決戦、GANRYU島
薮坂
巌流 vs 二天一流
慶長十七年、四月十三日。
一艘の小舟が、ひとりの武芸者を乗せてある島へと向かっていた。島の名は船島。小倉藩に位置する無人の島である。
その日の天気は穏やかであれど、しかし波は高かった。風に煽られた潮が吹き抜け、武芸者の男と船頭の顔を静かに濡らしていく。男は舌を出し潮を舐めとると、僅かにその眉を曇らせた。
男の横顔を目の当たりにした船頭は、途端に謝った。自身の操る舟が遅いと咎められた気がしたからだ。
「……お侍様、すいやせん。今日の波は思ったよりも高ぇ。これじゃあ、約束の刻にゃあ着かんかも知れやせん」
「構わぬ。もとより気の乗らぬ果たし合いよ」
「果たし合い、てぇのは」
「武芸の指南役として城仕えになったはいいが、先達がいてな。名を佐々木小次郎、巌流を使う
それは市井に住む一介の船頭にさえ憶えがあった名だ。小倉藩主、細川忠興が召し抱えた剣術指南役。その佐々木とこの男が果たし合いをするなど、一体どういうことなのか。驚きの表情を浮かべた船頭に、武芸者の男は続ける。
「儂の弟子と小次郎の弟子が、些細なことで諍いを起こしてな。小次郎の弟子が儂を小馬鹿にし、それに怒った儂の弟子が刀を抜いたらしい」
「お城の中で、刀を抜くたぁ……」
「儂は悪口など構わぬと諭していたのだが。しかし事が事、こうなっては双方の長が収めねばなるまい。それにまぁ、なんだ。城の方でも、指南役は二派もいらぬと言う意見もあるようでな」
「それで決闘するんですかい。お侍様は、佐々木様と」
「建前は、互いの弟子の不始末の引責。しかしその実、どちらの武がより優れているか果たし合いにて決することに相成った、という事であろうよ。藩としても指南役か減るのは喜ばしいこと。出す禄を半分に減らせるのだからな」
男は面白くなさそうに吐き捨てた。しかし船頭には、男がどこか心の内で、この戦いを望んでいるように思えてならなかった。
その男が、身体を逸らして船頭に問う。とても今から果たし合いをするとは、思えぬほどの笑みで。
「親父、島へはあとどれくらいで着くのだろうか」
「半刻は掛かるかと思いまさぁ」
「では頼む。それともうひとつ、この櫂を貰ってもよいかな。使っておらぬように見受けるが」
「へぇ、そんなもんで良けりゃあどうぞ。でも何に使うんです、お侍様」
「打倒小次郎の武器よ」
「そんなもんであの佐々木様と……」
やりあえる筈もない。船頭は言葉尻を濁したが、武芸者の男は気を悪くした様子もなく、再び不敵に笑ってみせた。
「物事は、やってみぬまでわからぬものよ」
「大層、自信がおありのようですなぁ。ところでお侍様、お名前を教えちゃあ貰えませんか」
「……二天一流、宮本武蔵」
────────────
「双方、お揃いでございますな。では、先に申し伝えた通りの方式で決闘して頂きとうござる。無論、これは真剣勝負に候。巌流、佐々木小次郎殿。二天一流、宮本武蔵殿。双方、近寄られい」
船島の砂浜に程近い場所。そこに決戦の舞台は整っていた。中央に位置するは小倉藩士。上質な裃から相当の地位と見受けられる武士だ。その武士は、よく通る声で続けた。
「決闘に先立ち、まずは
「これはこれは。よもや立会人が出井様とは。この小次郎にとっては僥倖にござる。出井様の立会で負けたためしはない。これ幸い、幸い。宮本殿の遅参もこれで水に流せるというもの」
佐々木小次郎はにんまりとした笑みを浮かべた。対する宮本武蔵は、猛禽類を思わせる厳しい目つきだ。
じりじりと距離を詰める双方の顔を、再びちらりと見た出井。思わず、ぶるりとその身を震わせる。
それは無理もないことだ。今から命を懸けた決戦の、その立会人をするのだから。
「上様の下知どおり、銭の表裏にて先攻と後攻を決めるとする。表が出れば佐々木殿が先攻、裏が出れば宮本殿の先攻にござる。双方、異存は」
ありませぬ、と佐々木。ござらん、と宮本。それを聞いた出井は空高く、親指で銭を弾き飛ばした。
きんとした甲高い音が響き、空中へと舞う銭。暫く滞空した後、それは井出の手に再び収まった。
「……裏。宮本殿、先攻にござる。それでは正々堂々、いざ尋常に勝負を!」
出井の口上と共に、周囲に配置されたラウドスピーカーから重たいサウンドが迸った。ドフドフと腹に響く重低音。ドクドクと身体が脈打つベース音。アッパーには、小倉藩イチのヒップホップDJ・
ウッキャ キャッキャ ワキャッワキャ!
ワッキャ キャッキャ ウキャッウキャ!
──先攻、宮本武蔵。手製・木製のマイクを握りしめ、いざイン・ダ・ハウス。
◆
YO,YO! 意気揚々!
ここに登場 ここは戦場
俺が先導し扇動 湧かす船頭!
天下無双の呼び声高し
俺が噂のラッパー MC・MUSASHI!
対戦相手は戦々恐々
少々ビビらせ 過ぎた候?
相手の表情から心情わかる YO!
俺に勝てやしねぇ 負の感情!
俺の気分は上々に上昇
口上も淀まず 今日も完勝! yeah!
相手が悪かったな KOJIRO
お前に唸るぜ俺の body blow!
先攻のMC・MUSASHIが放つ鮮やかなリリック。インテリジェンスに富んだ押韻。その技量、紛れもない本物である。
しかしそれを真っ直ぐに受け、腕を組んだ佐々木は微動だにしない。そこから察するに、佐々木もまた実力者であることは疑う余地もない。
周囲にはDJ・出井治衛が刻む攻撃的かつ革新的なビートが、打ち寄せる波の如く押し寄せている。まさにエンドレス・ビート。
小節の打ち終わりを合図に、攻守交代。後攻、佐々木小次郎のターンが始まる。
◇
haー? ha? ha? ha?
散々待たせたのに 陰惨としてんな
爺さんみてぇなライム 研鑽してからどうぞ
噂のラッパー? パッパラパーだろ
てめぇのラップ ワックなトラップ!
薄いラップに 安いライム
おまけに遅れる バトルタイム
全くハナシにならねぇなムサシ
あれ間違った 宮本ムナシか? HEY!
虚しいてめぇに教えてやるよ
俺がKOJIRO マジの文字王
俺のフロウ ガチの切れ味
一刀両断 お前の首 YEAH!
わかったなら回れ右して
帰れ故郷へ 飾れ墓標を! YO!
KOJIROが放ったキレのいいカウンター・フロウ。フックの効いたそれは、まさに名刀・物干し竿の一撃である。これにはMUSASHIの表情が歪むのは必然であろう。
しかしMUSASHIもまだ負けていない。返す刀を容赦なく振るう。
◆
底が浅ぇよ コ・ジ・LOW
LOWなオトコ わきまえろ そこんトコ
脇まで 汗でグッショリなんだろ?
無理すんな 無駄無駄無駄!
お前の心 すぐに折れる細物
ポッキリパッキリ 砕ける安物
物干し竿だっけな お前の刀?
それなら干しとけ 洗濯物! WOW!
田舎者には ぴったりだせ YEAH!
◇
自己紹介乙 サンキュームナシ
どっちが小物か 決めようぜってハナシ
田舎者は むしろお前だろ
俺の流派は巌流 つまり一流 マジ風流DA
それに比べてお前の
二天一流? その名の通りの 2.1流
鈍い技のキレ 価値は紙切れ
それじゃ形ナシ ムサシ勝てる見込みナシ
残念無念 悟れ観念
負けて怨念 そりゃマジ勘弁!
相手の痛いところを突くライムが決まると、いつの間にか集まっていたオーディエンスどもが「WOOOOO!」と沸く。オーディエンスのフォローラウドは止まることを知らず、両者の支持は拮抗していた。そして迎える最終フロウ。
◆
俺の流派は二天一流
2.1流じゃねぇ超一流
お前の流派はそれ
癌は世の中から 駆逐されるべき存在
お前の原罪を断罪
する俺は逸材 まさにカンフル剤
そしてお前を蹴っ飛ばす
ぶっ飛ばす 言葉をかっ飛ばす
勝った後には もちろん羽伸ばす
芯から温もる ジェットバスでな!
◇
だいたい何だよその武器 木刀? HA?
マイクの代わりか マイったなこりゃ
それじゃ俺が圧倒 お前昏倒 脳震盪
そんなお前に捧げるぜ 黙祷! YO!
貧乏人ならではの選択
その木刀 全然切れねぇ
鈍い威力 低い攻撃力
おまけに魅力も知力もナシ
やっぱりお前はMISASHIじゃねぇ
どこまでいっても宮本ムナシ!
────────────
「それまで!」
出井治衛の声と共に、爆音が鳴り止んだ。音に身を任せていたオーディエンスたちの耳が籠り、あたりは静寂に包まれる。
「両者、九十秒に己の全てを注ぎ込む見事なフロウであった。さりとて勝負事にござる。勝者は常にひとり。まずはオーディエンスに問おう。先攻・宮本武蔵の勝ちと思う者ども、メイク・サム・ノーイズ!」
「WOOOOOOOOOOOOOO!」
「後攻・佐々木小次郎の勝ちと思う者ども、メイク・サム・ノーイズ!」
「WAAAAAAAAAAAAAAA!」
「両者拮抗! まさに激闘! 最終ジャッジは上様にござる。上様、勝者はいかに?」
「うーん、知名度でMC・MUSASHIで。有名だもんねこの人。よく知らんけど。そんじゃこれからも剣術指南役とフリースタイルMCの二刀流、よろしくお願いしまーす」
こうして「二刀流MC・宮本武蔵」が世に広く知られることになったのである。
【終】
決戦、GANRYU島 薮坂 @yabusaka
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