奈多切(なたぎり)さんと『尾を引く妖精』

渡貫とゐち

冷徹な奈多切さん

 奈多切なたぎり恋白こはくは表情を変えない。

 微笑むこともなく、会話をしてもつまらなさそうに口を開いて声を出すだけ。業務連絡の方がまだ感情が乗っているんじゃないかって思うほどだ。

 窓際の席に座る彼女の銀髪が、日の光を浴びて輝いていた。……って、まずい。


「ほらよ」

「……なに、なにをしているの、鏑木かぶらぎくん」


 黒い日傘を差してやる。これで紫外線対策はばっちりだろ? その白い肌を日焼けでもさせたら勿体ない。隣の席の俺と位置を交換してやりたいが、奈多切が希望した席だ、俺のわがままで奪い取るわけにはいかないな。


「日が沈むまでこうしておいてやるから、気にすんな」

「いや、気にするでしょ……それに」


 と奈多切が前を見た。


「鏑木……授業中なんだが……?」

「どうせ聞いてねえからいいじゃねえかよせんせー」


「ダメに決まってるだろう! カーテンがあるんだから閉めなさい。……まったく、授業に出るようになったと思えば、口を開けば奈多切、奈多切……、

 悪童のお前もやっぱり美人の奈多切には弱いわけか」


「顔だけ見てる有象無象と一緒にすんじゃねえよ」


 確かに奈多切は美人だ、外国の血が混ざった銀髪、発育の良さ、高身長――、他のやつらと比べるまでもねえ美人だってことは周知の事実だろう……、

 だがな、たったそれだけのことでここまでやる俺じゃねえよ。


「お前らは知らないかもしれないがな……奈多切はな、笑うんだよ」


 教室がざわざわ、とし出した。……おかしいからな? 奈多切だって笑う、怒る、泣く、恥ずかしがる。ただそれを学校では見せていないだけだ。

 外に出れば、人目がつかないところにいけば、彼女は色々な顔を見せてくれる。


 人は、夢中になれることがあれば、感情を出すんだ。


「美人を見て寄ったわけじゃねえ。俺は奈多切の秘密を、知ってんだよ――」

「ねえ、鏑木く」


 奈多切が涙目になりながら……、日傘を寄せて、俺に詰め寄ってくる……、おっと、その表情は初めてだな。さて、どんな感情が乗っているのやら――。

 それはともかくだ、奈多切の言葉が途切れたのは、授業終了のチャイムが鳴ったわけじゃない。聞こえたのだ、たぶん、俺と奈多切にしか聞こえない、『悲鳴』が。


「奈多切、『尾を引く妖精』が出たぞ」


「ねえっ、ほんとにどこまで知っているの!? 鏑木くんはっっ!?」


「俺はこんな見た目で、褒められることとは無縁のやつらと一緒にいることが多いからな、よく出会うんだよ、『尾を持った』妖精にさ。

 だから話す機会も多いんだ……巻き込まれる機会だって同じくな」


 俺は昔から無意識に巻き込まれていたのだろう……、その時はまだちゃんと見えてはいなかった。見えるようになったのは、奈多切……お前に助けられてからだ。きっとお前は、俺が『お前がなにをしているか、見えていない』って思い込んでいたんだろうけどな。


「全部、見てたぞ」

「ぜ、ぜんぶ……」

「奈多切は町を守るヒーローなんだろ?」


 すると奈多切が少しだけ気を緩めた。ほっとした表情を見せ、


「それだけ……?」


「違うのか? 町を守るヒーロー……あ、世界を? 

 とにかくそれくらいだな。安心しろ、誰にも言ってないから」


 言うとして、どう説明すればいいのか……、奈多切が活躍している姿は、周囲の人間には見えていない。そして、対面する尾を引く妖精だって……。

 きっと普通の人間には見えないのだろう。見えないものを信じさせるのは難しい……、本能からゾッとする幽霊や、時代と共に積み重ねてきた神や仏とは違うのだから。


 それに、見えてしまうと厄介だ。視界のあちこちで妖精が飛んでいる――、なんて光景が見えているのだから……、慣れないものだ。


 目で追うと、こっちに気づいた妖精がにこっと笑ってくれることもある。そういう妖精は大抵が既に、人間の『悪影響』を受けていると判断できるわけだけど……。


 今朝、何人か見たな……、妖精って、その数え方でいいんだっけ?


「鏑木くん。あとでじっくり、話があります」

「そんなことよりも、妖精を救済しにいかないでいいのか?」


「それは私の仕事だから、鏑木くんが考えることじゃないよ」

「俺は奈多切を応援してるんだ、置いていったってついていくぞ?」


 これまでもそうだったし、と言うと、奈多切が外を見て睨んでいた。

 ……味方の妖精がそっちにいるのかもな。


「はあ……」

「すげえ深い溜息だな……、早くしないと悪影響を受けた妖精が、人間か、その場所に憑依して事件が起こるかもしれないぞ――どうすんだよ」


「いくわよ、いくから!! 鏑木くんはここにいて!!」

「分かった」


 んぐ、と喉に異物が詰まったように……。俺がここで頷くとは思わなかったのだろう、そして、俺がここでおとなしく引かないことも、奈多切は分かっているはず。

 くるな、と言って頷いた人間に、絶対にこないでね、と言い直したって、効果は期待できない。俺と奈多切には深い関係がない。だから、もしもついてきた場合のペナルティも作れない。


「……ほんとにいてよ。もしもついてきたら……」

「きたら?」


「…………あなたとは一生、口を利かない」

「ああ、分かった」


 別に。

 俺はお前を『推して』いるだけで、恋人や友達になりたいわけじゃないんだ。


 陰から応援し、手伝えればそれでいい……、命を救われた、恩返しだ。


「先生、体調不良です、保健室にいってきます」

「おう……またか、奈多切」

「はい。私の体質だと、頻繁にあるんです」


 そう言われてしまえば、せんこーもなにも言えない。女だったらまだしも男だからな、踏み込める領域じゃないわけだ。

 女子高生を相手にセクハラをすれば、今の立場からどこまで墜ちるかは理解しているだろう。


 それから。

 奈多切が出ていって数分後、俺はなにも言わずに席を立つ。


「おいっ、鏑木ッ!」

「いつものことだろ、慣れろよせんせー」

「……退学もあり得るからな」


「退学が怖かったら真面目にやってる。

 ……こっちは退学以上に大事なもんを見つけたんだ、邪魔すんじゃねえよ」


 ぐ、と黙ったせんこーを無視し、教室を出る。


 壁に寄りかかっていたのは……奈多切だった。


「嘘つき」

「口、利かねえんじゃなかったのか?」


「…………」

「早く救済しにいこうぜ。妖精、困ってるはずだろ」

「……怪我しても知らないから」

「自分の身くらい自分で守る」


 お前に守られるのは、あの日の一回で充分だ。



 信号の誤動作、車を運転中の操作ミス……単体ならまだマシだが、二つが重なると最悪だ。積み重なった車の山、そこへ突っ込んだトラック……、

 大破した車の破片が横断歩道にばら撒かれている。

 救急車が何台も停まっていて、怪我をした運転手、歩行者がどんどんと運び込まれていた。テレビカメラも入り、空からもヘリコプターで空撮している……、

 おいおい、あれもこれもが誤動作したらやばいんじゃないか?


『きゃはは、きゃははははっ』


 女の子の声が聞こえた……、それは空中を飛び回る尾を引く妖精の声だった。尻尾から見える青い光が、彼女? の、軌道を示している。ぐるぐるとあちこちを飛び回り、野次馬の肩に触れたり、救急車の中を素通りしたり……やりたい放題だった。


 走行中の車の誤動作、まるでそれに吸い込まれるように衝突する歩行者……、

 破壊と死が連鎖していく……これじゃあ救急車が追いつかないだろ。


 救急車までが誤動作をして歩行者を轢けば……、最悪だ。


 その一部始終をテレビカメラが撮っている、しかも誤動作で生中継のまま、動かない。


「あの妖精……、かなり悪影響を受けてんな……」


 誰の悪意を喰ったのか、なんて探しても仕方ないか。

 一人分の悪意じゃない……恐らくは集団の悪意をそのまま丸飲みにしたのだろう。


 飛び回る妖精は、悪意に飲まれて泥酔状態だった。


「どうする奈多切――」


 横を見れば、もう既に奈多切がいなかった。

 彼女は空中、動き回る妖精を、手の平ではたいた。


 青く伸びる光が、ビルの屋上へ落下する――。





 奈多切恋白の目の前には、薄羽を持つ手の平サイズの妖精……ではなく。


 人の腕が六本、三本ずつ左右にくっついてる、

 ぶにぶにとした灰色の芋虫のような化物だった。


 う、と顔をしかめた奈多切は、引いてしまった足を戻した。


「いつ見ても慣れない見た目ね……『尾を引く妖精』」


『純粋無垢な妖精は何色にも染まるからね。こんな醜い姿になるほど悪意に染まる妖精は珍しいけど……、どうする恋白、鏑木くんを呼ぶ? いるだけで恋白の力になるでしょ?』


「必要ない」

『さっきまで一緒にいたから既に充分、溜まっているってこと?』


「うるさいわねっ、いいからさっさと『力』を寄こしなさいよ、『猫被りの妖精』!!」


 奈多切の肩に乗っていた手の平サイズの妖精が、はいはい、と彼女の首に噛みついた。


 すると、

 奈多切恋白の右手に、白い光が集まる。

 突き出したその手から前方に出る光が、芋虫のような胴体に、突き刺さる――、


 そして、ガラスが割れるような音と共に、黒い悪意が消えた。



 地面に倒れる妖精が見え、彼女が目を覚ます……。


『……ここ、は、』

「あなたはここを離れなさい。それと、しばらくは町に下りてきたらダメ」


 奈多切の言葉に頷いた妖精が、遅れて屋上へやってきた青年とすれ違い、去っていく。


「なんだ、もう片付いたのか。奈多切の活躍を近くで見たかったんだけどな……っておい、どうして背中を向けるんだよ、一生口を利かないってことか?」


 なあなあ、と後ろから声をかけてくる鏑木に、見せられる顔じゃなかった。


『……ねえ恋白。その「好意」、いつもみたいに食べてあげようか?』

「お願いできる……?」


『はあ。いいよ、あなたの好意のおかげでアタシは尾を引く妖精にならないで済んでるし、救済するための力の源も、あなたのその感情だしね――でも今回は無理かも』


「な、なんで!?」


『だって――さすがにこの好意の量を食べたら、アタシも尾を引きそう……』



 奈多切恋白。

 彼女の好意推しは、隣の席の鏑木竜正である。

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奈多切(なたぎり)さんと『尾を引く妖精』 渡貫とゐち @josho

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