エピローグ 10円の繋がり


「あぃがごぁしたー」


 深夜でも昼でも何故かいる店員の相変わらずの対応も、今や耳に馴染んでいた。

 駿は自販機の下で拾ったなけなしの五十円を使って、十円チョコを二個買った。

 いつも野草ばかり食ってる駿にとって、チョコ一つでも大層なご馳走であった。

 おつりの三十円をしっかり握りしめ、コンビニを出る。外は昼前だった。


 あの戦いから一ヶ月が過ぎた。


 ミュークの亡骸は銀一郎の手によって木々の一つに変えられ、今もあの公園の中にある。三日櫛には、一応助けてもらった例として、亡骸の牙と爪の一部を渡して報酬とした。

 幸い、まだ三日櫛とはエンカウントしていないが、駿を諦めているとは到底思えず、数少ない悩みの種の一つだった。

 轟喜とはあれ以来会っていない。また三日櫛にこき使われて要らぬ苦労でも背負い込んでいるのだろうか、ふと考える時がある。

 あとの一人の猫背は……よく知らないしどうでも良かったので特に気にしてなかった。


 双間家の保管庫――『創魔』について、仕方なかったとはいえ、三日櫛にその所在を露見させた事を駿は懸念したが、銀一郎は涼しげにこう言った。


「ここだけだと思ってんの?」


 銀一郎は創魔を操作し、木々に変えられた白詞晶を地面深くに潜らせ、別の場所に移した。山か、あるいはどこかの森か。少なくとも銀一郎は誰にも創魔の次の場所を告げなかった。


 そして、駿はというと、しばらくの間、銀一郎の紹介で医者の世話になっていた。普通の医者ならば、駿の胸部に埋まってる柄を見てひっくり返っていただろう。

 傷が塞がった後はまたホームレスとしてぼんやりと、目的も何もなく日々を過ごしていた。

 異世界への憧憬が消えたと言えばウソになる。だが、現代もそう悪くはないと思い始めていた。どうせ、行く手段もないのだから、駿はいま密かに憧れていたスローライフをここで始めようとしている。


 野草や野鳥を捕り、調理して食べ、住処の公園を散策したり、知り合いになったホームレスからお裾分けをもらったり、時たま公園の警備員からコソコソ隠れたりと、静かな生活を送っていた。


 送っていて、思った。


「これ、結構すぐ飽きるな……」


 繰り返されるルーチンは中々に退屈だった。結局、自分は冒険者が肌に合うのだと悟る。

 とはいえ、他にする事も無かった。仕事をしようにも、二十六歳職歴戸籍共になし、ついでに最終学歴中卒を雇う所などそうそう無い。

 それでも野宿は苦ではないので、何となく今の生活に落ち着いている。


 川辺で寝転がりながら、駿は考える。


「何を目的に生きる……か」


 十円チョコを囓った。野草では到底味わえない甘み、そして糖分が全身に行き渡るような気がする。

 考えても、すぐに答えは出ない。一旦寝ようと目をつぶった時だった。


「何してんの」


 真上からかかる声に、目を開ける。

 陽の光を受けて、清流のように輝く銀髪があった。

 駿は面倒くさそうに言う。

 

「……スローライフ」

「そのライフに風呂入れた方がよくない」

「金がない」

「くさい汚い情けない」


 相変わらずの容赦ない言動。

 銀一郎と会うのは、地味に入院以来だった。


「まだ昼だろ……学校どうしたんだ?」

「今日土曜だけど」

「制服しか着るものないのか?」

「風呂入らない人間がそれ言う?」

「………………」


 駿は出会った頃の事を思い出した。全然変わってないやりとりに嘆息し、そしてどこか安心している自分がいる。


「人に会うんだからさ、身だしなみぐらいはしっかりしてよ」

「え、なんて?」


 予想外の言葉に思わず聞き返した。


「仕事あるんだ。保管人の。でも、一人じゃ難しそうだからさ。駿さんに手伝って貰おうかなって」

「僕に……ん?」


 聞き慣れない単語に一瞬考えが止まった。


「しゅ、駿さん?」

「へ? なに、やっぱおっさんの方が良かった?」

「いや、そうじゃないが……」

「駿おっちゃん……」

「いい! いい! 駿でいい!」


 ガバッと起き上がって駿は懇願した。

 その様子を見て、銀一郎は悪戯っぽく笑う。


「じゃぁ~まずは銭湯ね。報酬の話はそこから~」

「はぁ……」


 駿は面倒そうにため息をつくが、本心としてはそろそろ日常に刺激を加えてもいいかもしれないと思っていた所だった。

 それに、保管人の仕事というのも悪くはない気がしている。


「しょうがないな……で、どんな話なんだ? 仕事って」

「なんか、近所のデパートの中がダンジョン化? してるらしくてー」

「な、なに、なんて!?」

「入った客が出てこられなくて、中の確認も出来ないから、俺がその原因を保管しに行く……って」

「待て待て、それ結構な大事だろ!?」


 軽い調子で話す銀一郎に駿は突っ込んだ。

 銀一郎は肩をすくめる。


「さぁ? てか、ダンジョン化ってやつ自体よくわかってないし。現代こっちの歴史上初じゃないの? ダンジョン出来るのって」

「いや……う~ん……」


 駿は腕を組み、天を仰いで考える。異世界では施設や洞窟などが突如迷宮となるのをダンジョン化と呼んでいるが、銀一郎の情報だけでは要領を得なかった。


「はぁ……わかった。とっとと身綺麗にして、準備するぞ」

「お、いいね。さっすが勇者」

「調子がいいなホント……」

「あ、そうだ」


 銀一郎が何かを思い出し、手を差し出してきた。


「ドラゴン討伐。俺の六面城、借りてたでしょ? レンタル料」

「なに言ってんだ」

「駿さんだから、大サービスで百円ね」

「ロッカーだから十円だろ……」

「百円のとこもあんだろ!」

「いや十円だ! ほらこれ!」


 駿はまだ封を開けてない十円チョコを強引に手渡した。


「え~? これ、え~?」

「文句あるのか?」

「…………まっ、」


 銀一郎はチョコを開け、一口でそれを食べる。


「今日はこれでいっか!」

 

 その様子を見て、駿も手に持っていたチョコの残りを口に放り込んだ。


「……フッ」


 二人は笑い合うと、足並みを揃えて歩き出す。

 やがて、彼らの姿は日々の生活を営む人々の中へと消えていった。

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ブレイブ・イン・ザ・ロッカー ~強制送還勇者の保護について~ 暁太郎 @gyotaro

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