二刀流最強伝説~本当に強い二刀流の奥義~

志波 煌汰

「片手で刀持つとぷるぷるする」「二刀流やめろ」

 塵風吹きすさぶ峡谷で、二人の男が向かい合っていた。

 片や瞳に剣呑な光を宿す、長身の偉丈夫。

 片や瞳にどこか幼さを残す、小柄な体躯の青年。

 どちらも腰に刀を帯びており、剣客であることは疑いようがなかった。

「佐々木よ」

 小柄な男が口火を切る。

「貴様との果し合いも何度目か分からぬが──今度こそ我が最強の二刀流で、貴様を破って見せる」

 爛々と目を光らせ、小柄な男はにやりと口角を上げ、不敵な笑みを見せる。

「宮本……」

 佐々木と呼ばれた長身の男が言葉を返す。


「俺は佐々木ではない」

 佐々木ではなかった。

「杉谷だ」

 全然佐々木ではなかった。

「佐々木よ」

「だから佐々木じゃねえって」

 佐々木と呼ばれた杉谷の返しを、しかし宮本と呼ばれた宮本は無視した。

「俺はお前を倒し、日の本一の称号を手に入れる」

「お前いつもそれ言ってるけど俺別に日本一と呼ばれるほど強いわけじゃないからな? そこそこ自信がないではないが、俺より上の使い手とか全然居るからな?」

「謙遜などするな。この宮本たる俺と互角の戦いを繰り広げるお前を倒してこそ、俺は日本一の剣豪になれるのだ、佐々木」

「杉谷だっつってんだろ。お前を俺の物語に巻き込むな」

 宮本ははた迷惑な男っぽかった。

「大体そもそも互角じゃないだろ。何度も挑んできたお前を毎回生かして返してやるくらいの実力差があるだろうが。いい加減身の程を覚えろ」

 あと宮本は強くもなかった。

 クソ雑魚だった。


「そこだ佐々木。お前とは幾度も互角の戦いを繰り広げ、未だに勝ち越せていないわけだが……」

「お前の郷里くにでは惨敗を互角って言うのか?」

「何故お前に勝てないのか、今回はその原因をきっちりと分析してみた」

「お前が弱いからだろ」

「というわけでお手元の資料をご覧ください」

「話を聞け」

 すっと手作りの資料を差し出す宮本。それを律義にも受け取ってしまう佐々木……ではない杉谷。

 このはた迷惑男に付き合っている辺り、杉谷のお人好しっぷりも事態の一因と言えよう。


「そもそも最強のはずの二刀流が何故勝てないのか……そのことについて、俺は昼も寝ずに考えた」

「夜は寝たのかよ」

「その結果、一つの結論に辿り着いた。その結論とは……あ、次のぺぇじをめくってください」

 ぴらり。

 めくると、


「二刀流、弱かった!?」と太い原色で描かれた大文字と、「こんなはずでは……」と泣き崩れる宮本の絵があった。

 現代における、YouTuberの動画サムネっぽかった。

 あまりに時代を先取りした感性センスだった。


「二刀流に謝れ!!!」

 そして杉谷は叫んだ。

「お前が弱いのを二刀流のせいにするんじゃねえ!! お前は一本でも弱いわ!!」

「まあ待て、ちゃんとここに『!?』ってあるだろう。別に二刀流が弱いとは書いてない」

「詐欺師の物言いだそれは!!」

「では何故二刀流が弱いのではないかと疑問を抱かれるのか。それは一つ、明確な弱点があるからだ」

「お前には弱点しかないけどな」

「俺が真昼間からゴロゴロしながら考えて気付いたその弱点とは……あ、次のぺぇじをめくって」

 ぴらり。


「刀は片手で持つと……重い!!!」

「鍛えろや!!!!!」

 叫び、杉谷は資料を地面に叩きつけた。


「片手で刀を持つと……ぷるぷるする!!!」

「じゃあこんな資料作ってねえで体を鍛えろや!!!!」

 至極真っ当な指摘であった。

 しかし宮本はそれを無視し滔々と語った。

「最強の二刀流使いであるはずの俺が勝てない理由がこれで明らかとなった。すなわち、片手では刀を扱い切れないことこそが問題だったのだ」

 そこで宮本はぐっと歯を食いしばり、心底悔しそうな表情を見せた。

「刀一本より二本の方が絶対強いと思ったのに……騙された!!」

「お前そんな理由で二刀流やってたの!?」

 思ったよりもしょうもない理由で二刀流をやってたことに、杉谷は心底驚いた。

 あと被害者面すんなとも思った。

「しかしだ佐々木」

「杉谷だっての」

「この決定的な弱点を、しかし俺は朝から布団でゴロゴロしつつ、克服する方法を思いついた」

「ゴロゴロしてる暇あるなら鍛錬しろよ」

「つまりだ。刀が両手で握ったほうが強く、そして一本より二本の方が強いなら……一本ずつ、両手で二本の刀を振ればいいのだ!!」

 宮本の自身満々な答えに、杉谷(佐々木ではない)は呆れ顔を返した。

「無茶苦茶な理屈を言いやがって……腕をもう二本生やすつもりか?」

「馬鹿を言うな佐々木。俺の伯父ならともかく、そんなこと出来るわけないだろう」

「お前の伯父は出来るのかよ。何者なんだよ」

「ともかく、俺はこれで二刀流の奥義に開眼した。今度こそ貴様の負けだ。剣を抜け、佐々木」

「いや、そもそもだな……」

 佐々木ではない杉谷は、宮本の腰に目をやった。

「二刀流二刀流散々言ってるが、今日お前刀一本しか佩いてねえだろ」

「ふっ」

 宮本は、息を零すように笑った。

「正直重かったからもう一本は持つの辞めた」

「二刀流やめろ」

 杉谷の手厳しく、そしてそれ以上に真っ当な指摘にも、宮本の不敵は揺るがない。

「そんなことを言えるのも今日が最後だ。今度こそ我が二刀流の奥義で屠ってやる。刀を抜け」

「はあ……」

 杉谷は溜息を吐き、仕方ないと言った素振りで構えた。

 重心のブレのない、綺麗な正眼の構えである──その立ち姿のみで、杉谷が手練れであることが見て取れた。

 それに対し、宮本も腰の得物を抜き、構えた。

 手がプルプルしていた。

 一本でも扱えてねーじゃねーか、と杉谷は思った。

 そして今回も死なない程度に適当に負かして帰ってもらおう、と心底面倒くささを感じつつ眼前を見やった。


 その瞬間、今まで感じたことのない殺気が杉谷の背筋を貫いた。

「とくと見ろ佐々木!! 我が二刀流の神髄を──」

 宮本の言葉を脳が認識するより早く、杉谷は転がるように飛びのいた。

 刹那。寸前まで杉谷が居た場所へ、地を割る雷撃の如き一閃が振り下ろされた。


 宮本でも杉谷でももちろん佐々木でもない、全く見知らぬいきなり飛び出てきた第三者によって。


「誰だーーーーーーーーー!!!!!????」

 叫んだ。

 それはもう叫んだ。

 遠く蝦夷地にまで届くのではないかと思うほど、杉谷の驚愕は轟いた。


「どうだ驚いたか佐々木!!!」

「そりゃ驚くわ!!! 誰だそいつ!!」

「こいつは最強ヶ原フランキー!! 外つ国の漂流者である父とそれを助けた母親との間に生まれたが齢十にして両親を謎の剣客に惨殺され、復讐のために秘剣超無敵必殺流師範に弟子入りしたが、実はその師範こそが両親の仇だったことが判明し死闘の末に親代わりでもあった師範を切り捨てた、最強の剣客だ!!!!」

「いやそういうことを聞いてるんじゃ……設定過多じゃない!?」

 壮絶な人生に呆気にとられたが、しかし聞きたいのはそこではない。

「なんでいきなりその最強ヶ原フランキーがこの決闘に割り込んできた!?」

「よくぞ聞いた!」

 宮本の笑みに、余計なこと聞いたかもしれん、と杉谷は思ったがもはや遅かった。

「『刀は両手で持った方が強いが、それだと二本の刀は使えない』……この矛盾を両立させるため俺が編み出した二刀流の極意!! それが!!! 『両手で刀を持った二人で戦う』だ!!!」

「それはもう二刀流じゃなくてただの卑怯者だろ!!!」

 杉谷のツッコミを、しかし宮本は取り合わない。

「俺たちは既に二人で一人! つまりこれこそが最強の二刀流! ここで我が奥義に敗れる貴様の言葉など知ったことか!! 死ねぇぇぇぇい!!!」

「ミヤモト、居場所、クレタ。ミヤモトノタメ、戦ウ!!」

 宮本の掛け声と共に、最強ヶ原フランキーの猛攻が始まった。


 刀と刀がぶつかり、刃が叫びを交わす。火花が舞い、剣風が空を裂く。

 杉谷とフランキーの斬り合いは熾烈を極めた。

 巨躯から繰り出される斬撃はあまりにも鋭敏。それに加えて、身のこなしも鋭い。一流の武芸者である杉谷をして、超無敵必殺流の使い手であるフランキーには防戦一方であった。

 それに加えて、

「隙ありぃ!」

 後ろから襲い掛かる宮本は、

「いやお前には負けん」

 まぁ普通に余裕で返り討ちにした。

 そして二人で死合いを続けた。


 だが宮本はともかくフランキーは真の強者だ。

 激しい剣戟の果てに、両者は流血を迸らせ、同時に距離をとった。

 このままでは埒が明かぬ。二人はそう考え、自然と必殺の構えを取る──どちらが生き残ろうとも、互いに無事ではすまぬであろう。

 そう確信しつつ、共に奥義を放とうとした、その時。


「やめろーーーーーー!!!」

 割って入ったのは、先ほど伸された宮本だった。

「もういいフランキー! 戻れ!」

「ミヤモト……デモ……」

「俺は馬鹿だ! 君が傷つくのを見てようやく気付いた……。俺は君を愛しているんだと!!」

「ミヤモト……」

 そう、描写がなかったので気付かなかった人も多いであろうが、フランキーは巨躯でめっちゃ強い女性であった。

 ちなみにフランキーは男女共に使えるユニセックスな名前である。覚えておこう。

「俺が間違っていた! 君には刀より……俺の手を握ってほしい……」

「私モ……貴方ガ好キ……」

 傷ついた二人は、強く抱きしめあった。


 杉谷はそうだよ全部お前が間違ってるんだよお前だよお前お前と言いたかったが、そういう空気ではなかったので黙った。

 そして独り身だったので、なんか負けた気になった。


 結局、二人(三人)の戦いは「なんかもう俺の負けでいいや……」という杉谷の(諦めの)言葉で終結となった。

「今分かった。お前すら凌駕する二刀流最強の奥義……それは『愛』だったんだな……」

「うるせえ」

 このまま二人で二刀流の奥義を極めるわ、と宮本とフランキーは去っていき、俺も連れ合いを探すか……と杉谷もとぼとぼ歩き去った。

 何の因果か、杉谷が佐々木家に婿入りするのは、それから数年後の話である。



「杉谷、死ねぇぇぇぇい!!!」

「今は佐々木だ!!!」

 そして宮本夫妻の息子が佐々木(杉谷)に対し執拗に勝負を挑んでくるのは──それよりもずっと、未来の話であった。

(完)

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