせてみせる。彼女のためにすでに被選挙権も合法的に引き下げさせているのだから。


 最終的にはアメリカの大統領になってもらう予定だ。彼女の人気は留まることを知らない。必ず成功する。

 ぼくはあの日、心のなかで彼女にそう誓ったのだ――。





「だいじょうぶ? けがしてない?」


 まん丸な瞳がぼくを心配そうに見つめている。

 引越ししてきたばかりのぼくを、いじめっこから助けてくれた女の子。

 差し出してくれた手は、もみじのように小さい。


「わたしカンナ! きみは?」


「ぼくは――」


 いつかきっとこの恩を返す。

 いまはまだその途中だ。

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