密着!ドキュメンタリー第X回「"推し活"代行業者」

キューマン

放送内容の要約

 "推し活"――アイドルやアニメキャラ等、自分の推しに情熱を注ぐ活動。

 激しい競争社会たる現代を生き抜く人々の、数少ない娯楽の一つだ。

 しかし、そんな状況にも変化が訪れている。

 忙しいあまり、推し活をしたいにも関わらずやる時間がない。そういった人々が、近年どんどん増えているというのだ。

 そこで彼らが頼るのが、"推し活代行業者"である。

 彼らは、自分の推しへの想いを業者に託すのだ。


 疑問を呈する者もいるだろう。「推し活は自分でやってこそではないのか」――と。

 しかし、業者が存在しているのも事実。

 今回、我々はある"推し活代行業者"へと密着を敢行した。

 そこには、知られざる想いがあった――



 東京都内某所。

 推し活代行業を営む企業「オルタナティヴ・プッシュ」に、一本のメールが届いた。


「こちらですね。依頼のメールです」


 メールを見せてもらう。


『スプリングシュートのぬれはちゃんが推しなのですが、2月末のコンサートには仕事で行けません。代わりに行っていただけないでしょうか?』


 若い男性からの依頼のようだった。


「なるほど……」


 メールを社員の背後から覗き込むこの男性は、「オルタナティヴ・プッシュ」代表取締役社長の浜上はまかみ 高次こうじ氏である。


「スプリングシュート……これは、少し骨が折れるかもしれませんね」


 あらゆるアイドルや俳優、漫画やアニメにまで広い知識を持つ浜上氏は、そう述べた。


『スプリング・シュート』は、昨年8月に発足したばかりのバーチャルユーチューバーによるアイドルユニットだ。

 ぬれはちゃんこと『春雨ぬれは』は、そのメンバーの一人である。

 誰にでも優しい、緑髪のロングのおしとやかな子だが、歌への想いは人一倍というキャラクターだ。

 浜上氏は語る。


「スプリングシュートは、コール・アンド・レスポンスのルールが厳格なことで知られているんです。その情報は普段から彼女たちの配信を見ていないとわからず、チケットの購入時にもクイズのようなチェックを通らないといけないんです。当初はいわゆる転売ヤー防止のために行っていたようですが、これがライブでの一体感を高めることにも繋がり、好評を博しています」


(Q. 『スプリング・シュート』ファンからの依頼が来ることは想定していた?)

「していなかったというのが正直なところです。ライブが内輪の知識……『教養』を求められることからも、一体感を大事にするということからも、なんとしてでも自分で行く、代行業者など頼まないという方も多い界隈ですからね」


 社内で人員を募ったところ、一人の男性社員が手を挙げた。

 曰く、業務の一環で『スプリング・シュート』の配信をある程度追っているという。


「いろいろ依頼を受けてきましたが、本格的にライブに参戦するのは初めてですね」


 緊張した面持ちの男性社員と、依頼者の男性での面談が、リモートで始まった。


『本っ当に好きなんですよ!救世主なんです』


 依頼者の男性が熱く語る様に、男性社員は深く頷きを返す。


『僕当時炎上プロジェクトに突っ込まれてデスマーチだったんですけど、夜中に仕事の脇でV(バーチャルユーチューバーの略)見てたら新しいユニットができるって話があって……見てみたら、あの、本当に、ぬれはちゃんが……』


 面談時間を目一杯使って、春雨ぬれはへの愛を語る依頼者。

 男性社員は相槌を打ち頷きを返しながらも、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩いていく。

 どうやら、メモを取っているようだ。


(Q. 面談はどうだった?)

「お疲れさまです。すごい熱量を持った方だと感じました」


 メモを見せてもらう。

 面談していた一時間の間に書いた文字数はなんと1万字近く。

 一秒間に2.8文字ほどを書いている計算になる。


「依頼内容は、一言一句聞き逃してはいけないと思っています。依頼者が推しを語る言葉って、そのすべてが推しによって生まれたエネルギーから発せられてるんですよ。無駄なんてひとつもないんです」


 今後ライブまでの二週間、彼の仕事はユーチューブに残る『スプリング・シュート』のメンバーの配信を視聴することになる。


「依頼者のデスマーチに比べればよっぽど楽ですよ」


 そう言って、彼は退勤していった。

 動画を見るなら家が一番いいだろうという、社長の気遣いである。



 二週間後、ライブ当日。

 我々のスタッフにも『スプリング・シュート』のファンがいたため、今回、ライブまで密着することに成功した。

 会場に現れた彼は、『スプリング・シュート』のロゴがあしらわれた緑色のTシャツを着ていた。


(Q. そのシャツは?)

「依頼者の方から新品で頂きました。他にもお借りしたペンライト等がこのリュックサックに入っています。シャツはグッズということで少々お値段も張るものなのですが、ご本人は『布教のようなもの』とおっしゃっていましたね」


 会場に入る際にも、スタッフによってファンか否かのチェックが行われる。

 ここに来る人間に、新規ファンは存在しない。


(Q. 『スプリング・シュート』の対応はかなり徹底しているが?)

「これが彼女たちの人気の理由でもあります。我々も、ライブの席を埋めるだけの存在ではいけないということです。だから、徹底してファンになります。なりきるのではないんです」


 ライブが始まった。


『合言葉は!!!』

「レッツ・スプリーング!!!」

『僕らの春は!!!』

「終わらない!!!」

『みんなありがとー!それじゃ早速始めてくね!』


 リズムに合わせて掛け声を発しながらペンライトを振る男性社員。

 その姿は、ふとすれば見失ってしまいそうなほどには周囲のファンに溶け込んでいた。

『スプリング・シュート』の楽曲には、一つ一つ複雑な合いの手が設定されているのだが、男性社員は一切間違えずにこなしていく。

 やがて、ライブは各メンバーの持ち歌へと移行していく。


『春雨ぬれはだよー!』


 彼女が登場したその瞬間、男性社員の纏う空気が変わった。

 真剣な面持ちで、ステージのスクリーンを見つめている。


『今日はねー……こぼれ桜(春雨ぬれはのファン・視聴者の呼称)のみんなのために、新曲を用意してきたんだ!』


 まさかの新曲発表に、会場がどよめく。

 歓声ではなく静かに驚く――これが、春雨ぬれはのファンの間の不文律だ。

 ペンライトを振る男性社員の頬に、一筋の涙が伝っていた。


(Q. ライブはどうだった?)

「一言で表すなら……『最高』としか言いようがない、素晴らしいものでした」


 彼は、それ以上多くは語らなかった。これもまた、春雨ぬれはのファン同士なら言わずとも伝わることである。



 ライブ後、会社に戻った男性社員は、早速テレビ電話で依頼者と通話を開始した。


「本当に、もうすごかったんですよ。そう、新曲がありまして。そこで合いの手も自然に出てきて、あれほどの一体感を感じたのは人生初めてです」


 その熱量は、依頼してきたときの依頼者にも劣らないほど。饒舌な彼の姿に、依頼者も頷いている。

 我々は、依頼者へもインタビューすることができた。


(Q. "推し活"代行業者を使った感想は?)

『本当に素晴らしかったです。最後に話を聞いたとき、僕も涙が出てきました。行ってないのに、ライブの光景が頭に浮かぶんです。きっとライブの情景を余すことなく伝えてくれたからですね』


 大きな仕事を終えた男性社員に、話を伺った。


「推し活というのは、魂を削って行うものといっても過言ではありません。そしてそれは、代行といえど決して例外ではないわけです。だからこそ、我々はいつも万全の準備を整えます。圧倒的な熱量にも関わらず推し活ができず涙を呑んだ人の代わりになることは簡単ではありませんが、だからこそやりがいがあります」


 そう語る彼は、自身の家の写真を見せてくれた。


「この棚の箱に、今まで推し活を代行する際に依頼者の方々から頂いたグッズが入っています。作品ごとに箱を分けるようにしています。一緒くたにするのは失礼ですからね」


 そんな彼だが、実は推している作品やキャラクターはいないと言う。


「昔から、少し……短い間なら推せたんです。でも、飽きも早い性格で、友人と同時期にハマっても必ず私のほうが早く作品から離れていました。それで、推すことは嫌いじゃないんですが、少しずつ苦手になって……そんなときに、この仕事を見つけました。天職だと思います」


(Q. 最後に、あなたにとって推し活代行業とは?)

「『人の想いを受け取って、それをきちんと返す』仕事ですかね」


「オルタナティヴ・プッシュ」の掲げるキャッチコピーは『その想い、預かります』。預かった想いを返すところまでを仕事に含めるところが、この人気の秘訣なのだろう。

 男性社員の携帯電話が鳴った。


「あっ、また依頼が来てたみたいです。浜上さんが、『これはあなたにぴったりだろう』って」


 社長直々のご指名を受け、男性社員は去っていった。

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密着!ドキュメンタリー第X回「"推し活"代行業者」 キューマン @QmanEnobikto

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