【KAC20222】闇の推し活取締り隊

和響

その推し活、やめとこか

 えっと。じゃぁ、まぁ、そこのソファでも座って。インタビューね。えぇ。もちろん大丈夫よ。私の部屋を取材して、推しについて話して欲しいってことよね。


 はい、えっと、まずは名前? ここは仮名にしてくれるの? まぁ別に本名でもいいけど。え? 下の名前だけでいいよって? ふーん。じゃぁ、始めましょうってことで、私の名前はミヤ。


 私は今強烈に推しているアイドルグループがあるの。え? それは韓流かって? いいえ。韓流ではないわ。もっと違うもの。そうね、いうならばこの世界の神ってところかしら。え? そのグループ名が聞きたいって? いいわよ。もちろん教えてあげる。だって推しのファンを増やすこと、それも『推し活』の大事なことですもの。


 私の推しはもちろんこの世界の神【PTN】よ。もう彼たちは最高なの! 特にリーダーのピーくんなんて最高ね。だってほら、あなたたちのその後ろに貼ってあるポスター見てみてよ。真ん中にいるのがピーくんね。紫色の髪の人。そう、あなたが今これ? って指さしてるその人。ね、とってもかっこいいでしょ。とってもダンスがうまいのよ。そして、歌も一番うまくってね、センターで歌っているの。


 彼ね、お話もうまいのよ。あ、そうだ。ちょうど彼がラップの部分をやってる曲があるから聞いてみてよ。ちょっと待ってね、今すぐにスピーカーから出るようにするからね。えっと、どうやるんだっけ、あ、教えてくれる? ありがとう。きっとあなた達も好きになるはずよ。


 そうか、こうやるのね。そうだったそうだった。スマホのここをさわれば

ブルートゥースにつながるのよね。いつもはヘッドフォンで聴いてるから、すっかりそんなことも忘れてた。あはは。だって、ヘッドフォンの方が声をもっと近くに感じるでしょ? そうか! あなたもヘッドフォンで聴けばいいのよね! え? 人が使ったヘッドフォンは嫌だって? もう、あなたと私の仲じゃない! って、さっき知り合ったばっかりだったわね! あはは!


 はい、じゃぁ再生するよ? ちゃんと聞いててね、すっごく素敵だから! ほら、もうメロディからしてクレイジーでしょ? こんなメロディー誰も作れないわ。もちろんこれもピーくんが作ったのよ。彼、最高なの! あ、ちょっと喋りすぎね、私。せっかくのピーくんの歌が聞こえないわね。


 そうそう、ここからがとってもいいのよぉ、もう最高なの! ね、ほら、聴いてみて。そうそう、ここからのあたりから始まるラップがいいのよ! ちょっと大きくしてあげる! ほら、あなた達もそのソファからこっちにきて、スピーカーの近くで聞いてみてよ。ほら、私の隣がいいわよ。そうね、私がそっちに移動しよっかな。ピーくんのポスターも近くになるしね!


 ね? どう? 近くで聞いたら最高にいい声でしょ? もう痺れちゃいそうでしょ? 彼ね、絶対この世界を作り出した神だと思うんだよね。だって私、この曲の歌詞が好きすぎてさ、ほら、みてこの耳の後ろ。髪の毛をちょっと束ねるから、見えるかなぁ? そこから。え? よく見えないって? じゃぁちょっとそっち行くわね。


 これ、見える? え? なにこれって? これはね、ピーくんのトレードマークなの。え? 核兵器のように見える? あはは! 正解! よくわかったわね! もしかしてあなたももう彼のこと好きだったのかしら? え? 違うって? そうなのぉ? でもこれ超クールでしょ? え? ちょっとおかしいんじゃないかって?


 ちょっとそこの女! なんであんたがピーくんのこと何にも知らないのにそんなこと言うのよ! 誰がおかしいって!? ピーくんはこの世界の神なのよ! ピーくんに謝りなさいよ! 謝れ! 謝れ! 謝れー! この! このクソ汚い女が! ピーくんに興味があるって言ったからせっかく家まで上げてやったのに!


 おい、そこの男! なんて顔してこっちみてんだよ! 写真とんじゃねぇよ! お前らピーくんのさっきの歌詞聞いたでしょ! あんな素晴らしい歌詞を歌えるのは彼だけよ! ちゃんと聞いてなかったの? 「奪いたいものは力尽くで奪い取る。この世界は全て俺のものだ。俺こそが神。俺の話すことはすべて真実。この腐った世界を灰色に染めてやる」って超最高じゃない! あんたなにさっき聞いてたのよ!


 ちょっと、なにすんのよ! 勝手にさわんないで! そこは私のピーくんがいっぱい飾ってある棚なんだから! やめてよ! やめろって言ってんだろうが! ああ! それは絶対さわんな! ちょ、やめて、離せ! 離せよ! やめろって言ってんだろ! それは限定品のやつで超超貴重なんだから! 返して! 返してよ! その限定品のジュースは後残り一本しかないんだから! 1ダースの残りの最後なんだから!


 「子供の恐怖」はそれが最後の一本だって言ってんだよ! はぁ!? なんでそんなもん飲んでんのかって? それはもちろんピーくんが自らお造りになって限定品でコアなファンのために売ってくださってるからだよ! 他には何があったかって? なんでそんなことをお前らに教えてあげなきゃいけねぇんだよクソ女! もう手にはいらねぇんだよ! さわんなよ! まじでそれに!ああぁぁ!!!


 お前ら覚えとけよこんな事して! ただで済むと思うなよ! おい、なんだよこの手錠は! や、やめ、やめろって、やめろぉー! クソ! て、手が!


 おい! ちょっとそこ勝手にさわんな! その机の中だよ! お前が今開けてる机の中身を触んなって言ってんだよ! おい、や、やめろ。やめろ! それを触んな! それはもう後一個しかない限定品なんだから! もう手に入らないんだから! そのカプセルはピーくんの流した汗で作られた「独裁」が入ってるんだから!


 え? お前今なんつった? おいそこのクソ女! 今なんて言ったって聞いてんだよ!


 はぁ? もうPTNもなければピーくんもいないって? そんなわけあるわけないだろ! さっきだってスマホで動画を配信してたし! そうやって私の推しを取り上げるつもりなのか! お前達、雑誌の記者じゃないな! お前達は一体誰なんだ! こんなことして許されると思うなよ! おい、おいおいおい、やめて、やめてそれだけはやめて! もう、本当にやめてってば! まじでその箱だけはやめて、それをあけたら大変なことになっちゃうから! その箱にだけは触んないでぇ!


 お、お願い! それだけは開けないで! お願いだから! お願いやめて! やめてやめてやめて! 本当にやめてよぉ! ピーくんがぁ、ピーくんがぁいなくなっちゃうよぉぉ! やめてよぉ……やめてよぉ……やめてよぉ…あけちゃやだよぉ……あぁぁぁぁーーーー……眩しいよぉ。眩しいよぉ。眩しい光で消えてしまうよぉ。やめてよぉ………あぁぁぁ。私の推しのピーくんがぁ、ピーくんがぁ………


 あ、あぁぁ……ぁ。私の身体も、う……薄れていく……照らさないで、てらさないでよぉ……あ…あぁ……ぁ………ぁ。




***


「隊長、これが最後の闇ですね」


「そうだな。まだ生きていたとは」


「本当ですね。もう2022の春だと言うのに」


「最後に強力な推しを生み出していたからな。ついこないだまで」


「そうですよね。あれは酷かった。でもすっかり今は彼もつきものが取れて、毎日平和に幸せに暮らしているようですよ」


「そうだな。美味しいものを食べて、愛する人と目合まぐわって、ちゃんと睡眠をとる。この人間の三大欲求が満たされていれば、もう闇に推し活されることもないからな」


「そうですよ。闇に推し活されたっていいことはないですよね。でもこれでこの世界の闇は、全部平和の光で照らされて消えてしまいましたね」


「多分な。でも闇の推し活はしつこいから、適度にパトロールして、平和の光で世界を照らさないとダメだろうな」


「全くですね。それが人間。歴史はいつでも繰り返しますもんね。でも私たちはもうこの『平和の光』が闇を照らせばいいってことを知ってますし、この『平和の祈りの箱』を開ければどんな場所ででも、闇を照らせますもんね!」


「そう言うことだ。では任務完了ご苦労! 美味しい飯でも食って帰るか」


「え? もちろんおごりですよね? なんですか! その顔は! 今日は私頑張ったんでおごってくださいよ。そうですね、美味しいボルシチがいいです! そしてその後仕事が終わったら、隊長のそのたくましい腕で私を抱いて、いつものように、優しく私のことも食べてくださいね。なんちゃって。えへへ。では早速美味しいご飯を食べに行きましょうか。光に満ちたこの世界の美味しいものを、心にいっぱい、いただきに」




世界中が優しい光に包まれて、愛のあふれる平和な世界になりますように。




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