推し活はランチのあとで KAC20222【推し活】

霧野

ザコ先輩は押しが弱い

 12:00を待って、僕は更新ボタンをタップした。

 トップページを確認し、斜向かいのデスクで事務作業をしている先輩にを告げる。



「バーカお前、それは『うしかつ』じゃなくて『ぎゅうかつ』って読むんだよ」


 語尾に w が付いていそうな口調で、先輩は僕をせせら笑った。



(馬鹿はてめーだ。脳みそフライング昼休みか)


 そう言いたいのをグッと堪え、僕は淡々と言葉を返す。下手に揶揄ったりすると後が長びくのだ。


「『うしかつ』じゃなくて、『 お・し・か・つ 』です。ファンが応援する活動、みたいな」

「……ああ、『推し活』ね。お前、発音悪いよ」



(悪いのはてめーの耳と頭だ。大体今の場合、発音じゃなくて滑舌という方が適切じゃないのか?)


 そう言いたいのをグッと堪え、僕は自分の作業に戻った。


 この先輩、ちょっとタチが悪い。

 偉い人に対しては何も言わないけど、普段からナチュラルに人を見下しているので、間違ったのは自分でなく相手だと決めつける傾向があるのだ。

 そもそも小説のお題が「牛カツ」なわけないだろ。そんなピンポイントなお題があってたまるか。ちょっと考えてから喋れば、無駄な恥をかかなくて済むだろうに。

 挙句、自分が間違えたとわかればこちらに責任転嫁だ。ああ、めんどくさい。



「う〜ん、『推し活』かぁ。人と被りそうだし、書きづらいお題だなぁ。運営さん、勘弁してよぉ」


 聞こえよがしにブツブツ言っているが、無視する。年度末、新米の僕だって結構忙しい。この作業をとっとと終えて、昼休みにしたい。腹減った。


「こういうのは早く出した方が得だからなぁ。後出しで被って、真似したと思われるのも癪だし」



(癪もなにも、てめーの小説なんて閲覧数ザコじゃん)


 デカすぎる独り言に加え、チラチラと視線を感じるが、やはり無視する。

 「自分、実は小説書いてます」アピールがうざすぎる。読んで欲しいならそう言えや。読む気ないけど。


 サクサク作業を進めていると、先輩がデスクの島を回り込んでわざわざこっちへやって来た。ちょっと、勘弁して欲しいのはこっちだよ……



「推しと言えばさぁ、この作家、知ってる? 俺の推しなんだけど」


 先輩のスマホ画面にチラリと目を遣り、「知りません」とだけ端的に告げて作業に戻る。茶番に付き合うつもりはない。


「ってか先輩、スマホ持ってんならお題とか自分で調べてくださいよ」


 冷静かつ穏やかに正論を放つと、先輩はモゴモゴ言いながら自分のデスクに戻って行った。案外打たれ弱い。

 どうせ『かくよむ』のこと話すキッカケを作りたくて姑息な真似してるんだろうから、流石にバツが悪かったんだろうな。



 先輩が見せてきた ” 推し ” 作家とやらのプロフィールページ。


その『神楽坂@リュート』とは、この先輩自身のペンネームであることを、僕は知っている。前に先輩が画面を開きっぱなしで居眠りしていた時、偶然見てしまったのだ。


 神楽坂@リュートて! どこのホストだよ。しかも真ん中の@、要るか?


 要するにこの先輩、しらばっくれて自身の小説を「セルフ推し活」しようとしているってわけ。でも、作品タイトルを見るまでもない。ネーミングのセンスからして、間違いなくつまらないだろう。


 そして先輩は、僕が『疾風☆まかろん』というペンネームの「よむよむ」さん、いわゆる読み専であることを知らない。




 作業を終えデスクを片付け始めた僕に、また先輩が擦り寄ってくる。


「あ、メシ行くの? 俺も行こっかな。何食べる?」


 一緒にメシ? とんでもない。昼飯を食べながら推し作家さんの作品を読み耽るのが、何よりの楽しみ。僕の憩いの時間なのだ。



「今日は牛カツにしようかと。さっきの話で食べたくなっちゃって」


 先輩はちょっと頬を赤くして気まずそうに目を逸らした。メンタル弱いな。


「じゃ、お先に昼休憩行ってきます」




 さーて。推し作家さんたちは『推し活』のお題でどんなお話を持ってくるかな。楽しみでたまらない。レビューの腕が鳴るぜ。


 僕は疾風の如く牛カツ屋に向かいながらスマホを取り出し、『疾風☆まかろん』のページを開いた。





おしまい



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作者注 : 3月4日 15時の時点で、「神楽坂@リュート」と「疾風☆まかろん」というアカウント名は存在していないことを確認しております。念の為。

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