【KAC20221part1】スキー場殺人事件
@akechicomataro
第1話 スキー場殺人事件
『今年の冬、スノーボードを始めてみませんか? スノーボードにはたくさんの種類があります。まずはこちらの、スプリットボードのご紹介……』
ある探偵事務所の午後、雪がちらつき始めた頃合いを見計らって、ポストにこんな文言が書かれたスポーツ用品店の広告が入っていた。探偵は少し興味を持ったようで、お気に入りのアッサムをすすりながら、鮮やかなチラシを眺めていると、なじみの刑事が困った顔で入ってきた。そして突然、こんなことを言い出した。
「探偵君、この『スキー場殺人事件』なんだが……君はどう思う?」
刑事の差し出す資料を見ながら、探偵はふむ、と頷いた。
「とりあえず座りなよ。そうだ、お菓子とお茶があるんだ。一緒にどうかね。北海道限定白いキットカットだってね。妹が旅先で買ってきてくれたんだ」
刑事が差し出されたお茶とキットカットを嗜んでいる間、探偵はじっくりと、資料に目を通した。
『 事件が起きたのは一月のスキー場。初心者コースの中腹あたりで血を流して倒れていた青年Aを、スノーボードで滑走中の青年Bが発見した。二人は知人同士であり、サークルの友人であるCとD(両者共に女子大生)と共にスキー旅行に来ていた。Cは青年Aと恋人関係であったらしく、ひどく憔悴していた。
事件当時、突発的な吹雪で視界が悪く、2M先の様子は見ることができなかった。被害者の発見時の特徴は以下である
青年A
身長173cm 蛍光色のダウン スキー板を装着 近くに手持ちライトあり 頭を前から強く殴られた痕がある 』
「なるほどね、頭を前から凶器で殴られた、ということは滑走中で身動きがとれないところを狙われたんだろう。計画的な犯行だね。知人であるB,C、Dが怪しい」
探偵の言葉にアッサムをすすりながら刑事も頷いた。
「ああ。だからこの三人、特に撲殺で力がいるだろうから、青年Bを念入りに取り調べてみたんだが……」
「何か重大な証拠でもあったのかね」
「いや、逆だよ。彼にはアリバイがあった。実は、彼は雪山登山が趣味らしくてね。経験豊富で、真っ先に滑り降りていったようなんだ。そのあとをD、C、最後に一番初心者のAという順番で滑走したらしい」
探偵は首をひねった。
「ふむ? それならむしろBが怪しいじゃないか。真っ先に滑り降りたBは、スキー板を使ってコースを逆上。山登りが趣味ならスキー板で斜面を登ることもできるだろう。そして茂みと雪に隠れ、Aを待つ。CとDが通過したタイミングで凶器を構え、Aが滑ってきたタイミングに合わせ頭を殴る。そしてそのまま隠れてコースの始まりに戻り、二回目の滑走の際に、Aを発見したと叫ぶ」
それに対して、警察は首を横に振った。
「いや、実はBが使っていたのはスノーボードだったんだよ。スノーボードじゃ雪山を登ることはできない。もちろん、靴じゃ雪に足をとられて自由に動けないし、余計に時間がかかるだろうね」
「リフトがあるじゃないか。スノーボードで中腹まで進み、一旦止め、茂みに隠れてAを待つ。その後、こっそりコース外からリフト乗り場まで滑り降り、リフトでもう一度スタート地点へいく」
それにも刑事は首を横に振る。
「いいや、だめだ。実はその時、リフトは吹雪で止まっていたんだ。だから殺したあとは雪靴で上まで登らなきゃならないが、Bの一回目の滑走から二回目の滑走まではそんなに空いていないんだ。Bが二回も滑るには、Aが殺されている間、ずっと斜面を登り続けなきゃならないんだよ。ね、待ち伏せなんてできないだろう? それに、吹雪の中じゃ視界が悪すぎて、誰が滑ったんだかわかりゃしない」
その言葉に、探偵も苦しそうに唸った。
「そうか……、いや、なんとも情報が少ないね。B,C、Dの取り調べの記録はないのかい」
「ああ、あるよ。見るかい?」
探偵は刑事から透明なファイルを受け取った。中には三枚のコピー用紙が入っていた。そこには、こう書かれてあった。
~Bの場合~
あの、刑事さん。俺を疑ってるようだけど俺じゃないですよ。第一遺体を発見したのは俺ですし……。しかも、俺にはアリバイがあるってさっき言ったでしょ? 俺だって友人の死を悲しんでるんです。それに、この旅行を企画したのも俺だから、俺のせいなんじゃないかって……。これでも責任感じてるんです。俺、その時使ってたスノボもどっかなくしちゃって……、でもいいんです、あれを見ると、事件を思い出しちゃうだろうから。え、犯人に心当たりですか? あ、Dが怪しいんじゃないですかね。あいつ、俺とAとCで旅行しようって話してたら、急に私も行きたいって言い出したんです。それまで別に仲良くなかったのに、ですよ? それに、こう言っちゃなんなんですが、Dは同性愛者でCに言い寄ってたらしいんです。それで、彼氏のAが邪魔だったんじゃないすかね。俺もあいつのことは、あまり好きになれなくて。絶対あいつですよ!
~Cの場合~
Aが死んじゃって、ちょっと意味わかんなくて、私……、はい、すみません。えっと、この旅行はBくんが企画してくれて、えっと、昔はAとBくんと私、結構仲良くて、えっと、たぶん、それで企画してれたんだと思うんです。はい……。え、え、犯人ですか? それは……、D、じゃないかなあって思います。いえ、絶対あいつです。あー、なんで本当に、あんなの誘っちゃったんだろう! あいつ、いっつもきもくて、なんか、めっちゃ絡んできて……、本当最悪! あいつがAを殺したんだ!
~Dの場合~
Aくんが死んだことは、本当に悲しいです。Cちゃんもきっと悲しんでますよね。Aくんは当日もCちゃんがプレゼントしてくれたダウンを着てて、二人で旅行前に選びに行ったらしいです。はい、Cちゃんもお揃いで色違いの同じものを着ていました。それだけ仲良くて、はい、本当に信じられません。 変わったこと、ですか? そういえば、滑走中何か光ったような気がします。でも何かはよくわかりません。
え? 知人の犯行? まさか、いえ、えっと……。まだよくわかんないんですけど、Bくん? が実は、えっと、Cちゃんに気があるみたいな感じで……、はい、Bくんです、この旅行を計画した。確かに旅行を計画してた時は、Bくんウインタースポーツ好きだし、たくさんなんか、色んな形のスキーとかスノボとか持ってて、はい、違和感なかったけど、そういや、なんで吹雪ってわかってたのにすぐに引き返さなかったのかは、ちょっとよくわかんないです。
全ての調査書を読み終えた探偵は、はっはっは、と小気味よく笑った。
「なあんだ、なかなか単純なトリックですよこれは」
「まさか、犯人がわかったんですか?」
~下から解答に入ります。皆さんもどんなトリックが使われたか、考えてみてください~
「ええ、まあ。たぶん、Bが犯人だろうね」
その言葉に、刑事ははあ、と溜息をついた。
「あのねえ、だからBにはアリバイがあるんだよ! Bは先にスノーボードで滑走してて、しかもリフトは吹雪で止まってた! そして、なんとか時間をかけて上まであがっている間にAは殺された。犯行に及ぶ暇なんてないのだよ」
探偵はにっこりと笑みを浮かべると、皿の上のキットカットを指差した。
「時に刑事さん、あなたはキットカットをどうやって食べますか」
「え、どうやってもなにも、私はそのまま……」
探偵はキットカットを真ん中の溝で二つに割って見せた。
「私は、こういう風に食べるのですけどね」
「一体何の話を……」
そう言いかけた刑事に、探偵は机上のチラシを指差した。それを見た刑事は、はっとした表情で叫んだ。
「まさか、スプリットボード!?」
「そう、事件の真相はこうです。まず先に滑り降りたBは、自身のスノーボードを分解し、スキー板にした。それを可能にしたのは、Bのスノーボードがスプリットボードと呼ばれる、二つに割ってスキー板に変形できるものだったからです。しかも、このスプリットボードは雪山を想定したものですから、専用のシートの着脱によって斜面を登ることも可能になります。Bは雪山登山が趣味だったようですから、これくらい簡単でしょう。そして、スキー板となったスプリットボードで吹雪の中、こっそりとコースの中腹でAを待ち、履いていたスプリットボードでAを殴打したのです」
「だが、吹雪の中、Aを見つけられるだろうか」
それに対して、探偵は少し寂しそうな顔をした。
「当日、Aが着ていたのは蛍光色のダウンですよね? 吹雪の中でも、ライトを使えば蛍光色は反射で光ります。その光を使えば、Aを判別するのは簡単です。そして、もう一人、蛍光色のダウンを着ていた者がいますよね? しかも、わかりやすいように色違いの……」
「まさか」
「ええ、そういうことです。恐らく、BとCは共犯でしょう。事前に滑る順番を取り決め、ライトを使ってCが通ったことを確認し、スノーボードを構える。これでAが来てから慌ててスノーボードの間合いに入る必要はありません。そして犯行に及び、ライトを捨て、元の場所に戻ってまたスノーボードに変形してから、二回目の滑走中にAを発見したかのようにみせかける。こうやってアリバイを作ったわけです。吹雪の中スキーをしたことも、蛍光色のダウンを着ていたことも、二人によって仕組まれたことだったのです」
「何故、そんなことを……」
探偵は、静かに言った。
「──Bはスノーボードとスキーの二刀流でしたが、CはAとB、二人の男の二刀流だったのでしょうね。そして、悲しいかな、刀二つは彼女には少々扱いずらかったようです。彼女はよりによって、妖刀の方を選んでしまったようですが」
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