ナマハゲ
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
ナマハゲ
「近所の神社に、いつも何もせずに木の下で座ってるおじさんがいるでしょ。ほら、酒かタバコか手に持って、用もないのに神主さんと子供にばかり声かけてる変な人」
お母さんが僕に話してくれたのは、地味に近所を騒がせているおじさんが、ご当地モノのドラマにはまりだして、ランドセルを背負った子供に豆知識を披露するために、どこまでも歩いて追いかけてくるという、いわゆる不審者情報だった。
今更話題にされなくても、この辺の子供なら、誰でも知っていることだった。
おじさんは学ランやブレザーを着た学生には怖がって話しかけないくせに、僕ら小学生には、やたら強気で近づいてくるから、女子がいる親御さんはすごく嫌がってて、通学路とは別の道で通わせてたりするんだ。
僕は、まあ、こういう大人にはなりたくないなーと思いつつも、無視をするのもかわいそうなので、家に着くまでの帰り道はおじさんと並んで歩いてる。おじさんは女子のほうが好きだから、毎日僕と一緒に帰るわけじゃないんだけど、なんか、もう、僕の中ではそういう生き物なんだって思うことにして、話しかけられたら並んで歩いていた。
「豆知識なら、いいんじゃない? それに、家の中にまで入ってくるわけじゃないし」
僕は夕飯のハンバーグをフォークで刺しながら、どうせピーマンとか入ってるんだろうなぁって、そっちを気にしていた。春には五年生になるというのに、細かい野菜の存在に子供だまし的な大人のコウカツさを見つけ出しては、取り除きたいなぁという思いを押し殺して、口に運んでいる。
「でもキモイじゃないの。で、そのおじさんがね、ご当地モノの着ぐるみやハッピを作っては、それを着て夜な夜な町を徘徊しているんですって。ミオちゃんのお母さんと、ヨシくんのお父さんも見かけたそうよ。何考えてんのかしら、キモイわね」
お母さんはこのアパートに引っ越した時から、おじさんへのグチをたびたび話題にしていた。ご近所関係も良好だし、ママ友とのパーティも楽しんでるようだし、以前いた所と比べたらずっと楽しいはずなのに、唯一、おじさんの存在だけが、どうにも気に入らないそうだ。子供を持つ親になると、怪しい大人を生理的に嫌うらしい。
おじさんは児童への声かけ以外に、たいした事件を起こさないし、周りの大人の目にもビクビクしているから、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな、というのが僕の意見だが、お母さんに言うとテッテイ的に否定されるだろうから、言わなかった。その後のグチにも「ふーん」か「そうなんだ」の二種類の返事をランダムで提供していた。
ピンポーン、とドアホンが鳴った。
お母さんは席を立って、まず台所の壁に設置されたモニターで来訪者を確認した。ぶっそーな時代だから、うちはピンポンを押した相手の姿が、一定時間このモニター画面に表示されるように、設定してあるんだ。
「なにこの人……。アキくん、絶対にドア開けちゃダメよ。お母さん、警察に電話するからね」
「はぁい」
仕事かばんの中からスマホを探し始めるお母さんを尻目に、僕はこっそりと扉へ近づいた。内鍵はしっかり閉まっている。僕はドアスコープから相手の姿を確認した。
両手に包丁を二刀流した、藁の被り物で頭部をごしゃごしゃに包んだ男の人が立っていた。顔には赤い鬼のお面、でも伝統的な物じゃなくて、お祭りとかで買えるプラスチックのやつを被っていた。
「ナマハゲはいねがー!!」
「ナマハゲはおじさんでしょ?」
この場合、「悪い子はいねがー!」じゃなかったっけ。お正月にやる行事だよね。どうして今の時期にナマハゲがナマハゲに包丁持ってピンポンするんだろう。しかも二刀流。幼稚園の頃に観ていた特撮レンジャーの、すっごく弱かった敵キャラが、すごくダサいデザインの光線銃を二刀流していたのを思い出した。たしか、レッドの跳び蹴りで撃退されていたような気がする。うろ覚えだけど。
ナマハゲ(?)は頭の藁がかゆいのか、ガシガシと掻きむしりながら何か思案していた。そしておもむろに両手を真上に掲げだす。
「がおー! ここを開けろー!」
「おじさん、ナマハゲ知らないんでしょ。包丁持った強盗じゃないんだよ」
電話の終わったお母さんが走ってきた。玄関に立っていた僕が怒られたのは、言うまでもない。
奇妙なナマハゲ事件は、おじさんが大事件を起こした記念日になった。母子家庭や、子供だけで夕飯を食べている家ばかりを狙って、本物の包丁を持って突撃したらしい。目的は金銭とか、銀行のカードとかだった。でも、みんなすぐに扉を閉めたり、警察へ連絡をすると強気に言い返して、撃退していたそうだ。
本物のナマハゲに、謝らないといけない事案だと思う。
おじさんは小学生や園児がいる家を、ずっと調べていたそうで、おじさんの家からは作戦ノートなる物が押収されたとのウワサを聞いた。男手の不足している家とか、長時間小さな子供だけの家とか、脅したらお金を出してくれそうな家ばかりが標的にされ、ノートには汚い字で粗末な作戦が描かれてあったそうだ。これもウワサだけど、なんとなく真実味があるように思えるのは、あのナマハゲモドキが低クオリティだったせいだろう。
僕の家に男手がなくても、近所には男の人けっこういるし、防犯カメラはあちこちに設置されてるし、季節はずれのご当地モノの仮装なんて絶対に目立って人目を引くし、日頃からいろんな大人に警戒されている人物ならば、声だけで誰だかばれるだろう。
部屋で宿題をしながら、僕はおじさんに裏切られた気分で、頭がいっぱいだった。だっておじさんは犯罪なんてできないくらい弱い大人で、ランドセル背負った子供にしか得意げに豆知識を話せなくて、僕が独りで帰ってると、たまに声をかけて、横に並んで歩いてくれて……合わない学校に転入した僕を、陽気に励ましてくれてた。
酒臭いし、タバコ臭いし、なんかいろいろ、臭い人だった。起こした事件も、ほんっとにツメが甘いと思う。おじさんはずっと僕の横に並んで、いろんなこと話してくれるだけで、よかったんだよ。一度警察にお世話になった人には、もう近づきたくないけどね。お母さんだって反対するし、僕もお母さんに心配かけたくないし。
僕はまた、独りぼっちになってしまった。神社を見るたびにさびしくなるのも悔しいから、僕も通学路とは違う道で、学校に通おうと思う。五年生になったら、僕らとたくさん話してくれる担任がいいな。
おわり
ナマハゲ 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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