第8話

長い木の棒の先端をナイフで削っていると、月比古と子供達が興味深そうにじっと見てくる。

ブンジとチヨミが食事の準備をしている間、特にやる事が無かったので私は壊した責任として槍を作る事にした。

槍と作ると言っても穂先を付け替えるだけだ。

鍛冶屋が穂先を交換しているのを何度か見た事がある。

やった事はないが、付け替えるぐらいは私にもできるだろう。

先端の穂先を木の棒、柄に着ける方法は袋式と茎式の二通りある。

穂先の根元を柄の先端に差し込むか、ソケット状になっている根元をかぶせるかの違いだ。

余談だが飛州国では、差し込む方を槍と呼び、かぶせる方を矛と呼ぶそうだ。

ユサールでは、突く事のみに特化した穂先が付いているものを槍と呼び、幅広で両刃の剣状の穂先を取り付け、突くだけではなく斬る事にも使えるものを矛と呼ぶ。

ユサールでは槍も矛もかぶせる袋式だ。

ブンジの槍は、細く鋭く突く事のみに特化した袋式だ。

飛州国の基準では矛になり、ユサールの基準では槍になる。

ただ飛州国ともユサール国とも違う点は、観賞用の武器かと見間違うほど丹念に打たれ磨き上げられているという事だ。

これも価値観の違いなのだろうと興味深く観察していると、穂先の根元に文字が掘られていることに気が付いた。


「うん?これ、朝倉の槍じゃないか」

「どうしたん、姉さん」


私の刀を打った刀匠と同じ名前が槍には彫られていた。


「朝倉の銘が打ってあるって事はこれは扶桑の槍って事だよ」

「へぇ、そーなんだ?」


月比古はいまいちピンときていない様子だ。

隣国の武器が流れてくるという事はそれほど珍しくはない。

実際私がユサールで使ってた剣は、隣国の大津国で製造されたものだ。

初陣の時に支給された剣が折れたので大津国の兵から拝借し折れるまで使っていた。

切れ味が物凄く悪い剣だったが、多くのユサール軍人と同じように私も武器にこだわりを持っておらず、折れるまで修理する事もなく使い続けた。

剣なんてどれも同じで、鉄製の鎧を剣で斬る事ができるなんて思っていなかった。

そんな私の常識を変えたのが扶桑国の武器である刀だ。

侍と呼ばれる扶桑国の戦士達と共闘した事がある母によれば、侍は刀を使ってフルプレードで武装する重剣士を頭から縦に切り裂いたというのだ。

剣豪が一人いたという話ではなく、刀の扱い方に特化した侍はみなそれが出来るというのだ。

だからこそ私は扶桑国を目指し、侍の技を習得する事にしたのだ。


「あれ・・・?」


自分が刀で鎧を真っ二つにする妄想をしながら、穂先を新しい柄の先端にはめると、わずかに隙間が出来ており、穂先はぐらぐらしていた。

どうやら削りすぎてしまったようだ。


「姉さん、それ隙間できてね?」

「姉じゃないシグリットだ」

「ごまかしてんじゃん、それ絶対ダメでしょ」


この男はねちねちと、穂先なんて抜けなければなんでもいいだろう。

隙間が出来たらそこに木を差し込んだり、ハンマーで叩いてつぶせばいいだけじゃないか。

だいたい私は鍛冶屋ではない、騎士だ。

武器を使うのが専門で武器を直すのは専門外だ。


「槍直せるんだって感動しながら見てたのに!僕の感動を返してよ姉さん!!」

「うるさい!」

「いたい!なんですぐ殴るの?!」


結局、私の失敗した槍の修理はブンジの息子ショウタが器用に修正してはめなおした。

そんなやり取りをしているとすっかり日が暮れてしまった。

火を起こしたせいで少し煙たくなっているテントに入ると、料理の準備ができていた。

料理といっても馴鹿の肉を焼いたものに、馴鹿の乳を使った乳白色のスープ、それから硬いパンのような、パンと呼び難いそんな硬い食べ物という質素なものだった。

馴鹿とはテントの周りに群れている鹿の事で、私達が見た巨大な鹿以外にも小さな個体もいた。

小さな馴鹿は食肉用だが、滅多に食べる事はないらしい。

大きな馴鹿は仲間意識が強く食肉にしようものなら群れで襲われるそうだ。

食肉にではできないが、乳を飲むことができるし大きいだけに立派な角が生え、その角は高値で売る事ができるそうだ。

出された料理は美味しいかと言われれば、とても野性的な味と答えるしかない。

それにコップで出された水は少し濁っていて、飲むのを少しためらった。

意外にも月比古は順応し美味しい美味しいと言いながら食事を楽しんでいる。

月比古の持っていた食事の方が遥かに美味しかったのに不思議な男だと思った。

日が暮れればブンジ達は寝る時間だというので、私達もテントを貸してもらい久しぶりにベットに潜り込んだ。

これからどうするとか、詳しい話し合いは明日陽が昇ってから話し合う事になった。

彼らは食べるものも馴鹿ならば、テントの素材も馴鹿、もちろん布団は馴鹿の毛皮と馴鹿尽くしの生活だ。

どうにも獣臭くて気分が少し下がるが、彼らに出会わなければ飢え死にしていたので、贅沢を言うべきじゃないと頭に言い聞かせ、布団にもぐった。

そういえば初陣の時も似たような感想を抱いた気がする。

やれベットが硬いだの、食事がまずいだのと、副官を困らせた。

つくづく自分は貴族の娘なんだとこんな所で痛感させられる。


ンゴォオオオオオオオ!!!


情けないやつと見下していた月比古は、隣のベッドで大きないびきをかきながら寝ている。

なんとも図太い男だ。

いや、というか・・・。


「うるさいんですけど!」

「んご・・・、うるさいの姉さんやんけ。もう、何時だと思ってんの」


コイツ・・・。

結局私は朝まで月比古のいびきに悩まされ満足に寝る事が出来なかった。

これなら外で寝た方がましだったかもしれない。

日が昇ると同時にブンジ達は馴鹿の世話をする為に活動を始める。

思えば私は馬に乗る為に馬術を習ったが、馬の世話を習った事もやった事もなかった。

蹄をつけるとか、厩舎の掃除をするとか、馬を洗ってあげるとか、きっと私が知らない所でもっと多くの世話をする方法があるのだろう。

私は厩務係が連れてきた馬に乗り、降りたら厩務係に預けるだけだ。

騎士の中には愛馬を可愛がり自分で馬の世話をするものも少なからずいたが、私はそれほど愛着を抱いたことがなかった。

申し訳なくなり手伝いを申し出ると水を汲んできてほしいと頼まれた。

もちろん馴鹿の世話と言われてもできるわけがないので、私にもできる簡単な仕事で助かったと、そう思っていた。

だが実際には水をくむだけでも大変な作業だった。

この何もない平原では水を得る事すら苦労するのだ。

ブンジの娘チトセと一緒にバケツとお皿を持って、水を汲みに行く。

川は何処にもない、にじみ出る様に水が湧き出ているだけだった。

僅かな水をお皿で何度も救い木のバケツに入れる。

これほど大変な生活をしなければ彼らは生きていけないのだ。

何故水の豊富な場所に住まないのかと思ったが、その答えは簡単だった。

この地はダークネスシャイン帝国、剣紋章民族に支配されているのだ。

豊かな場所で暮らそうものならすぐに奴隷狩りがやってきて、あっという間に全員が奴隷に堕とされてしまうのだ。

もちろん平原なら馴鹿の餌に困らないという理由もあるのだろう。

だが彼らは人に寄り付かないこの何もない平原に住み、いつでも逃げられるようにテントで暮らしているのだ。

大陸に他民族を受け入れる国家などほとんどない。

受けいれた紋章民族がどれだけ良き友人だったとしても、紋章民族は王に逆らえないのだ。

王の一声、王命によって彼らは自らの死もいとわない狂乱の兵士と変わり果てる事もある。

実際にユサールに暮らしていた紋章民族に王が降り立ち民の声を聴かずに反乱を起こした事があった。

ユサールは巨大な軍事国家だ。

王はすぐに討伐され、その紋章民族は滅びたと言われている。

500年以上前の話だが、ユサールは今でもその危険を内包している。

すぐに鎮圧できるだけの軍事力があるからこそ、他民族を受け入れているのだ。

それはおそらく、ダークネスシャイン帝国でも同じことだろう。

王の一声で奴隷たちが反乱を起こしても鎮圧できる自信があるのだ。

そんな事を考えながら水をすくっていると、チトセが声をかけてきた。


「お姉さんはどうしてそんなに強いの?」

「姉じゃないシグリットだ」


反射的に否定してしまった。

月比古のせいで変な癖がついてしまった。

チトセから見れば私は十分にお姉さんと呼べる年齢だ。


「えっと、シグリットさんはどうしてそんなに強いの?」

「たくさん訓練したからよ」

「私も訓練したら強くなれるかな?」

「えぇ、もちろん」


周囲の期待もあったが、私は剣を振るうのが好きだった。

母のように、姉のように強くなる事に憧れて毎日訓練していた。

チトセと同じ年の頃には、同年代で私に剣術で勝てる者はいなかった。

それでも不十分だと私は一日も欠かさず剣を振るい続けた。

だからこそ、爵位を貰えるほどの武功を立てる事が出来たのだ。


「姉さんは確かに強いけど、馬鹿だから真似しちゃだめだぜ」

「お前ほどじゃないわ、阿呆が!」

「そう何度も殴られてたまるか!」


走って逃げだす月比古を追いかけてるうちに、すっかり昼時になってしまった。

結局午前中私がやった事といえば、槍を直そうと失敗して、水汲みを忘れて月比古を追いかけまわしただけだった。

どうにもこうにも調子を狂わされる。

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ミュステリオン 柚原比奈子 @derwent4014

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