【KAC20222】クラスメイトには意外とバレている

姫川翡翠

東藤と村瀬と『推し』

「なあ、東藤」

「なんや」

「結局『推し』ってなんなん?」

「はぁーーーーーーーーーー」

「おいクソデカため息やめろ。僕に失礼やろ」

「その話は昨日で終わりっていったよな?」

「でも、家に帰ってもう一回ひとりでちゃんと考えたら、やっぱりよくわからんくて」

「弁当くらい黙って食え」

「いや、よく考えろよ。男子2人が向かい合って黙々と飯食ってたら、それはそれでやばいやろ」

「まあ……、それはそうかもしれへんけど、その話はしたくない」

「お願い! 東藤がヲタk(クソデカ声)」

「おい! お前教室のど真ん中で! 卑怯やぞ……!(ヒソヒソ)」

「じゃあいいよな?」

「カスが。〇ね」

「いつも思ってたけど、お前弁当の食い方汚いね。僕やから許すけど気ぃつけた方がいいで」

「なんの脈絡もなく剛速球を顔面に投げてくんなや。普通に死にたくなるやつやんけ」

「それで『推し』なんやけど、昨日の東藤の話やと正直あんまりよくわからんのよな」

「村瀬さぁ、そうやって何でもかんでも言語化しようとするの、ホンマに自分の悪い癖やと思うで。頭悪い癖に」

「〇すぞ」

「うわっ、口も悪いやん」

「ということで今回は新しい先生をお呼びしました」

「は?」

「えーっと、どもども。村瀬君に呼ばれてきました。辻出つじいでです」

「すみません、誰ですか?」

「彼女は3組の女子。美術の時間に仲良くなってん。さっきの休み時間にトイレ前で会ったからアポを取りました」

「ああ、なるほど。俺は芸術科目で音楽をとってるから、どおりで知らんわけやな。というか、ちゃっかり女子と仲良くなってるのむかつくな」

「東藤君、普段から色々とお話は聞いてるで」

「ああ、そうですか。ちなみに?」

「昨日は『推し』について熱く語ってて気持ち悪かったって」

「は!?」

「いやだってさ、話の行掛り上仕方ないやんそれは」

「ヲタバレした。泣きそう」

「やばい。暴言を吐いてこないとかマジのやつやん。かわいそうに」

「お前のせいやけどな」

「あ、でも大丈夫やで。東藤君って普段の言動からヲタク味が漏れてるというか、その辺クラスメイトは意外と気づいてるっていうか、たまぁに4組の友達からも聞くっていうか……」

「う、うそやろ?」

「あ、でもでも、正直ぱっと見で東藤君このひとヲタクっぽいなあって思ったし、さっきまでこっそり話聞いてて確信したんやけど、東藤君って『ヲタク君さぁ……』とかギャル(ヲタクに優しい)に言われたそう」

「もういい。頼むから俺のことを殺してくれ」

「ほら、そういう言い回しとか」

「申し訳ありませんでした! 許してくださいなんでもしますから!」

「ほらほら! そういうとこ!」

「うわーん!」

「本気で泣いてるやん。やっば。きっしょ」

「お前あとで覚えとけよ」

「ごめん、アホやしもう忘れた」

「そこまでやとは思ってなかった。そうかそんなにアホやったか。今後ちょっと考えなおすわ。なんかすまんな」

「いやいや突っ込まんかい!」

「ふふ、あはは!」

「え、どうかされましたか?」

「さっきも思ったけどなんか2人の掛け合いってスポーツみたいやね。攻守のバランスがちょうどいいっていうか、一定のルールの中で競ってる感がすごい」

「表現が独特すぎひん? まあ左様でございますか」

「うん。それに私もそれなりの2次ヲタやから、別に東藤君のことを馬鹿にしたりしいひんで」

「俺は『自分もヲタクやし全然大丈夫www』みたいな人間を絶対に信用しません」

「なんでよ?」

「そういう人に限って語ったら『え、普通に引くわ……』とか平気で言ってくるから。俺はしってる。絶対に許さん、中学の頃の同級生ども……」

「でもそれはさぁ、急に監督の他のシリーズのでの伏線の話とか、ドラマCDの時とアニメの時での声優の演じ方の比較とか、挙句の果てにはどぎつい性癖の話をした東藤君が悪いんちゃう?」

「な、なんでそれを!?」

「東藤君わかりやすいし。これはアニメに限らず一般的に言えることなんやけど、初心者にいきなり専門用語バリバリで語り聞かせても、相手は困っちゃうよなって話。特に偏見を持たれやすいアニメとか漫画の話は、慎重にしよなー」

「辻出先生!」

「うんうん。でも先生って呼ぶのは勘弁してな」

「辻出先生。そろそろ僕の方にもご教授もらえませんかー」

「村瀬君もやめてよもう。別にいいけど。それで『推し』やったっけ?」

「うん」

「村瀬君ってアニメとか漫画は全く知らんの?」

「いいや? 確かにアニメは東藤みたいにいっぱい見るわけじゃない。けど漫画は結構読むからそれがアニメ化した時はみる。そのくらい」

「じゃあ読んでる漫画で好きなキャラとかいいひんの?」

「好きなキャラ?」

「うん。なんか応援しちゃうキャラとか、グッズほしいなぁって思うキャラとか、あとは『このキャラが幸せならそれで満足できる!』とか、シンプルに『好きだ!』って叫びたくなるようなキャラ」

「うーん? なんやろ、ストーリーが面白くていいなって思うことはあるけど、特定の登場人物に思い入れすることはないなぁ。だってキャラとかただの『設定』やん」

「は?」

「いやさ、例えば少年漫画とかのキャラもぶっちゃけみんなおんなじにしか見えへんっていうか、大体過去に何らか背負ってて、強くて、仲間から信頼されてて、後は目指してるものが違うだけっていうか。いや、これはちょっと違うか? とにかく! どういったらいいかわからんけど、創作においてキャラなんて究極ただの『設定』やからどうでもよくて、結局大事なのはストーリーと演出かなって思ってるってこと! なんかな?」

「いやしらんけど、お前サイコパスやん」

「村瀬君ってたまぁに冷めてるなぁって思うことあったけど、ここまでやったんや」

「いや違うやん。その、じゃあ詩とか、音楽でもいいわ。読んだり聞いたりして『いいなぁ』って感じるときに、別にキャラとか関係ないやん? そういうことなんやけど」

「全然違うと思うけど、感性死んでるん?」

「マジトーンやめてくれ……」

「そうやなぁ。村瀬君音楽はよく聞くん?」

「まあ人並みに」

「こいつ洋楽聞くんですよ」

「おかげで英語は東藤よりちょっとだけ成績がいい」

「〇ね」

「歌手とかは? 好きなミュージシャンおらん……のって聞こうと思ったけど、さっきの話ぶり的に無理そうやな」

「うん。曲自体に魅力を感じても、別に歌ってる人らには興味ないなぁ。あれやん、クラシック音楽——そう、ブラームス聞きたいなぁって思っても別に演奏している人らはどうでもいい的な」

「それもなんか違う気するけど。しかも演奏家にめっちゃ失礼やし」

「バッハ推しとかモーツァルト推しとかいるんちゃう? お前ブラームス推しやったん?」

「ああいう人らに『推し』ってありなん? というかごめん、話題にしてなんやけど、俺はクラシック聞かへんからその辺わからん。ブラームスもてきとー」

「とにかく創作系はアカンっぽいね。じゃあアイドルとか、好きな芸人とかは?」

「いやいや、アイドルも芸人も村瀬的には結局おんなじことになるんちゃう?」

「全然しらんからわからん」

「論外やんけ」

「村瀬君って一生恋人出来ひんそう」

「わかるぅ」

「2重の意味でキツイっす」

「ああ、そっか。こういう時は基礎に戻って考えてみよ。村瀬君好きな人とかおらんの?」

「なるほど。ガチ恋とかもあるしな。全部が全部そうじゃないにしても、最も近い感覚のひとつであることは間違いない」

「えぇ。なんやろ、初恋もまだなんでわかんないっすね」

「サイコパスやからな」

「関係ないやろ。というかサイコパスじゃないし。というかというか。おったとしてもここでは言いたくないというか」

「というかうるさい」

「そっかー。『推し』ってどう説明したらいいんやろうな」

「先生困ってるやん。もうお前あきらめろよ」

「えー、でもー」

「わがまま言わへんの! 大体昨日の俺の説明で納得できない時点でもう無理やから。うざい」

「ん? ?」

「辻出さんどうかしたん?」

「あのさぁ、そもそもの話していい?」

「いいで」

「なんで村瀬君は『推し』を知りたいん?」

「それは東藤が「いや、その話は絶対したくな「東藤が僕の宮内先生への気持ちを『推し』とかいう低俗な感情ということにしようとするから」

「おい、被せたのに被せてくんな」

「え? 宮内先生? 地学基礎のおじさん?」

「あーめんどくせー。俺しらんで。止めたからな? 辻出さん最後まで責任取ってや」

「え? あ、うん。え? 村瀬君、宮内先生のこと好きなん? でもわかるわぁ。物腰柔らかくて丁寧で紳士やし、なにより授業すごい面白いよなぁ。うちのクラスでもめっちゃ人気や……で、ってなにこの教室の雰囲気? え? みんな? え? 急にクラスから出ていくやん。え、え、え? ちょっと東藤君も!?」

「へぇ、辻出さんも宮内先生のこと好きなんや?」

「待って。なにその殺気。おかしいって」

「僕さぁ、なんかわからないけれど、宮内先生のことを好きっていう人許せへんねん」

「あ、はい」

「好きとかいうけどさぁ、辻出さんは宮内先生のために最前席のど真ん中に陣取って授業うけてる? ちゃんと授業の予習してる? 録画したビデオ見ながら復習してる? テストでいい点とれるよう一生懸命勉強してる? クラスメイトに勉強させてる? ねえねえねえ!」

「なんやねんこの人」

「ところでさっき3組で人気とか言ってたよな?」

「はい」

「ちょっと行ってくるわ」

「あ、1つだけいい?」

「なに?」

「宮内先生結婚してて、しかも3人のお子さんいらっしゃるけどいいの?」

「は? 宮内先生が幸せならいいに決まってるやろ! そういうんじゃないんや! この崇高な感情を『推し』とか言うのはやめてくれ!」

「そうですか……ありがとうございます。あ、どうぞ行ってください」

「行ってきます!」

「……村瀬君、同担拒否かよ。でも『幸せならOK』って厄介なのか優良なのか意味わからんな。害は……ないんかな一応。というかガチサイコパスやん。やばっ。おもしろっ」

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