旅立ちのキャベツ串

 一ヶ月後、私とラウルと若者三人は、再びラウルの旧店舗に集まっていました。

 彼らに私は一枚の紙を示しました。黒インクで文字がぎっしり書かれています。


「『宿題』が完了したのであれば、読めますね?」


 手に取った若者たちの目が、輝きました。


「『デリツィオーゾ商工会職業斡旋規定』……!」


 三人は頬を寄せて紙を覗き込みました。その様を、ラウルは満面の笑みで眺めています。

 文字の習得はもっとかかると思っていたのですが、彼らは思った以上に優秀だったようです。

 不意に、ラウルが私の肩を叩いてきました。


「ありがとうなレナート」

「何がです」


 私はそっけなく言いました。


「私は何もしていません。少々信心に目覚めて、教会に少し寄付をしただけですよ」

「ああ、たまたま教会学校の学費と給食費、三人分と同じ額のな」


 ええ、本当に奇妙な偶然の一致ではありました。


「……それじゃ皆、祝い飯といこうか。懐かしいやつ作ってやるぜ」


 ラウルは腕まくりをしつつ、厨房へと向かいました。



 ◆  ◇  ◆



 香ばしい湯気をあげる盆が運ばれてきました。大皿に並ぶ鉄串には、均等に切り揃えられた肉や野菜が刺さっています。小皿に入った黄褐色のソースは、ニンニク、アンチョビ、チーズの匂いがしますね。


「串焼き、厨房でよく食べたよな」


 ラウルが促せば、若者たちは一斉に串へかぶりつきました。串のまま夢中で貪る姿に、私は一抹の嫌悪を覚えました。食事時の作法も、教会学校で今後教わってくださいね。

 内心苛立っていると、不意に袖を引かれました。


「あんたのもあるぜ。『キャベツの串焼き、特製アンチョビソース添え』とでも言えばいいか」


 見れば、鉄串に刺さったキャベツの芯に香ばしく焼色がついています。ソースも同じ物が添えてありました。

 無言で一本取ります。串から外してソースにくぐらせ、一口。


(……いろいろ荒っぽいですね)


 焼いただけのキャベツ芯は、王宮で彼が作る繊細な料理とは、味も深みも比べ物になりません。ソースの塩気と旨味は流石のバランスですが、それでもなお荒い。

 しかし。

 宮廷料理が絢爛なフレスコ画ならば、これはいわば木炭の素描でしょう。白黒の習作を華麗でないと斬って捨てるのは、正当な評価とは言えません。

 ですから私は、一言を伝えるに留めました。


「塩気が若干強いですね」


 ラウルの背は無言でした。私の言葉など聞いていないようでした。

 若者たちが、おいしいとだけ繰り返しながら、夢中で串焼きにかぶりついていました。ラウルは彼らをただ見つめています。

 料理人のたくましい肩を、私は小さく叩いて囁きました。


「わかっていますね」

「わかってる」


 彼らが「宿題」を終え職に就いたら、今後交流は一切絶つ。

 私がラウルに伝えていた交換条件でした。


 ラウル、あなたは言いましたね。

「宮廷料理人は一生、息が詰まりそうな石壁の中で過ごさなきゃなんねえのか」と。


 ええ、そうですよ。

 すべてが整った場で、ただ高みだけを見つめて研鑽を続ける――それがあなたのなすべきこと。

 素描をいくら描いてもいい。けれど、それが壮麗な壁画を妨げてはならない。


 あなたは才持つ者だ。あなた自身も知っているように。

 才持つ者は才を磨き、至高の作品を生まねばならない。

 それは義務です。あなたに才を与えた天に対しての。


 だからこそ私は、あなたを街から奪い、城へと閉じ込めた。


 私はラウルの顔を覗きました。

 目尻を下げつつ、串焼きを貪る若者たちを見守る顔は、とろけるように幸せそうです。

 胸の奥がちりちり焼けます。

 私はもう一度、キャベツの芯をソースに浸けました。口に入れれば、アンチョビの塩気とチーズのこく、ニンニクの匂いが混じり合って口内を満たします。

 強い香気と共に確信が広がります。これはやはり、真価を知らぬ者が味わってよい領域ではない。


 ああ、けれど、それもこの場で終わりですよ。

「宿題」が終わり、すべての心残りが取り去られれば……あなたは、あなたの作る皿は、私たちだけのものなのですから。



【終】

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旅立ちの日には、串焼きキャベツを 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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