雪辱の変則二刀流
杜右腕【と・うわん】
第1話
「優勝候補にハルバート使いの大男がいる?」
王都で開かれる御前試合を来月に控えた、九月の初め。木陰亭の食堂で宿の主人であるオロフの話を聞いていたエドヴァルドが問い返した。
王都から徒歩で約一日の、街道沿いの安宿
御前試合に出場すべく王都を訪れたエドヴァルドは、王城で出場登録をしてから宿屋を探したのだが、流石は王都と言うべきか、どの宿屋もひどく高い。
それで、一旦街道を引き返し、前日に泊まった木陰亭に泊まることにしたのだが、人懐こく親切な主人のオロフが御前試合に関する様々な情報を収集してくれるという、思わぬ収穫を得ることになった。
「おう、今日も早いね」
森の奥の早朝の作業場で支度をしていた木こりのフーゴは
「手伝ってもらえるのは嬉しいが、毎日毎日ただ働きさせるのは気が引けるんだよな」
そう言って、挙げた右手で頭を掻くフーゴに、エドヴァルドは微笑んで首を振った。
「いえ、これも修業ですから」
エドヴァルドは、木陰亭に腰を据えた翌日から、森の奥で働くフーゴの仕事を手伝っていた。
「こんなことが剣士様の修業になるのかねえ?」
そう言って首を捻りながら、フーゴは昨日切り倒しておいた木をそりに積み上げていった。
切り倒した木は、脚の太い輓馬が
丸太を運び出したあとは、フーゴの手斧を借りて切り倒した木の枝を払う。
そんな生活を四週間続けた。
枝を払うのも、今では一撃で大枝も切り払えるようになった。
そして、いよいよ御前試合の日が訪れた。
試合はトーナメント形式。一人、一日一試合。魔法の使用は禁止。
エドヴァルドは右手にショートソード、左手に手斧という奇妙な二刀流で、会場の注目を集めていた。
俊敏に闘技場を駆け抜け、敵の攻撃を左手の手斧で受け流し、時には
出場選手は他の試合を見ることが出来ないので、毎日試合終了後にオロフから話を聞いているが、優勝候補のハルバート使いは、順当に勝ち上がっているらしい。
その戦闘スタイルは豪放にして狡猾。
御前試合は、王国軍の戦士を発掘するのが目的なので、基本的に相手を殺したり再起不能にしたりしない。もちろん真剣勝負なので一歩間違えば命を落とすことは、皆覚悟の上で出場しているが、勝負がついたと判断されれば、見届け役として闘技場にいる王国騎士に止められる。ハルバート使いも相手を殺しはしないが、試合中の愉悦に満ちた表情から、他人を痛めつけるのが好きで仕方がない様子が伺える、と日頃は温厚なオロフが珍しく憤慨していた。
ちなみにオロフは「どうせ御前試合の期間は王都以外の宿は開店休業」と言って木陰亭を閉め、王都に泊まって毎日の試合を見ては、詳細をエドヴァルドに伝えている。
コロシアムは観客の熱気に満ちていた。
今日はいよいよ決勝戦。今日の初めて試合を見に来たフーゴは、観客席に満ち満ちた人の数に圧倒されていた。
「凄い人だな。みんなそんなに楽しみなのか?」
隣に座るオロフに尋ねる。
「そりゃそうだ。二年に一回しかない御前試合だからな。戦っている剣士たちには申し訳ないが、王都周辺の住民にとってはお祭りみたいなもんだ」
「まあ、そりゃそうか。それにしても、エドヴァルドが決勝まで残るとはなあ」
エドヴァルドがフーゴの仕事を手伝うきっかけになったのはオロフだ。足腰を鍛えたいから何か力仕事の手伝いは無いかと聞かれて紹介したのが木こりのフーゴだった。
気の善い二人には若いエドヴァルドが気になって仕方がないのだ。
そのとき、場内にさざ波のように歓声が広がり始めた。オロフたちが目をやると、東西にそれぞれ設けられた大きな入場門が開かれ、二人の剣士が入場するところであった。
優勝確実と言われているハルバート使いの巨漢に、予想外の健闘を見せている若い二刀流の無名剣士がどこまで食い下がれるのか。周りの観客が盛んに噂話を始めるが、やがてその声が何やらおかしなざわめきに変わった。
何事かと目を凝らすオロフは、何だかよく分からない違和感を感じていた。
「おい、エドヴァルドさんはショートソードと手斧の二刀流だって言っていたよな?」
フーゴの問い掛けに、オロフはその違和感の正体に気付いた。
今日のエドヴァルドはいつもの軽鎧を着込み、腰には手斧を下げてはいるが、今日はショートソードではなく、ツーハンドのロングソードを肩に担いでいる。
「どういうことだろう……」
オロフの呟きは、観衆のざわめきに掻き消された。
「おい、小僧! 今日は二刀流じゃねえのか! まあ、俺様にはそんな姑息な奇策は効かないからな。良い判断だと誉めてやるぜ!!」
ハルバート使いが
やがて場内にラッパの音が響き渡り、水を打ったような静けさの中、国王が御前試合を寿ぐお言葉を述べられ——そして、ついに決勝戦が始まった。
いつもなら自ら突っ込んでいくエドヴァルドだが、今日はロングソードを両手で正眼に構え、まるで彫像のようにぴたりと動きを止めている。
「おい、ダーグ・ムーバリ」
エドヴァルドの良く通る声に、ハルバート使いの男がピクリと反応した。
「俺の名を知っている、お前は何者だ」
ハルバート使いことダーグ・ムーバリが、それまで浮かべていた嘲りの笑みを消し、声に怒りと警戒を込めて質したが、エドヴァルドは口元に静かで冷たい笑みを浮かべるのみで答えない。
「来ないなら、行くぞ!」
そう叫ぶと、ダーグが力強く地を蹴って向かってきた。
一進一退の攻防が続き、場内は興奮の
試合は長時間に及んだが、徐々に小柄なエドヴァルドに疲れが見えて来た。
そして、場内に響き渡る金属音とともにエドヴァルドのロングソードが宙に舞う。
何度目かの攻防の際、ロングソードでハルバートの軌道を逸らしたときに、その勢いでエドヴァルドは剣を弾き飛ばされてしまったのだ。
場内の観衆は、皆一様に息を呑んだ。
獲物を失ったのだから、この試合はエドヴァルドの降参で終わりだ。
誰もがそう思った。心からエドヴァルドを応援していたオロフやフーゴですら。
だが、エドヴァルドは手に剣を持たないまま、間合いを詰める。その無謀とも思える姿に、観衆は驚くとともに悲惨な未来を予想してざわついた。
ダーグは勝利を確信し、大きく飛び
それをエドヴァルドが紙一重で避け、更に距離を詰めるが、ダーグの口元には嫌らしい笑みが浮かんでいた。
ハルバートを持つ手を捻り、斧刃を水平にして、その下端でエドヴァルドの背後を襲うも、それを察したエドヴァルドに身を屈めて躱された。
しかしそれもダーグには想定内の攻防であり、後退しながら柄の半ばまで引き寄せたハルバートを、今度は体を軸にして低い軌道で回転させ、石突の刃で切りつけた。
既に身を屈めていたエドヴァルドが低軌道で襲い掛かる刃を避けるには、上に跳んで躱すしかない。そして宙に跳んだ瞬間は完全な隙になる。
勝利の確信がダーグの顔に浮かぶ。己の本名を知る小僧はここで葬り去ろう。この流れなら、試合中の事故で押し切れるだろう。
だが、エドヴァルドは跳ばなかった。
「あっ!」
思わずフーゴが叫ぶ。
屈めた身を更に屈め、地を這うような姿勢で突進する姿は、この数週間フーゴが見慣れたエドヴァルドの姿だ。
そして驚愕に目を見開くダーグの懐に、疾風の如く飛び込んだエドヴァルドの右手には、腰に下げていた手斧がいつの間にか握られていた。
両脚に力を込めたエドヴァルドは、ダーグの目の前で大きく跳び上がり、がら空きになっていたダーグの右腕を、大枝を払うように切り上げた。
皆が息を呑んで静まり返る中、見届け役の騎士の試合終了を告げる声が響き渡り、場内はどよめきから歓声に包まれた。
だが、その歓声はすぐに悲鳴に変わった。
試合終了の掛け声を無視して、エドヴァルドが更に手斧を振るい、ダーグの首筋に斬り付けたのだ。
噴水のように血を噴き上げ、ダーグが崩れ落ちる。
慌てた騎士たちが駆けつけるが、彼は手斧を手放し、その場に片膝を突くと、凛とした声で告げた。
「親愛なる国王陛下、この男、ダーグ・ムーバリは我が父を闇討ちした犯人。これは敵討ちです」
「その方、名は何と申す」
国王が低く威厳ある声で問う。
「エドヴァルド・フリーレン。今は亡き騎士爵ヴィクトル・フリーレンの三男であり、現騎士爵アルビンの末弟であります」
朗々と告げたエドヴァルドは深く頭を下げた。
「神聖なる御前試合を汚した罪は幾重にもお詫びいたしますが、これは私一人の罪。どうか我が兄はお罰し下さいませぬよう、伏してお願い申し上げます」
しばらく何かを考えていた国王が、おもむろに口を開いた。
「ヴィクトル・フリーレンと言えば、先の戦で先陣を切り、わが軍の勝利を導いた名誉ある騎士。その騎士の仇討ちであれば、これは正当な行為であると認めよう。御前試合における不始末は無かったものとする!」
その宣言を聞き、コロシアムには爆発したような歓声が沸き上がった。オロフもフーゴも、立ち上がって両手を振っている。
そして、深く
雪辱の変則二刀流 杜右腕【と・うわん】 @to_uwan
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