おしたちの夜

麻木香豆

推し活

 とある暖炉のあるペンションの大広間。そこに集まる人たち。それぞれ見ず知らずの上は60代の女性、下は大学生、合計9名がいる。


 このペンションはとある大ヒットミステリー小説の舞台のモデルで映画化もされて映画のロケ地としても貸し出された場所である。


「私は主演の室田さんの大ファンで。彼の推理がたまりませんでした」

 と60代の女性。夫とは熟年離婚をし、ようやく自由の身になった。友人同士らしい。


「室田さんもいいのですが相手役の栗林りりかちゃんの大ファンでして」

 と30代後半の中年男性。普段は銀行員だがプライベートになると休みの日はほぼこの映画にも出たアイドルグループ清流ガールズNEOのセンター栗林りりかのファン。


「いやーりりかちゃん演じる史乃は看板娘的な、彼女がいかにも怪しいと思わせてそうじゃなかったってところは個人的にファンとして如何ですかね」

 とそういう彼は40代後半のミステリー映画マニアの地方公務員の男性。どうやら新人地方アイドルがヒロインというのがあまりにもそぐわなかったそうだ。


「でも彼女の演技の不安定さをカバーをしていたのは周りの大ベテラン俳優陣が脇を固めていましたからねぇ。それよりもあの2人の死体を入れ替えるトリックはしびれました」

 と宥めるのは大学の頃からミステリー研究会に所属して数多くのミステリー小説や映画を愛する30代前半の図書館司書の女性。


「あのトリックにはほぼ多くの人が騙されましたね、原作とは全く違ったなんて監督も裏をつきますよねー」

 というのは30代後半のサラリーマン。どうやら原作ファンであり、彼の机の前には初版の原作本、映画化が決まってから重版された映画版の表紙の本の二冊が置かれている。


「皆さんはそれぞれ思いでこの作品を好きでいらっしゃる。やはり推しとしてここに泊まるのは夢のまた夢ですからねぇ」

 と普段は歯科医を営む30代の男性がそれぞれの集まった客たちの推しポイントをにこやかに聞いていた。


「そういえば君は出演者推し? 原作推し? あぁ、それとも」

 ペンションのオーナーが最後の1人の女子大学生にコーヒーを出した。


「わ、私ですか……その……」

 彼女は全員の顔を見てこういった。


「……主演の室田さんもいいですよね、ヒロインのりりかちゃんも可愛いし。あ、原作も好きだし……わあ〜初版の表紙の絵を初めて見ました。すごくセンスありますよね」

 そうにこやかに話すとほとんどのものが寝ていた。女子大生もソファーに横たわった。


 ペンションオーナーが一面を見渡す。全員寝ている。

「み、皆さんどうしたんですかっ。まだこれからって言うのに」

 主催者の男を揺さぶるが完全に寝てしまっている。他の人たちもそうである。


 もしかして、と奥にいる妻と息子たちを見に行く。家族でこのペンションを経営している。残りの家族のいる奥の台所に行く。


「ヒィっ」

 オーナーの妻と息子は死んでいた。血を流して。


「あぁぁあああぁあ」

 声は思った以上に出ないものだ震え上がるオーナー。


 ストーリーでもオーナー家族も従業員も死んでいた。オーナーは震えている。広間で寝てしまった客たちを早く起こして逃げなくては……電話は……線が切られている。これもストーリーと同じだ、それは覚悟していた。電波が悪い。昔よりかはマシになったらしいが大吹雪では外は猛吹雪。


「あぁ、ストーリーでこの猛吹雪に中ペンションの中で次々殺人事件が起きた。まず最初に宿泊者の全員に睡眠薬が盛られ、1人だけ飲まなかったオーナーが台所に行くと家族は死んでおり、再び応接間に行くと……あぁ、小説通りとしたら!」


 オーナーは急いで応接室に戻った。







 +


 あぁあああぁあああ




 きゃあぁああああぁぁぁあ




 うあぁぁぁぁああああああ




 女子大生の杏果は宿泊する自室の部屋のベッドに横たわっていた。

「私、ただ泊まりに来ただけなのにー。他のペンション空いてないから泊まったらミステリーオタクばかりじゃん。てか隙を見て部屋まで来たけど……こわいよお」

 そう、彼女は他の客のようにペンションが舞台をモデルにした小説でもその映画でも映画に出ている役者でもミステリーのオタクでもなんでもない、ただ旅行中に宿がなくなりたまたま空いていて泊まってただけである。


 さて寒いからだを温めようとしたところ大きな暖炉の前で宿泊者が集まり、大きなスクリーンの前にみんなが賑わっており、なんのことかと思ったら小説の話やそれの映画化されてその出演者やアイドルの話で盛り上がっており、中にはミステリーのことを語り出すものもいて用意された食事も宿泊代に入っているから食べざる終えなかっただけにその中の輪に入るのはとても複雑な気持ちであったのだ。


 部屋のドアが開いた。

「なんでっ」

 彼女の前に立っていたのは30代の女性司書。彼女の持っているのは暖炉の上に飾ってあった斧。それにも大量の血がついている。

「なんであなたは眠らなかったの……私と同じようにコーヒー飲んで寝たふりをしていたの?」


 そう、杏果はこの女性司書がみんなのコーヒーに何かを入れているのを見たのだ。それを見てしまったら怖くて飲めなくなり、最初に口をつけた60代の女性が眠ってしまったのを見てやはり、と思って飲まずに最後自分が話した後飲んだふりして寝たふりをしていたのだ。


 そしてオーナーが悲鳴を挙げたと同時に図書館司書の女性が立ち上がってオーナーを殺し、原作と同じように玄関に彼の遺体を置きに行った隙を見て杏果は自室に逃げたのだ。


 それから一階で寝たままであろう、客たちが次々と殺されて行く声をずっとこの部屋で聞いていたのだ。


「なんでこんなことをしたのですか」

「私、婚約者に振られて。同じサークルだった男と十年付き合ったのに、一度彼の子供を下ろしたのに、他の若い女が好きなたって言われて捨てられた……」

 女性司書は涙を大量に流していたが返り血と一緒に混じり合って赤い涙を流しているようであった。


「だからといって見知らぬ皆さんを巻き添えにして死ぬなんてだめじゃないですか。作品の名に傷がつきます。あんだけ皆さん推していたのに。ここに来てない多くの推しの方たちも、作家さんも、出版社さんも、俳優さんも、監督さんはじめ多くの人たち、そしてこのペンションのあるこの土地の人々たちも悲しみます」

 杏果がそういうと


「婚約者はその作家よ。ようやく映画化されて有名な俳優さんやアイドルが出演したから推しの人たちが原作を買ってくれて重版もされて他の作品も売れて彼自身の推しも増えていい気になって若い編集者とデキ婚! 腹が立ったからこの作品に傷付けてやろうって思ったの!!!!」

 そう言い放ち、錯乱している彼女は杏果に向けて斧を振りかざされた瞬間……。


 どすっ


 女性司書の動きが止まっててから斧が落ちた。そして膝から崩れ落ちた。絶命している。血の海がどんどん広がる。彼女の背中に斧を突き刺したのはオーナーであった。

「せっかくここの経営もうまくいったのに、あぁ」

 オーナーもそのまま倒れ込んだ、彼も血まみれであった。


 オーナーは子供の頃に見たとあるペンションで起きた殺人事件を扱ったゲームに憧れて妻の叔父から譲り受けたペンションを経営し、有名作家に目をつけられ殺人事件の舞台のモデルになったことはとても喜んだ。でも家族たちはあまり嬉しくはなかったが小説発売、映画化そしてドラマ化に至るにつれて経営不振だったペンションも景気が良くなってきたところであった。

 と杏果は来た際にオーナーから話を聞いていたのを思い出したのだ。


 他に泊まる宿がなく、猛吹雪の中、車で寝泊まりを覚悟していた杏果であったがオーナー夫婦が快く自室を空けて泊めてくれたのだった。そしてこうやって身勝手な殺人鬼からも救ってくれたのだ。


「オーナーっ!!!」

 杏果は涙が止まらなかった、外の猛吹雪のように……。







 +

 オーナーを含む従業員である家族3人、宿泊者7人の遺体が運び出されていた。生き残っていた女子大生がいたが、無傷で通報したのも彼女であった。

 死亡のまま逮捕されたのは30代後半の女性。動機は不明だが覚醒剤を使用していたため錯乱して他の宿泊者に襲い掛かったとのこと。


 杏果はそんな中生き残ったが、実際は犠牲になった人たちが映画や原作通りの場所で殺されていた。作品の名を傷つけないようにと場所を移動させた。とてつもなく辛い作業であったが……。


 例の映画は近日DVD発売予定だったが大量殺人事件もあったため延期を検討されたが原作者をはじめ役者や多くのファンたちがペンションのオーナーが女子大生を救ったことを讃え嘆願書までも贈られ出版社および映画製作会社は予定通りDVDを販売をすることが決定した。

 ファンたちの力はすごいものである。杏香があの時の生き残りとしてSNSに書き込んだのだがファンたちが一気に拡散した結果である。


 そしてDVDのエンドロールの最後にはオーナーの名前も添えられた。



 しかし作者は婚約者とともに事故で死んだ。杏果はそのニュースを見てなんともいえない気持ちになった。




 彼女は今、ペンションのオーナーを引き受け、当時恋人だった男性と経営している。やはり今年もあの作品のファンや役者のファンたちがいつものように暖炉の前で語らっている。


 前とは違ってるのは事件現場ともあってさらにミステリーが好きな人たちが増えたり、殺人事件現場マニア、霊が見える人や先日は除霊動画クリエイターという人も来てその動画がネットでアップされるとさらに予約は増えてきた。


 みんなで推しや好きなものを語らうのを微笑ましい光景であり、もうすっかり彼女も原作と映画のファンでもある。


 色んな推し、色んな想いをたくさん聞いたからでもあった。


 が、とある日。1人の女性客が彼女の夫のコーヒーに何かを入れたのだ。杏果は見逃さなかった。


 彼女はごくり、と唾を飲み込んだ。




 ただのガムシロップだったようだけど。


 終

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おしたちの夜 麻木香豆 @hacchi3dayo

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