最推し勇者に世界を救わせるため、大魔王は世界破壊魔術を35分前に起動する!

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

我が最推しの名を聞くがよい――勇者である!

「よくぞここまで来たな、勇者よ!」


 我、大魔王アザナエルは魔界の玉座にでんと構え、飛び込んできた勇者を歓迎した。

 本当、うん、よくぞここまできたという感じだ。

 思えば長かった。


 初めはただちょっと、正義感が強いだけの村人でしかなかった貴様が、たまたま近くを通りかかった姫を我から助けるために聖剣を手にして……うん、いろいろあったな!


「貴様に差し向けた第一の刺客、大火炎巨獣ベーモスを、貴様が勇気と機転を利かせ、体内から破壊したときには、驚きを隠せなかったものだ……」

「何のつもりだ、大魔王! おまえが世界破壊魔術の準備をしているのは解ってるんだぞ。時間稼ぎのつもりなら、そうはいかない! 俺はここでおまえを倒して、みんなを幸せにするんだ!」


 ツンツン髪の、まだ幼さが残る少年は、勇ましく声を上げる。

 うんうん、わかってる。

 我が世界で一番貴様のことは解っている。


 みんなと言っているが、じつは王城で待っている姫を一番に案じているのとか、彼女も全力で貴様の無事を祈っているのとか、凄いくる。たぎる。尊い。マジ寿命伸びる。我、不老不死だけど。


「時間稼ぎだと? 我は大魔王ぞ。そこらの悪党が気持ちよくなってべらべら悪行を解説するのとはわけが違う。世界破壊魔術なら……三十五分前に発動した」

「え?」


 いや、え? ではなく。

 そのくらいの計画性、我にだってあるし。


「いや、だって……世界破壊魔術って、一回動き出したら止められないんだろう……?」

「うむ、さすがだな勇者」


 メッチャ勉強してきてるやん! はぁー、マメ! そういうところ好き!

 などと思いつつ、しっかり説明をしてやる。

 そのために、わざわざ事前に魔術を起動したのだから。


「世界破壊魔術は、一度起動すると連鎖的に術式が起動していき、周囲のエーテルを無際限に食い散らしながらすべてを破壊する。最終的にはこの世界の消滅に繋がるだろう。動き出したこれを止めることはもちろん不可能で――さあ、どうする勇者?」


 貴様の勇気を見せてみろ!

 これまでの冒険でつちかった叡智えいち

 始まりの日から握りしめてきた聖剣と勇気!

 仲間との絆!

 なんかそういうキラッと眩しいものを全部束ねて、我の企みを阻んでせよ!


 そのために、今日まで我はいっぱい準備をしてきたのだからな!

 宝箱の中にアイテムを仕込んだり、モンスター達が負けたあと金銭を落とすように魔術をかけたり、そうして貴様の装備や身支度を調えさせて……うん、凄い大変だったが、貴様はここまでよく頑張った!


 さあ、次はどうする?

 どんな輝きを我に魅せてくれる?

 さあ、さあ、さあ……!


「無理……もう、だめだ……」


 期待値マックスハートの我を差し置き、急に崩れ落ちる勇者。

 は?

 ちょっと待て。

 なんで床に突っ伏してるの?

 なんで泣いてるの?

 え、ちょ……ひょっとして……。


 心が、折れかけてる……?


「た――立て、なにを無様を晒している勇者!? 貴様、世界を救うのだろう!?」

「で、でもぉ、起動した魔術は止められないんだろぉ? それって詰みってコトじゃん! 俺の力じゃどうにもならないよ……!」

「――――」


 大魔王ショーック。

 勇者の泣き顔はそりゃあかわいいし、いま百枚ぐらい記録魔術で撮影しているけれどさ。

 いやいやいや。

 違う、ここで諦めるのは違うぞ、勇者?

 絶望的状況で立ち上がってこその勇者。

 大いなる力には大いなる責任がつきまとう的なアレ!

 スタンドアップビクトリーだ!


「貴様、城に残してきた姫君がどうなってもいいのか?」

「いいわけないけど……」

「おなかの中には、貴様の子がいるのだぞ!?」

「は!? なんでおまえがそんなこと知って――」

「理由などどうでもいい! 我が子のために頑張ろうとは思わんのか!?」

「――――」


 一喝すると、勇者は一瞬泣き止み。


「でもなぁー」


 またすぐに、ぐてーと崩れ落ちた。


「対処法がないじゃん?」

「貴様の自慢の聖剣で魔術を叩き切るとか、あるじゃろ!」

「でもこれ、俺の勇気を吸って力に変える武器だし、いま気落ちしてるし」

「いける、いける! 自分を信じろ勇者!」

「そもそもどうして俺なんかが勇者になっちゃったのかなぁ……みんな期待してくれるのは嬉しいんだけどさ、利権がどうのこうのとか難しい話いっぱいするし……女の人にモテるのも嬉しいけど、その後ろに必ず怖い貴族の人とかいるんだよ……なんか、なんだかさー」


 そうだねー。

 人間って醜いねー。


「だが、貴様はそれらを守ると決めたのだろうが」

「……俺が悪いんだと思うんだよなぁ。きっと至らない点がいっぱいあってさ、勇者としての品格? みたいなのが求められてて」


 悪いのは社会!

 貴様じゃなくて世界とかのほうが悪いやつだよそれ!

 くっそー、我の勇者をいじめやがって、やはり破壊すべきじゃろこの世とか!


「とはいえ」


 このままでは勇者も我も死んでしまう。

 我が死ぬ分にはどうでもいいし、勇者が最後まで生き足掻いて死ぬのなら、それはそれでとても美味しい。

 しかし、挑戦する前からメンタルバッキバキでは、我としても立つ瀬が無い。

 

 どうするかなー。

 どうしようかなー。


 思案している間にも、我の背後では魔術が膨れあがり、偽装を突破して、いよいよこの世に破壊をあふれ出させようとしていた。

 ……致し方ない。


「『その手が剣をる限り、あなた真の勇者なのです。他の誰が疑おうとも、あなたは絶対に勇者なのです』」

「――! そ、それは。俺が初めて聖剣を手にしたときに聞こえた、導きの声! 何故知っているんだ大魔王!」

「ふふふ、知らなかったのか? 大魔王はだいたいのことは知っている」


 ずっと見てきたからな貴様のこと。

 というか、我だからな、この台詞考えたの。

 聖剣作ったのも我だし。


「よいか、勇者。これだけの絶望の渦中に身を置きながら、それでも貴様は決して聖剣から手を離さなかった。つまり、貴様はいまだ勇者なのだ」


 ゆえに、活路はある。


「真の勇者は勇気あるもの。そして聖剣は勇気を力に変える。これは――ぶっちゃければ世界破壊魔術の無限破壊回路と同じ仕組み! 即ち」

「そ、そうか! 俺の勇気を呼び水に、破壊魔術の力を聖剣に吸収すれば……!」

「くはははは! 愚か者め! ただ吸収しただけではいずれ限界が来て聖剣ですら壊れるわ! だが、もしも力を放出する先があれば話は別だがな。我も無限破壊とか喰らったら厳しいものがあるし!」

「…………」


 深く考え込む勇者。

 いいぞ、いいぞ、ちょっと上向いてきた。

 ここで我、ダメ押しの言葉を放つ。


「ふん、しかし……貴様がそこで這いつくばっている限り、打開の目はゼロだろうな。我は世界を滅ぼし、貴様の大切な人々は塵と化すだろう」

「そんなこと……そんなことは絶対にさせない! ……見えたぜ、未来を掴む勇気のしるべが!」


 聖剣を床について立ち上がった勇者は。

 こちらへと剣先を向け、キッとまなじりを決した。


「俺を支えてくれた人たちは善き人々だ。彼女たちはみんな、素晴らしい命を持っているんだ! それを台無しになんてさせない。大魔王、俺はここで、おまえを倒す! そして世界を救って、幸せに暮らすんだ……! いくぞー!」

「その意気やよし! きませい!」


 ダッと地を蹴った勇者は、瞬間光の速度となって我へと斬りかかってくる。

 聖剣の一撃をいなしつつ、我はほくそ笑む。

 そうだ、これだ。

 この実直さが。

 なんだかんだと泣き言をいいながら、それでも誰かのため戦う姿に、我は尊味とうとみを感じたのだ。

 だから、貴様の真の狙いが我ではなく、背後の世界破壊魔術であることを解っていてもスルーする。


 聖剣が術式を切り裂き、その力を吸い上げていく。


「うぉおおおおおおおおおおおおお! これが、勇気だぁああああああああああ!!」


 無限破壊の力を内包した聖剣が。

 膨大な力で全身を粉々にされるような痛みを感じているだろうに、臆することなく突っ込んでくる勇者の叫びが。

 我にはただ、愛おしくて。


「こい、勇者! 我はその一撃で死ぬぞ……!」


 我は、確かにその一刀ゆうきを、受け容れたのだった。


 ――はぁああああああああ!!!!

 勇者メッチャ尊い! 素敵が濃い! ものっそいキラキラしてる眩しい!

 これこれこれ! これを味わいたくて我メッチャ頑張ったから!

 いや、我なんかより勇者頑張りまくったからね! 本当、本当グランドフィナーレだよ!

 ありがとう、ありがとう勇者、これで逝けるとも!


「ぐわぁあああああああああああ!」


 断末魔をあげながら。

 我は多分、長い寿命の中で一番晴れやかな笑みを浮かべて、消滅したのだった。



§§



 それから、なんやかんやあって、勇者は世界を救った英雄として国に凱旋した。

 姫との間に二人の子も生まれ、順風満帆な余生を送るはずだった。

 だったのだが……


「どうしてだ……俺は、みんなのために戦っただけなのに……」


 なんか勇者の力を怖れたり、金とか名誉とか地位とかを奪われたくない奴らがよってたかってあの少年を国から放逐しようとし始めた。

 おいおいおい、やっぱ人類って醜いわ。


 無論、そんな暴挙、許せるわけがない。


 故に我は、虚無から復活する! 地の底、黄泉の国から這い上がる!

 無限破壊? 知らん知らん! そんなことより勇者が大事だ! 気合いで押し切れ!


「ふははは! 愚かな人間たちよ! 我をいまここに甦ったぞ! 再び世界を暗黒に閉ざしてくれよう。抵抗は無意味! 我を倒せるのは勇者だけなのだからな……!」


 とまあ、これだけお膳立てをすれば、愚かな人間たちも勇者を頼るだろう。

 我はまた玉座にて、勇者の旅を見守るだけだ。


「絶対にゆるさいないぞ、魔王め……!」


 再び聖剣を手にした勇者を、遙か彼方から見詰め。

 我は、初めて彼と出会ったときのことを思い返す。


 我を魔王だと知りながら、姫を守るため棒きれで斬りかかってきた、真に勇気ある少年のことを。


 さあ、今度はどんな、胸躍る冒険を見せてくれるのか。

 貴様は、どれほどの勇気を示してくれるのか。


 我は本当に。


 ――楽しみである!

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最推し勇者に世界を救わせるため、大魔王は世界破壊魔術を35分前に起動する! 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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