職業料理人ですが、記憶を失いました。―ちなみに前世の記憶は戻ったし、事務職だった件―

ムツキ

◆ 記憶喪失は専門職以外でお願いしたかった ◆


「なにか美味しいもの食べたい」


 お嬢様が仰った。

 時刻は、ちょうど昼時。

 具体案がないパターンへの困惑。せめて辛いか甘いか、魚か肉か、麺かパンか、少しでいい、指定がほしい。

 そう、こちらこそ『何か』正解へのヒントがほしい。



 かつての同僚は言っていた。


「なにか、美味しいものってさ。正解ないのよね」


 あの頃の私は「家での料理担当者となった側がよく零す系の愚痴だな」って程度の、所詮は他人事だった。



 まさか、あたしにかかってくるとはー!!!!



 実は、転生者です。

 さっき頭を打ったらしく、目覚めて一時間で理解した。前世も全て思い出し、周囲の状況から自分が転生者である事は納得した。



 だが、どうする?

 今世の記憶は全て忘れた。

 脳の容量、小さすぎないか?

 何故忘れるんだ。

 どうしろというんだ?

 よりによって専門職、しかも料理人らしい事も知ってしまった。

 本当に、どうするんだ?



 コンビニ弁当多めの自炊してた社会人、しかも事務職。料理への造詣などない。安くて早くて、作る時は多め、数日分弁当に詰められればソレでOK。そんな程度だ。

 Youtuberの料理動画を見ては「これ旨そ」って作ったり、料理行程を見せてくれるアプリで「これ簡単そ」って具合に料理してた程度だ。


 ここは、とある王国の貴族の邸宅――しかもデカい。

 つまり何が言いたいかといえば。



 あたしが、お貴族様の料理人とか!! 色々と足りてないよねぇぇええ????

 頼む、スマホを!! スマホをくれ!!!!

 料理なんて、一般的なモノしかできない。しかもスマホなし、どうやって作る?



「大丈夫かい?」


 異世界転生だと気付いた『キッカケ』が、声を掛けて来た。

 カエルだ。

 カエルがかなり豪華な中世的服を着ているのだ。しかも周囲の話では、彼が回復魔法で治療してくれたというのだ。

 カエル、人間サイズ、豪華衣裳、しゃべる、魔法、パニック以前に思考停止もしたし、何だか分からない挨拶もした気がする。とにかく狂った状況だった。そのおかげで、他の色々な事がどうでもよくなったともいえる。

 その隣にはこの家のお嬢様ことシャーロット様が、これまた映画で観るような煌びやかで派手なドレスを着て立っている。

 納得するしかないだろう。

 ここは異世界だ。


「ありがとうございます、もう大丈夫です」


 咄嗟に答えたが、失敗に気付く。体調不良を理由に料理から逃れるべきだったのだ。いや、回復魔法などというモノがある時点で終わってる。

 料理人に相応しくない料理しかできない者の末路はどうなるんだろう。



 クビか?

 クビだよな?



「あの、でも本当に! 何も思い出せなくて……」


 慌てて付け足すも、お嬢様はいう。


「身体が覚えてるでしょ。問題ないわ」



 覚えてねぇーよ!!!!



「あの、お嬢様……どういったもの、に……致しましょう? 甘い、とか……辛い、とか」


 せめてのヒントを求める。


「両方ね」



 おぅふっ!!!!

 貴族ヤバ!!!!



「お、お嬢様、私、その……ただ、……本当に記憶がなくて……ちゃんと作れるか」

「いいわ。多目に見てあげるから、さっさと作りなさい」


 従者のようにカエルを引き連れ去っていくお嬢様。

 かくして、キッチンに取り残された『元』料理人。



 ほんとどうする?!?!



 冷蔵庫ない、電子レンジない、ラップない。水道すらないし、コンロは本物の火を使った釜的なものだ。



 一般人にコレはねぇーよ!!!!



 そして何よりスパイスの瓶が、薬草でも詰めてるのかと言いたくなるような見た目だ。

 やるしかない事は分かってる。

 コンロに関してはガスコンロとでも思えばいいだろう。火力調整のツマミがなくとも、フライパンを持ち上げれば何とかなる気もする。

 オーブンは危険だ。

 200度10分とかそんな事くらいしか分からない。どうすれば200度になるのか分からない以上、火事などにも繋がりかねない。いやむしろ、焦げる未来しか見えない。



 コンロだけで食える料理を作らないと……。



「まぁ……パン生地にハンバーグ挟むとか。いや、肉って……シメるとこから?? ハハハ……いやハンバーガーは貴族様に合わないよね! うんうん! えーっと。パスタ! パスタよっ」



 待て待て待て……乾麺……、あるわけねぇーよな?!

 パイっ、アレも冷凍パイ生地使ってたー!!!!

 え、パイってどうやって作るの? 麺ってどうやって作るの?! 米とかないよね?! タルトで代用できる?? タルトはクッキー潰して油ぶっこめば作れるよね?



 愕然とした。

 こんなにも文明に依存していたとは驚きだ。料理人って素晴らしい生きものだ。



 生まれ変わったら麺から作れる本物の料理人に……って、今のあたしソレじゃん!!!!



「タルト生地に、そうよ、ベーコンとかウィンナーで作れるような、アラビアータ的なのを……ソースだけをぶっこむ!! タルト生地めっちゃ多めにして……クッキーとベーコンはどこ?!」



◆◇◆



 昼下がり、時間にして三時ごろだ。

 お嬢様は待っていた。カエルの従者の姿はない。


「遅かったわね!」


 開口一番のお嬢様に謝罪をする。そして、お目見えだ。

 香ばしい匂いのするトマトソースタルト。


「何、これ」


 クッキーで作ったタルト生地に乗ったトマトソース。こちらはベーコンときのことナスを炒め、潰したトマトをアホ程入れたものだ。コンソメパウダーがないので、それっぽい味になるようにスパイスを入れたが、只のトマトソース味にしかならなかった。

 緑が欲しかったので、パセリ的に見える緑の葉野菜を刻んで散らし、燭台のロウソクで周囲をあぶってみたみた。

 本当にパセリかは分からない。だが、香草臭さがあったから大丈夫だろう。

 我ながら悪くないと思う。



 味見?

 ソースしかしてない。

 旨い×旨いで焼いたんだから、旨いだろう?



 お嬢様は不思議そうにタルトを見つめていたが、やがてカトラリーを手にする。小さな一口分をすくい取り、口へと運ぶ。

 含む。

 もぎゅもぎゅと口を動かし、パチリと目を見開く。


「……これ、なんていう料理なの?」



 料理名?!

 状況が状況だけに『どうする?』からの『1→逃げる』と『2→立ち向かう』なRPG仕様を何度も繰り返していきついた料理だぞ?

 考える暇なんかあるかよ!



「て、……て、転生スペシャルです」

「て、転生?! ど、どういう事?! ……命名の意味は?」


 何故かお嬢様は食いついてきた。


「甘い、と……辛いが絡みあい新たな味覚を開発した、という新たな生をイメージしております。ほ、ほら、わたくしも、先ほど頭を打って、記憶を失ったりしましたし、新たに生きなおすぞって意味合いも入っているというか」

「新たな……生?! い、いいいいいわね?? とても、良いと思うわ!!」


 お嬢様はビックリするほど言葉に詰まりながら、言った。



 大丈夫か? このお嬢様?



「ケイト、転生スペシャル。また作ってちょうだいね」



 あっ、あたしってケイトって名前なのね。

 で、クビにならなかったー!!!!



「はい! お嬢様、ありがとうございます!!」


 そして、お嬢様はその日から、たびたびリクエストするようになった。

 時折イカが、イノシシがという、不思議な言葉を口にするお嬢様だが、残念ながらどちらもシメる勇気がないので我慢して頂きたい。


 こうして、微妙すぎる料理人ケイトは今日も微妙な創作料理を作っている。



                              終

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職業料理人ですが、記憶を失いました。―ちなみに前世の記憶は戻ったし、事務職だった件― ムツキ @mutukimochi

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