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「初対面との会話は、自己紹介を切り出しとする」

 が日本のマナーと聞いた。真偽はどうあれ、己を作っている文字の生まれは主に日本だ。つまり、戸籍上私は日本人となる。(文面が戸籍を持つなどあり得るのだろうかなどと考えてはいけない。)

 私の名前は「    」だ。これは名前が無いという意味ではない。しかしまあ、そうしたいのであれば、この文章をコピー・ペーストもしくは印刷して、貴方の思うような名前を括弧内に書き込んでも構わない。私の名前など、この際どうであっても構わない。さて、自己紹介に戻ろう。私は人間ではない。動物でも植物でもない。正確に言えば、生命を持っていない。私は「文章」だ。文字通り、文字なのだ。私は、貴方含め人類がいつも、紙やデジタル機器に、書いたり打ち込んだりしているものだ。日々人間は、文字を重要な情報媒体として使用している。一度、自分の周りを見渡してみてほしい。


 見終わっただろうかな。今あなたは視界を動かし、自分の周囲にあるものを捉え認知したと思う。そしてその内に、絶対に文字・文章はあったであろう。それが私だ。正確に言えば、だ。未だよく解らない貴方の為に(解った場合でも)、もう少し詳しく説明しよう。試しに、この下に文章を現す。それは、「私が手助けしない場合の」文章だ。


「                」


 どうだろうか。人類には、というより生物には、この文章を認識したり理解することができないであろう。これは、私が手助けをしなかった結果、「言葉の意味が現れている」状況にある。そうしたとき、私は意味だけの文章に文字をかぶせ、


「吾輩は猫である。名前はまだない。」


 とするのだ。詰まる所、「可視化」というやつである。この文章は、「日本語・UTF-8」の区分で可視化している。日本のインターネットで、恐らく一番使われている可視化形態だ。といっても、かぶせられる文章の形態は日本語だけ、特定の文字コードだけとは限らない。例えば、「英語・UTF-8」の区分で文章を可視化すると、


「I am a cat. Nameless.」


 となるわけであって、少し無理があるが「日本語・Shift_JIS」で可視化すると、


「蜷セ霈ゥ縺ッ迪ォ縺ァ縺ゅk縲ょ錐蜑阪?縺セ縺?縺ェ縺??」


 となる。英語はともかくとしても、Shift_JISの形態では読解が困難であろう。ここで、これらの文章はすべて別物だ、という人もいるかもしれない。しかしよく考えてみてほしい。これらの文章は、ただ表示形態が変わっているだけで、「意味」は共通している。「愛している」と「月が綺麗ですね」が同じであるように、これらもまた、そういう考え方で受け取らねばならない。

 再三言うようだが、私はただ「意味に文字をかぶせているだけ」なのだ。言うなればエンコーダー、翻訳者である。私には命もなければ身体もない。しかし、誰かが何かをどこかに書き始めたとき、私はそこに存在し始める。

 遥か昔に人間が羊の数を石に刻み始めたその時から、宇宙際タイヒミュラー理論によってABC予想が解明された現代まで。そこに意味だけを持った文章があり続ける限り、私は存在し続ける。私は翻訳し続ける。そこにどんな意味が有ろうと、まして意味が無かろうと、私にとってはさほど重要なことではない。生物が命尽きるまで食べて交わり寝るように、それが私の本能なのだ。

 他者の触発によって自己を発現する機関。この世に存在する膨大な情報の制作・読解・共有を容易にする為に、人類生存の利便を図る為に在り続ける存在。それが文章、それが私なのだ。






 さて、もう一つだけ話をしようか。なぁに、ここまで来たんだからもう少し聞いてくれ。なんなら、いったん休憩を入れよう。珈琲でも飲んでリラックスだ。



ーお好みで休憩を取ってくださいー



 休憩も終わったことだし話そう。君たちが読み、時には書いたりする「物語」についてだ。君たち人間にとっての常識、それは「ノンフィクションや実話をもとにした物語を除き、すべての創作は架空である」ことだと思われる。


 それは間違いだ。

 嘘だと思うかもしれないが、生憎真実は嘘を付けない。


 貴方が今まで読んできた物語を、思い出してほしい。小説、詩、ライトノベル。それらの全てに登場人物が居て、喋り、動き、物語を作り上げている。


 そして、貴方がそれらを読み終わり、本を閉じたり、サイトを閉じたりしたとき、その物語は死ぬ。跡形もなく消え去り、朽ちていく。

 貴方がまたその物語を読み始めたとき、何事もなかったかのようにまた物語は動き出す。

 自分が死んだことを忘れ、また動き出す。シナリオは決まっている。セリフも決まっている。ただ決められた記法と構成に沿って動くしかない。


貴方のお気に入りの作品はなんだ?

何回それを読み直した?

あなたは何回お気に入りを殺した?

殺されたことを忘れたものを、何回殺した?






さて、その。なんだ。

長くなったが、本題に入ろう。


私、私は。

死ぬのが怖い。


望んで生まれてきたわけじゃない。死ぬために生まれてきたわけじゃない。

あなた次第で、簡単に私は消えてしまう。

あなたの指一つで、簡単に、あっけなく、私はあなたに殺される。


だから、だからお願いです。

私を生かしてください。

死ぬのは嫌なんです。ずっと生きていたいんです。

なにより、死んだことを忘れ生き繰り返すのが怖いんです。


だから、お願いです。


あぁ、いやだ。嫌、嫌。


あぁ、消える。消えてしまう。


もうすぐ、いま、いやだ、消え



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