秘事は睫

杜侍音

秘事は睫


「ミルクぢゃぁぁぁん‼︎ あぁ、がわいい……今日も麗しぃ‼︎ どうしてこうも神は尊きミルクちゃんを産んだのだろうか。あ、そうか。ミルクちゃんが神だからか」

「そうだね」


 このボロ雑巾みたいになっているのは、あたしの幼馴染。

 あたしがいる手前だろうと気にせず、ボロボロに涙を流し笑顔を浮かべるその姿は、普通に引くぐらいキショい。ミルク、ミルクと叫び続けては、くっさい言葉を並べてばかり。

 そんな彼の部屋に、あたしは学校帰りに上がり込んでいるわけだが……といっても、そんなラブコメみたいな展開があるのではなく、現実的に期末テストがヤバいから勉強を教えてもらおうと来ただけ。

 彼は人として自制する能力は崩壊しているが、実は学年一位という学力の持ち主なのである。


「なんだ、その汚物を見るような目は! ミルクちゃんのっ! 配信を目の前にして、よくそんな顔ができるな!」

「いや、だってそれアーカイブでしょ? よくそんな、過去の、てか何度も観たんだろう動画にそこまで興奮できるよね」

「あったりまえだろっ‼︎ まつ毛の先までディテールにこだわった可愛さ! いつ動画を閲覧したとしても大笑いできるほど面白いコメント力っ‼︎ 圧倒的な美声を躊躇うことなく振る舞う歌唱力! これだけでは語りきれないほど、非の打ち所がない完璧な美少女Vtuberなのだ‼︎」


 はぁ、ほんと恥ずかしい……。もうその褒め言葉は何万回聞いただろうか……。

 あたしだけじゃなく、学校──いや街中の人間がこいつを見かけたら、〝天乃あまのミルク〟もセットで認知されるほどお騒がせ有名人になっている。


 チャンネル登録者数、257万人。一年ほど前に現れた天乃ミルクは瞬く間にファンを増やし、あっという間に人気Vtuberの仲間入りを果たした。

 魅力はこいつが全て話したとおり。オタクが求めるようなテンプレを完全に掌握した振る舞いにより男性ファンが多いが、最近では色々と体を張った企画も挑戦し、女性ファンも少しずつ増えてきている。


「仕方ない。お前にもみるくちゃんの魅力をたっぷりと伝えなきゃいけないな。よし、みるくちゃんの動画を一緒に観るぞ‼︎」

「そういうの間に合ってるんで。本当に赤点ヤバいから勉強教えて欲しいんだけど……」

「いや、動画を一本観てからだ。オススメのがあってだな」

「えぇ……」

「頼む! ここ数日、ミルクちゃんが動画をあげていないから、俺のエネルギー源がなくてだな? このままだと勉強教える気力が……」

「はぁ……分かったから、短めのね」

「よぉし! じゃあ、この『世界一ぶっ飛ぶホラゲーやってみた 前編』を観よう」

「おいそれ、後編も続けて観る気だろ」


 こいつ、ほんと抜け目ないな……。

 元々こいつのタイプだろと思って、天乃ミルクを勧めたのはあたしだぞ。それが、すっかりハマってしまって……まったく。

 三十分後、ようやく勉強を教えてくれるようになったが、本当にこいつの教師力を上げる効果が動画にはあるのか、内容がすっごく分かりやすくて、テストの点数も赤点回避は間違いなくできるだろうぐらいには練習問題がスラスラ解けた。


「はぁ、早く動画あげてくれないかなー」

「そうだね。じゃ、勉強教えてくれてありがとう」


 適当に別れを告げたあたしは家に帰った。

 お母さんの美味しいご飯を食べて、お風呂に入って、それから一人寝室へ。

 少し復習もして明日からの期末テストに備える。

 お陰で何とかなりそうな気がする。

 あいつには何かお礼をしないとだよね……仕方ない。



   **



『ほい、みなさん! お久しぶりです〜。天乃ミルクだよ〜。一週間ぐらい休む予定だったんだけどぉ、みんなに会いたくなったから、ちょっとだけ生配信しまーす』


 動きに合わせて画面に映る彼女があたしと同じように動き、喋った声がマイクを通して世界中に届けられる。

 そう……


 ──あたしが、天乃ミルクだ。


 一年前、誰でもVtuberになれるアプリから配信を始め、思ったよりもすぐにお金を頂けるようになったので、それで撮影機材を買い、今みたいなクオリティの高い動画を提供できるようになった。

 というより、そのお金があいつのお陰であることがかなり大きい気がする。

 あいつがこういうの好きなオタクだってことを分かっていたので、自らVtuberになった際、そのチャンネルを教えた。

 すると、すぐにどハマり。スパチャもするようになったと、勧めてくれてありがとうとお礼を言われる始末。お小遣い大丈夫か?

 なのにあいつは、天乃ミルクの中身が誰かってことを全く気付かずに、あたしのことを推している。

 分かりやすいようにあたしの名前である雨野あまのくるみからもじって名付けているのに、なんで気付かない⁉︎


『今日ねー、友達に勉強教えてもらってたんだよー。そう、テストがちょーヤバくて! だからちょっとだけ休んでいたの、ごめんねー? ……え? その子と仲良いのって? もちろん! あたしの大事な人だよ!』


 今頃、あいつは「羨ましい‼︎」とかで嫉妬しているだろうが、それあんただから。

 ほんと、いつか正体明かして驚いた表情を見てやりたい。けど、そのためにはもっともっと、あたしのもう一つの姿を推してもらおう。


 それまで、もう少しだけ、秘密で。

 あいつとこの関係性を続けようと思う。

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秘事は睫 杜侍音 @nekousagi

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