枯れていく花

@jjjumarujjj

第1話


 明け方、カーテンの隙間からまだ生まれたての光が溢れる。青白い空気が彼女の頬にあたり、寝返りと、白いシーツ。耳から外れたイヤホンから微かに昨夜のリピート。グラスの水は凛として、空虚の中、透明を誇っていた。彼女が目を覚ますまではまだまだ長い時間が流れる。

 

 花は生きようと、顔を上げて水を吸う。彼女が起きて直ぐにグラスの水を呑み干すように。

 

 七時十五分彼女が目を覚ます。

 

 昔からある商店街の一角。花屋の一人息子。既に彼の中の記憶は曖昧になっていた。どうして生前あんなにも愛しく思えた人があっという間にいなくなってしまったのか、どうしてもっとひとつひとつの所作に想いを巡らせなかったのか、どうしてもっと、もっと彼に尽くして生きなかったのか彼女は幾度となく後悔した。

 

 彼女は彼のなにを愛していたのか、わからなくなっていた。いきていること、彼がぼんやりと日常にいることが当たり前だった。

 

 彼女は漠然と考えていた。彼とこのまま歳を重ねていくのだと。彼女は罪滅ぼしのように妄想のように拒食した。身体が細くなるにつれて、彼に近づく気がした。途方に暮れ、答えは見えず彼女は既に愛を見失っていた。愛を注ぐ対象が空虚になった彼女は妄想を愛するようになった。

 

 彼女は思い出す。

 

 彼が好きだったこと、彼が自分を想って一度だけ言った。

 

「好き。」

 

 薄ら開いた目は壁の絵を見つめていた。記憶と妄想が交わる。彼女が目を覚ますにはまだまだ長い時間が流れる。

 

 曲はリピートしている。

 

 彼が死んでからも筆だけは彼女の支えになっていた。松葉杖のようゆ紙一重で彼女をこの世に繋いでいた。彼女は自分ほど強気で弱い人間はいないと考えていた。特化した才能は彼女自身を傷付けた。彼女は死にたかった。幾度となく自分自身を追いやった。彼の顔は頭の中。色彩を失っていた。

 

 淡い色が薄ら輪郭を作って、そっと黄泉の国に手が届きそうだった。彼が花の手入れするハサミの音が頭の中一定に刻んでいた。

 

 床に落ちる葉と、きれいに整えられた花。彼女は世の中の皮肉をいつも呑み込んでいた。

 

 落ちる葉と、きれいな花。

 

 世の中の仕組み。社会に出れば誰もが感じるようなつまらない皮肉。彼女は絵の仕事だけで生きていける訳ではなかった。マンションに住む為の少しばかりのお金は長続きしないバイトで繋いでいた。


 フェンスに結ばれた飛べない風船。自分の神聖な心だけは守って、ただ懸命に。絵を描く時の集中力は単調な仕事でも才を発揮した。

 

 彼女は水彩画を愛した。

 

 目に見たもの、頭に想い描いたものをポラロイドみたいに彼女は描いた。

 

 水彩絵の具を初めて手にしたのは小学生の時だった。チューブからの鮮やかさよりも水に溶いたときの儚さ彼女のは魅了された。

 

 混ざれば人も暗くなると彼女は考えていた。別々の価値観を持った大人だけの国は彼女からするとだいぶ遠い星に感じられた。

 

 それも全て妄想だった。

 セックスは嫌いだった。

 交わる感じを頭に、気分が悪くなった。

 

 言葉に出来ない感情の高まりに彼女は悶えた。

 

 血を水に溶く。いっそううすく。絵の具とは違った溶け方が彼女を一層興奮させた。

 

 海月を飼いたいと思っていた。

 

 彼とはじめて行った場所。

 

 思い出せない。

 

 彼女は金縛りのように朝に近くと虫ピンで止められた一匹の蝶のようだった。

 

 彼のことをまた想い出す。

 背中の広さを思った。

 

 仕事上がりにシャワー浴びて濡れた髪のままベッドで眠った。

 

 愛しさを伝えられなかった。

 彼女は自分は不器用だと思った。

 

 花は枯れていく。

 

 彼が愛した花を枯れるまで絵に描く

 

 毎日が過ぎるだけだった。
















END



執筆 2014年6月以降。


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