第8話 鎮火
「お母さん、ですって?……いったい、何を言っているの?」
思いもよらない言葉を浴びせられ、わたしは混乱した状態のまま奏絵を問い詰めた。
「私は……ここにいる塚本進の娘。響也とは母親の違う姉弟なの」
「姉弟……」
足元が崩れて行くような感覚にわたしが戸惑っていると、今度は進が口を開いた。
「そして奏絵の母親は君……
「荻生和音……」
進が口にした名前を頭の中で繰り返しているうちに、薄れかけていた忌まわしい記憶がわたしの中で怒涛のように溢れ始めた。
「お母さん、言いたくないけどあなたはもう、死んでいるのよ。その身体はお母さんとは全く関係のない、他人の物なの。そろそろ本当の持ち主に身体を返してあげて、お願い」
「死んでいる……」
わたしは混乱する頭の片隅で、奏絵が言っていることが真実であることを悟っていた。
「わたしが君と出会ったのは今から二十六年前、君は教師で私は生徒と言う立場だった……」
突然、わたしの方を見て昔話を始めたのは響也の父、進だった。
「教師と生徒……」
わたしの頭の中に突然、ひどく古い記憶が甦ってきた。……そう、まだわたしが「生きていた」頃の。
「君と私は教師と生徒という関係でありながら恋に落ち、そして私は卒業直前になって急に君から別れを告げられた。君はわたしの前から姿を消したが、その時すでに赤ん坊を身ごもっていたのだ。その子が奏絵だ」
「そんな……彼女がわたしとあなたの……」
「その後、君は別の男性と恋に落ちた。君はその男性とも長く続かず一方的に別れを告げたらしい。だが男性の方は君を諦められず、こじれた末に君をここから突き落とし、自分も命を絶ったんだ」
わたしの中で古い断片的な記憶が繋がり始めていた。――そうだ、わたしはここで縋りついてくる恋人に、もう興味がなくなったことをはっきりと告げたのだ。そして……
「私はその後、別の女性と知り合って婿養子になる形で結婚した。今から十八年前のことだ。そしてこの子が……奏絵の弟である響也が生まれたんだ」
「お母さんは死んだ後、身体を抜け出し霊となってさまよい続けたの。私はお母さんの体質を一部受け継いでいて、死んだお母さんの霊が感じていることや居場所がなんとなくわかるようになったの。お母さんは死んでからも『運命の相手』を探してさまよい、自分の興味を引く男の子を見つけると近くの女の子に憑依し近づいていった」
「わたしが、憑依……」
「でも身体と中身が違っていることもあって、いつもお母さんの恋は失敗していたの。お母さんが身体から離れた後、憑依されていた女の子はたいてい混乱していた。中には自殺した子もいたわ」
わたしは次第に本来の『自分』を取り戻していった。そうだ、だから響也を見かけた時は今度こそと思ったのだ。
「お母さんが響也に目をつけたことを知った私は、すぐ弟のいる学校に赴任できるよう、工作を始めた。案の定、円花さんに憑依したお母さんはすぐ響也にアプローチを始めた……」
そうか、とわたしは合点した。響也に感じた不思議な感覚は、響也の横顔にかつて愛した少年の面影があったからなのだ。
「そして私が現れた時、お母さんは自分が捨てた娘の霊力を無意識に感じて、本能的に警戒したというわけ。……でもそろそろこんなこと、終わりにしなくちゃいけないわ」
わたしは自分が記憶の底に封印してきた『家族』たちに囲まれ、空の向こうに帰る時が来たことを悟った。もう『運命の人』はどこにもいないのだ。
「和音、最後にもう一度会えてよかった。……でもその身体は君の物じゃない。その子がこれから本当の恋をするためにも、自由にしてあげなくてはいけない」
進に柔らかく諭されたわたしは、気づくと円花の身体から半分ほど抜け出しかけていた。
「これが……本当の『わたし』だったのね」
――さよなら進、さよなら奏絵、そして……さよなら、響也。
わたしは薄まりながら空へと上ってゆく自分を意識しながら、やはり響也はわたしにとって旅立つきっかけを与えてくれた『運命の人』だったのだなと思った。
〈了〉
さかしま 五速 梁 @run_doc
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