サイリウムの海(アニバチャンプ②推し活)

風鈴

サイリウムの海

 僕、こと一条達也いちじょうたつやは、今日もサクラの応援にやって来ていた。

 僕は、今、オフィシャルショップに併設されているカフェに居る。


 サクラとは、アイドルグループ『エルクシードセブン』のセンターを務める、ではなく、いつも後列の右端で隠れるように踊っている子だ。

 顔は可愛い。

 ただ、少し、小太りだ。

 ただ、たぶんそれだけで、7人のメンバーの中で最下位の人気。


 僕は、高校生まで勉強一筋、恋をしたことなど・・それは流石にある。

 だが、恋人など生まれてからずっと居ない。

 女子と喋ることも、ほぼなかった。


 大学生になってからもモテない。

 そんなある日、偶々、ある番組を見た。

 それは、アイドルグループ、エルクシードセブンの7人を決めるオーデション番組だった。

 それに、必死に取り組む、一人の少女に、僕は虜になった。


 彼女は、2次3次と突破するのだが、ダンスのレッスンでつまづいていた。

 先生は、彼女を目の敵の如くにシゴク。


 でも、その姿は健気だった。

 いつも笑顔で頑張っていたが、画面にはダイエットしろとか、太すぎるだろとか、コメントが飛ぶ。

 しまいには、笑ってるとか有り得ねーだろ、真剣にしろとか、しかもそれを先生も言う。

 彼女から一瞬笑顔が消えた。

 僕はその時、心がギュッと締め付けられた。


 それでも、彼女は、ギリギリで合格をした。


 それは、僕も同じだった。

 僕の通っている大学は、いわゆる一流大学だ。

 そこに僕は、補欠入学をした。

 みんなが僕よりも良くできる。

 そう思うと、積極的に友達を作る気にもなれず、ただ勉強だけは負けないようにと、いつもクラスの者達とは壁を作っていた。


 そんな時に出会ったサクラは、もう僕の心を占領して、ただただ、彼女の人気が出るように願うのだった。

 そうして段々とその想いを強くしていった僕が、推しメンのサクラを応援するコアなヲタクの一員となりヲタ活を始めるのに時間はかからなかった。


「サクラとカエデが喧嘩をしたんだって?タツ、知ってるか?」


 そう言ってきたのは、同じサクラ推しのヲタ仲間のユウだった。


 カエデというのは、センターの子だ。

 このタツとかユウとか、メンバーの名前のサクラやカエデでさえ、実はコードネームというモノで、僕達は会員登録をする時に自分で付けることが出来る。

 

 エルクシードセブンは、アイドルグループでもあるが、実は悪と戦う戦闘集団でもあった。


 僕達は、お互いをそのコードネームで呼ぶ。

 もちろん、呼び捨てだ。

 オトナの年季の入った人でも、呼び捨てだ。

 そんなところが、とても気に入ってるし、僕には居心地が良い。


「うん?僕は知らないな。初耳だぞ!」


 早速、いろいろと、タブレットやスマホで情報を集める。

 登録しているサクラ関係の板情報を探すが、それらしい事は見つからなかった。


「それは、どこからの情報だ?」

 僕は、その情報がであると疑った。


「これは、確かな情報だ。信用の置ける筋からだよ」

 そう言って、メガネをクイッて上げるのは、コウだ。

 情報通であり、サクラ推しグループの代表の一人だ。


「ごめん、遅くなって!」

 そう言って、カップを片手に持ち、もう一方には痛バックを持ちながら、僕達のテーブル席に来たのは、ミサだ。

 彼女は、サクラ推しグループの中のヲタ女でも特に可愛いく、多くのヲタ男子達が彼女と交流を持ちたがるし、彼女自身も知り合いが多い。


「いや、ミサもバイトが忙しいんだろ。あまり無理するなよ」

 そう気遣うコウは、僕が知り合う前から、ミサと仲が良い。


 そう言われたミサは、顔を少し赤らめた。

「ううん、大丈夫だから」

 そう言って、笑った。


 僕は、垢抜けた都会的な感じがするミサを、いつも眩しく感じた。

 そして、彼女は明るく気さくで、愛嬌が良いのも魅力的だった。

 こんな僕に話しかけてくれる唯一の女子だから、僕には余計にミサが眩しい。


 もちろん、僕は、出会った時から、彼女の事を意識した。

 そして、分厚い黒ぶちメガネをコンタクトにし、髪型も前髪で目を隠すくらいに伸びていたのを、今風にカットしてもらった。

 服装もメンズファッションを参考にして、テーラーズジャケットを着こなしたり、時にはパーカーとデニムパンツでカジュアル感を出すなど、オシャレをするようになった。


 でも、最近のある出来事がきっかけで、彼女を想う事を封印することにしたのだ。


 ユウと見たんだ。

 正確には、ユウが見て、僕はシルエットを見ただけなんだが。


 ミサとコウは、身体を重ねるようにして、顔も重ねていた。

 ユウが言うには、キスをしていたらしい。


 だから、封印した。

 

 それでも、彼女と喋るのは楽しい。

 それは、止められない。

 ただ、ふつうに接するだけだと言い聞かせていた。


「喧嘩の原因だが、どうも極秘事項扱いらしいぞ!」

 ミサも初めて知ったらしく、コウに説明を求めた。


「そう、そんな事が!」

 ミサも驚いている。


「そしてだ、これはサクラに原因があるらしいって話だ」

「「「ええっ!!」」」


「あの、いつも笑顔のサクラが?」(僕)

「信じられないわ」

「とにかく、ここはサクラ推しとして、冷静になろうぜ」(コウ)

「うん、だね!」(ユウ)


 その後は、いつものように、僕は宿題や課題を片付け、他のみんなはグッズを買ったりして、その後はサクラのブログの話とか、近く公開される映画の話などで盛り上がる。


 そして、公演時間に合わせて、会場へと移動した。


 時間が来ると同時に、前説まえせつをメンバーの子が一人で行う。

 今回は、サクラだった。

 ちょっと、噛んでしまったが、いつものように、元気に話していたし、笑いも取れた。

 もう、家族の身内を応援する感じで、ハラハラドキドキだ。


 丁度、前説が終了した時に、『サックラー、サックラー、イエース!』と声を合わして、場を盛り上げたのは、サクラ推しグループの僕達だった。


 そして、公演が始まった。

 みんなそれぞれ、推し達の色のサイリウムやキンブレを振るう。

 しかし、殆どはサイリウムだ。


 ユウなんかサクラ色(ピンクなのだが、サクラ推しはこう呼ぶ)の鉢巻きにサイリウムを差してるし!

 決して、子供は真似てはいけない。


 暗い客席では、それぞれの推しの色がキラキラと輝き、それぞれのヲタクの想いを載せて、みんなで歌に合わせて波のように揺らす。

 それは、暗い海に鮮やかな光の波が漂うように見える。

 それを誰かが『サイリウムの海』と名付けた。


 丁度、公演が半ばに来た時、照明が突然切れて、真っ暗になった。


「えっ!!」

 会場がどよめいた。

 ヲタのみんなは、次の演目がどういう順番で行われるのかは、もちろん頭に入っていて、それに合わせて準備をするのだが、これはトラブルが発生したのだろうかと、誰しもが思った。


 っと、突然、ぎゃぎゃぎゃぎゃい~~~~ん、と『世紀末』の曲が響きだした!

 こ、これは!!


 ステージには、悪の組織『トキソイドセブン』が現れた。

 彼女達は、エルクシードセブンの敵だ。

 そして、実は、彼女達はエルクシードの選考に惜しくも落ちたメンバーで構成されている。

『世紀末』は、トキソイドのデビュー曲だ。


 もしかすると、サクラがそこへ入っていたかもしれない組織なのだ。


 偶々たまたま来ていたのであろうか、あるいは、複推しか、DDの人か、トキソイド推しから声援と悲鳴が上がった。


「「「おおっ!!」」」

 今度は、反対のソデからエルクシードのメンバーが出て来た。


「トキソイド!公演の邪魔をしないで!」

 カエデが言う。

「撃て!!」

 有無を言わさずに、トキソイド側は光線を放った!


 人気上位の3名(カエデ、ユリ、キキョウ)が苦しむ。

「やめて!!」


 そう言って、3人の盾となって、光線を一身に浴びるサクラ!

 サクラのシールドが弾け飛び、サクラが苦しみながら倒れた。


 そこでまた、真っ暗となり、映画の歌である新曲が流れる。

 さっきまで倒れていたメンバーも立ち上がり、エルクシードが歌い出す。


 こうして、後は通常通りの公演で終わった。


 ヲタクは、この演出の巧拙は問題にしない。

 なぜなら、それはヲタクにとっては、許容範囲だからだ。



 *

 エルクシード達は、平和活動と称して、街の清掃活動や各種の施設を回ったりする。

 実は、トキソイドも人気が高く、一緒に平和活動をする。

 ヲタクは、悪の組織なのにとか、余計な事は言わない。

 それは、みんなが同じアイドルだからだ。


 そして、待ちに待った映画を見る日がやって来た。


 僕は、コウとユウと一緒に入場から並ぶ。

 席は取ってあるけど、並ぶ事はヲタクには苦にならない。

 その時、コウは、サクラがこの映画で卒業するかもという衝撃発言をした。


「マジか!!」

「サクラが居ないなら、オレ、辞めるわ、ヲタ活」

 そう僕は言った。


 上映が始まる少し前にコウがミサを連れてきて、彼女は僕とコウの間に座った。

 彼女は、サクラ色のチュールワンピを着ており、オトナな感じで気合が入った服装だった。


 めっちゃ可愛い!!


 だが、彼女は、コウの彼女だ!


「ごめんなさい、遅れちゃって」

「それだけ気合が入ってるんだもんな」

 コウは、そう言って笑った。


 僕はそれを横目で見てたが、その時、ビーーという開演ブザーが鳴った。


 真っ暗になる。

 スクリーンの前に、エルクシードのメンバーが!

 先行上映のサプライズだ!

 みんな、急いでサイリウムを出して振り始める。

 この映画は、サイリウム持ち込みアリなのだ。

 エルクシードが新曲を披露する。


 サイリウムの海が映画館に出現した。

 その時だった。

 僕の耳元でミサが囁き、僕の手を握ってきた。

 僕は彼女を見る。

 彼女は上目遣いで僕を見る。

 僕は頷いた。

 そして、恋人握りで、握り返した。


 コウもユウも、僕達に笑顔を見せ、サムズアップした。


 仕組みやがって!


 僕はその時から、サクラへのヲタ活が、ミサへの推し活へと変わった。

 サクラは、この映画で主役となり、ダイエットが成功してセンターになった。

 噂は、全部、映画の宣伝の為だったらしい。


 今日も、エルクシードセブンは、日本のどこかで平和活動を続け、ヲタク達はそのサポートをしている、ハズだ!

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サイリウムの海(アニバチャンプ②推し活) 風鈴 @taru_n

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