私は聖女で悪役令嬢

桐山じゃろ

婚約破棄~白々しさを添えて~

「マルガリータ、いや、ティキーラ公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」

 よくある貴族の夜会の、よくある光景。

 夜会の貴賓席の壇上でわたくしに向かってありもしない罪状をぶち上げているのは、この国の王太子にして元婚約者の、スコット・アルクワルランド殿下。

 わたくしが当事者になるとは……思っていました。


 だってこれ、わたくしが仕組んだことですもの。


「ティキーラ公爵令嬢は、聖女の名を騙っていただけの、偽聖女に過ぎない! 何故なら聖女は世に一人しか存在せず、真の聖女はこの……カルラ・ミルヒハイゼン嬢だからだ!」


 スコット殿下の演説を聞いている貴族たちは、一様に眉を顰めております。気づかないのは、殿下と、なんとかというご令嬢ばかり。


「でしたら、ええと、そちらのご令嬢? 聖女の力を今ここでお見せ願えますか?」

「聖女の御業はこんなところで披露するものではない! 見世物ではないのだぞ!」

 今まさに殿下が見世物になっておられるのですが、よろしいのでしょうか。


 この阿呆……失礼しました、頭の出来がどうしても良くない殿下と別れたい一心で、わたくしはあちこちに手を回しました。


 わたくしが聖女なのは本当です。治癒魔法から結界魔法まで、この国の他の魔術師や聖人たちが束になってもわたくしの足元にも及びません。それは、貴族はもとより庶民に至るまで、周知の事実です。

 周知の事実にするために何度も、わざわざ人の目の多いところで御業の披露をしましたわ。

 わたくしは自分の望みを叶えるためなら、見世物でも構わないのです。


 そして、わたくしの侍女の一人にあることないこと吹き込んで、唆したのもわたくしです。

 それが今、壇上で殿下の腕にすがりついている……思い出しました、カルラという名前でしたね。

 カルラを選んだのは、カルラが殿下に秋波を送っていたことを知っていたからです。

 彼女も殿下と同様、頭のゆるい方ですわね。

 彼女の不審な行動やわたくしに対する不遜な態度は、他の侍女から密告されずとも、わたくしの目の前でやらかしてくれていましたから。


「殿下があの子ばかり見つめている気がするわ」

「今のうちに排除したほうが……何? 聞いていたの?」

 などなど。わたくしはわざと、彼女が聞いているのを確認してぽろりぽろりと口にしておりました。


 殿下とカルラが逢瀬する機会もわたくしが作って差し上げました。

 流石に王宮にカルラを連れていくことはできませんでしたから、殿下が月に一度我が家へやって来る際、お茶の支度はカルラに任せました。

 そして、カルラが給仕するタイミングでわたくしは急用を作っては席を外したのです。


 ……まあ、その短時間で、既成事実までつくるとはおもいませんでしたが。


 カルラの聖女の力は、その指に嵌まっている指輪の力でしょう。

 わたくしの部屋からいつのまにか持ち出されていたものです。

 カルラが私の部屋の掃除当番の日に、そっとドレッサーの上に放置しておきました。

 わたくしが聖女の力を使う際に、いつも身につけていたものですから、一時的に聖女の力が使えたのでしょうね。

 指輪の力は持ってせいぜい一週間、失くしたのがひと月ほど前。

 カルラは今この場で聖女の力など使えません。


 殿下の口上はまだ続いています。

 わたくしはカルラに対して、あることないこと吹き込んだことはしましたが、カルラの持ち物を隠したり階段から突き落とすなどということはしていません。

 そのような話を殿下がでっち上げている最中に、夜会会場へやってきた人物がいました。


「何の騒ぎだ」


 国王陛下です。程良きところでお越しくださいとお願いしておきました。

「父上! 私はこの偽聖女との婚約を破棄します!」

「誰が偽聖女だと?」

「そこの……」


 陛下と殿下が揉めている最中に、私のところへ第二王子殿下がやってきました。

「酷い目に遭ったね、マルガリータ」

 第二王子のアレク殿下は、私をかばうように立ち、護身用の短剣をすらりと抜き放ちました。

「父上、これを御覧ください」

 アレク殿下が突然、自身の左腕を短剣で傷つけました。

「な、なんてことをっ!?」

 これは想定外です。わたくしは迷わず、聖女の力を殿下の傷に注ぎました。傷はみるみる癒えましたが、わたくしの心境は治まりませんでした。

「殿下、どうしてこのようなっ!」

「大丈夫、浅く切っただけだし、マルガリータを信じていたからね」

 そう言って、端正なお顔に笑みを浮かべました。

「……」

 わたくしが言葉を失っていると、一連の騒動を眺めていた陛下がスコット殿下に向き直りました。


「お前もアレクのようにやってみて、カルラ嬢に治させよ」

「ち、父上、それは……」

「できぬなら、お前が嘘をついているということだな」

「違いますっ! わ、私は……」

「治癒の力が使えるのは、この世に一人だけ。それをマルガリータが使った。この事実を、どう覆す?」

「こ、この世に一人だけとは限らないではないですか!」

「ならばやってみよ」


 陛下とスコット殿下が堂々巡りの話をしている間に、アレク殿下がわたくしの前で跪きました。

 まるで、結婚を申し込む騎士のように。


 アレク殿下から愛の言葉を告げられた頃、スコット殿下は陛下に何を言ったのか近衛兵に捕らえられて退場しており、わたくしとアレク殿下は陛下に祝福され、会場中からの拍手によって皆様からも二人の婚約を認められました。



 途中、想定外の自体は起きましたが、概ねわたくしの書いた脚本シナリオ通りに進んだことに、わたくしは扇の裏で、ほくそ笑んだのでした。

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私は聖女で悪役令嬢 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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