推しは推すだけゆえに推し
御剣ひかる
多分最高の言葉なんだろうけど
わたしは文化祭のステージを見た時から、彼、白石のギターにほれ込んだ。
はっきり言って、友達に半ば無理やり鑑賞させられたバンドの演奏なんて興味なかったし、友達付き合いとして仕方なく、だった。
それが、一曲目のギターソロで、やられてしまった。
彼の演奏だけ、他のメンバーの音と違って聴こえた。
またまたはっきり言って、彼だけ世界が違うと感じた。
それから、わたしは白石を自分の推しと認めた。
そこからは友達があきれるぐらいにあからさまに彼を推す行動に走った。
『はーい、みなさんこんにちは。放課後放送クラブ活動の時間でーす。十分間お付き合いください。まずは今日のテーマ「好きなこと」についてです』
うちの高校では放送部の活動で毎日昼休みと放課後に校内放送が流れている。
今日の放送は部長さんだ。この人の放送はノリがいい。わりとみんな好きっぽくて木曜日の放送はよく聞いているみたい。だからこの日にこのテーマはありがたかった。
白石達のバンド活動をアピールする絶好のチャンスだ。
『投稿箱に入れてくださったみなさん、ありがとうございまーす。何度も言うようですがゴミとか挑戦状とか関係ないのを入れるのはやめてくださいねー。放送部のみんなガクブルになっちゃいますからね』
挑戦状なんて入れる人いるんだ?
思わず笑ったら廊下からも笑い声が聞こえた。
よしよし、放送聴かれてる証拠だな。ナイスだ部長さん。
『さてさて。一枚目の投稿は「ズバリ、“テンペスト・ナイト”です。ギターの白石くんサイコー! 今度の日曜日に中央公園でライブあるからみんなも見に行こう!」って最後宣伝かーい。まさかメンバーの誰かがこれ書いたんじゃないでしょうね。あーでもわかりますねぇ。白石くんと同じクラスだからってひいきしているわけじゃないですがかっこいいと僕も思いますよー』
よっしよし。よくぞ言った。
推しが褒められるって最高!
こんな感じで事あるごとに“テンペスト・ナイト”と白石を推しまくった。当然ライブも行ける限りで行って最前列に陣取った。
そのうちわたしは他の学年の生徒にも「白石推しさん」と呼ばれるようになった。
望むところよっ。
どんどん応援しちゃうからね。
そんなこんなで推し活動に専念すること半年近く。
“テンペスト・ナイト”のメンバーともちょっと仲良くなって、ライブのチケットももらえるようになった。もちろん余分にもらった分は友達や、その友達にプレゼントだ。彼らの、いや、白石の演奏を聴いて少しでも彼のすごさを判ってほしいからね。
日曜日の昼間、公園でのライブを終えた彼らにお疲れ様と言ってコーヒーを差し入れた。
ありがとうと受け取るメンバーが、……なんかそわそわしてる?
なんだろう、と思ってると白石がこっちに来た。
「あのさ……、ちょっといいかな」
うわぁ、推しの顔が目の前に。しかもギター弾いている時みたいな、すっごい真剣な顔。そんな顔で見られてうれしくないわけがない。
もう心臓バクバクものよ。
「はい、えっと、何?」
声が上ずっちゃった。
「いつも応援ありがとう。その、よかったら、付き合ってくれないかな」
……えっ?
つきあって?
「いや、それは違うから」
思わず即かぶせ気味で本音が漏れた。
白石が驚いた顔をして、「え、あ」とつぶやいた。
「あっ、いやっ、白石が嫌いとかそういうのじゃなくって!」
慌ててかぶりを振る。
「あなたはわたしの推しなのっ。恋愛とかそういうのは違うのっ。推しを推すのが推し活で、推しは推すだけだから推しなんだよっ」
自分でも頭の中が熱くなって、なにをわけのわからないことを言ってる、って、一部の冷静な部分が告げてる。
白石はきょとんとしたあと、大声で笑った。
「つまり俺のギターに惚れて応援してくれてるんであって俺に惚れてるんじゃあない、俺は恋愛対象にならない人ってことか」
まいったなと言いながら白石は頭を掻いた。
「ギタリストとしては多分最高の言葉なんだろうけど」
「えっと、あの、その、ごめん」
「いいよ、ありがとう。これからも応援よろしく」
白石は笑顔で手を差し出してきた。
恋愛云々を考える男の子じゃない、あの神がかった演奏を生み出す推しの手だと思うと途端に触るのももったいないって思う。
それでも最高の推しと握手できるなんて、最高!
わたしは白石の手をぐっと握り返した。
「なんでっ、そこで付き合わないかなっ!」
白石とのやり取りを友達に話したら呆れられた。
いいんだよ。推しは推すだけゆえに、推しなんだ。
さぁて今日も校内放送のリクエストとコメントを送っておこう。
(了)
推しは推すだけゆえに推し 御剣ひかる @miturugihikaru
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