小説投稿サイトの作者を推しているDKの話

藤浪保

推しが小説投稿サイトの作者であるDKの話

 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムの音が聞こえ、俺は突っ伏していた体を起こした。


「やべ、寝てた……」


 枕にしていたノートを見れば、板書の書き写しは途中で古代文字のような判読不明の筆記体に代わり、すぐに途切れていた。


 慌てて黒板に目を向けてももう遅い。教師がさっさと消してしまった。


「お前爆睡だったな」


 呆れた声と共に友人に背中をつっつかれて、俺は振り返った。


「昨日寝るのが遅くて」

「勉強?」

「んなわけない」

「だよな」

「久しぶりの更新だったんだよ! で、気づいたら一話から読み返してた」

「また例の先生かよ……」


 さっきよりも数段呆れた声で言われる。


だまされたと思って読んでみろよ! 全部傑作だからどれから読んでもいいぞ!」

「いやー、お前の様子見てるだけで十分だわ。沼にはまりたくない。――じゃ、購買行ってくる」


 一人になった俺は、前に向き直ってポケットからスマホを取り出した。


 もちろん昨日更新された話を読むためだ。


 俺は弁当派だから、友人が購買から戻って来るまでの間は暇なのである。


 昨日からもう何度読み返したか分からないが、何度読んでも最高だった。やっぱり先生はすごい。


 応援ハートボタンが押せるのが一回きりなのが恨めしい。無限に押せる仕様なら無限に押す所存なのに。


 はぁ、とため息をつくと、購買から戻ってきた友人が、いた目の前の席に後ろ向きに座った。


「まるで恋だな。なんだっけ、春風先生だっけ?」

「秋の空先生だよっ! 恋なんてものじゃない。これは愛だ」

「あっそ」


 友人は興味なさげに買ってきたパンに食いついた。俺もカバンから弁当を取り出して食べ始める。


「俺、バイトしようかな……」

「なんで」

「投げ銭機能が実装された」

「やめとけ」

「だって投げ銭したら限定コンテンツが読めるんだぞ!? 先生はまだ投稿してないけど!」

「とか言ってバイト代全額つぎ込むつもりだろお前は」

「当たり前だろ?」

「当たり前じゃねぇよ!」


 びしっと頭にチョップを食らう。


「だってな? 先生の作品はめちゃくちゃ面白いんだぞ? なんでフォロワーも評価もあんなに低いのか理解できない。読めば絶対面白いって思うはずなのに! 現に少しずつフォロワーもレビュアーも増えていってるし」


 埋もれているのは、単に運に恵まれなかっただけだ。きっかけさえあれば、週間総合評価一位も狙える面白さだと思っている。


「でもその先生、性別わかんないんだろ。男だったらどうすんの?」

「性別ごときで俺の愛は変わらない」

「おっさんかもしれないのに?」

「ぐっ」


 さすがにそれは嫌かもしんない。


「いやでも、お子さんがいて、その養育費に使われるなら別に……」

「デブでハゲで五十代で独り身のおっさんかもしれないぞ」

「デブもハゲも五十代も独り身もおっさんも何も悪い事じゃない」


 正直嫌だけど。


「バイトしてまで貢ぐとか、アイドルの推し活みたいだな」

「みたいじゃなくて推し活なんだよ。先生は俺の推しなんだから」

「まあいいけど。お前が稼ぐ金なら好きにすれば」


 そう突き放されてしまうと、それはそれで寂しい。

 

「なあ、お前も読めよ。絶対面白いから。俺と一緒に推し活しようぜ」

「沼にははまりたくないって言っただろ」

「そう言わずに」

「わかったわかった。コミカライズしたら読むわ」

「言ったな!? 見てろよ! 今にサイトのランキング駆け上がって、書籍化して、ばんばん重版して、コミカライズだってしてやるから!」

「やるのはお前じゃないだろ」



 * * * * *



「見てろよ! 今にサイトのランキング駆け上がって、書籍化して、ばんばん重版して、コミカライズだってしてやるから!」


 通りかかった教室から叫び声が聞こえきて、私は足を止めた。


「会長? どうしました?」


 横を歩いていた副会長が振り向いて、不思議そうに私を見る。


「いいえ。なんでもないわ」


 私は小さく首を振って、歩みを再開した。


 今の男子生徒も、私と同じで、小説サイトに投稿しているのかしら。


 高校生作者って結構いるみたいだし。


 ペンネームを言わなくてもいいのなら、少し話をしてみたいかもしれない。


 顔を確認すればよかったと後悔しながら、クラスと叫び声をしっかりと記憶に焼き付けた。





 ――この数日後、あんな約束をすることになろうとは、出会う前の二人はまだ知らない。

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