僧侶多くして寺十字架を祀る

不二川巴人

サブタイトル:『セキストラ異聞』→不敬罪でボツ

 ゲームシナリオライターのエフ氏は、悩んでいた。


 何をかと言えば、最近の彼の業界の不景気ぶりにである。

 エフ氏が携わっているのは、普通のゲームではない。いわゆる、大人向けのそれである。いきさつなどは省くが、その世界に飛び込んで、会社勤めを四年、その後はフリーランスとして十一年、合計で、かれこれ十五年。常に一線で活動してきた自負がある。


 しかし、ここしばらくは、目に見えて仕事量が減っていた。依頼が来たとしても、昔のようなギャランティーを提示されることがなくなった。収入は反比例の如く減っていき、次第に、生活費にも困りだした。


 最初は、自分の腕がなまったからだと思った。だが、周囲の同業者に聞いてみても、状況は似たり寄ったりだと言う。業界自体が縮小傾向にあるというのが、一致した見解だった。


 ――何かがおかしい。いわゆる大人向けのジャンルは、人間の根本的欲求に訴えかける分、不況に強かったはずだ。それに、世間一般で言うところのオタク層は、ずば抜けた購買力を持っている。現に、年齢制限のない普通のアニメやマンガの売れ行きは(いっときほどの爆発力はないにせよ)堅調と聞き及ぶ。


 エフ氏は、友人に相談してみた。その友人は、非常に冷静な分析能力を持っており、しばしば、どちらかと言うと楽天的なエフ氏に、様々な助言を与えてくれていた。


 友人(仮にビイ氏としておく)は、エフ氏の相談に、端的に答えた。


「最近の若い子は、そういうのに興味がないんだよ」


 どちらかと言うと、性欲が旺盛である方のエフ氏は、一笑に付そうとした。

 だがしかし、ビイ氏の分析を仮説とした場合、あらゆる事が腑に落ちるのも、また事実だった。


 肉食系、草食系などと、性質によって男女をカテゴライズするのが、今やすっかりメジャーになってしまったが、最近は草食系を通り越して、煩悩とは無縁の『僧職系』の男が増えているそうだ。


「人間の三大欲求のうち、最大の欲求である、性欲を切り離してどうする!?」

 エフ氏は愕然としたが、後に、それがとんでもない事態を招くことになることまでは、予想できなかった。


 数ヶ月後、革命的なニュースが飛び込んできた。『TFYタフィー』という名前の器具が、アメリカで開発されたという。売り文句は、「あらゆる性的欲求不満を解消する、夢の機械」とのこと。そう。かつて、日本SF界の巨匠、星新一氏が、デビュー作で『セキストラ』として予言した器具そのままだった。


 エフ氏は絶望した。これで、完璧に商売あがったりだ。

 と、思ったのだが、日本という国は、良くも悪くも日本だった。


 輸入しようとした日本の代理店が、何者かによって、次々に襲撃されたのだ。容疑者として、様々な人間が逮捕されたが、いずれも、嫌疑不十分で釈放された。その後間もなく、『TFY』は『指定危険物』として法で規制されてしまった。その裏には、過激な思想を持つ某フェミニスト議員連盟があるのでは? というのは、次第に公然の秘密になっていった。


 かくして、表向き、『TFY』は国内には入ってこず、その他の国が(これも、星氏の予言通り)平和になっていくのを尻目に、日本だけがギスギスしていた。おかげで、エフ氏も、廃業を検討しなくてよくなった。


 それでも、例えば、違法薬物の類がいくら取り締まってもなくならないのと同じで、『TFY』を個人輸入でアメリカから取り寄せ、秘密裏に使う者が、次第に増え始めた。


 直接『TFY』と言うと法に触れるので、利用者の間では『例のアレ』という隠語が定着した。


 さて、かくのごとき経緯にて『例のアレ』は、着実に日本にも普及し(余談だが、禁欲を余儀なくされる本職の僧侶に、よく売れたそうだ)目に見えて犯罪率が減っていった代わりに、少子化問題はいっそう深刻になった。


 何せ、『例のアレ』こと『TFY』は、性欲の発散はできても、子孫を残せる機能なんぞ持ってはいない。仮にそんなものが搭載されれば、人間の女の立場がなくなってしまう。


 そこで、いわゆる斜め上の発想、砕けて言えば、その発想はなかったわ、をするのが日本人という人種である。年々深刻化する子どもの減少に、政府は、一大プロジェクトを立ち上げた。それは『物質転送装置を作れ!』というものだった。


 そんなものを作ってどうするか? 要は、『TFY』にアタッチメントとして装着し、器具を使用した男の精子と女の卵子を、特定の場所、具体的には、人工授精装置の中へ転送して、強引に受精させてしまおうという試みである。愛とか恋とか、そのへんの感情は、国の存亡の前には、小さな事だった。


 研究には、無名の科学者が、多数協力した。なにせ、テレポーテーションは人類の夢である。人知れず、後ろ指を指されつつ、いわゆるマッドサイエンティストとして日の目を見なかった者達が、惜しみなく(無駄に深い)知識と、(無駄に高い)技術をつぎ込み、諸外国が鼻で笑うのを尻目に、驚くべき早さで、数年間のノーベル賞とイグ・ノーベル賞を総なめにしつつ、『それ』は完成してしまった。


 そのアタッチメントは、故・マイケル・ジャクソンの映画になぞらえ、『THIS IS IT』(直訳すると、『これが、それだ』)略して、『TIIティーアイツー』と名付けられた。ちなみに、開発コード名は『ドヤァ』だった。


 『TII』の完成をもって、政府は『TFY』の危険物指定を解除し、輸入も解禁された。が、日本人はやはり、良くも悪くも根っからのオタク気質だった。


 『TFY』が解禁されたのはいいが、そこに付加価値を求め始めたのだ。

 それは、セクシーな絵であったり、セクシーな文章であったり、セクシーな声であったり……と、要するに、エフ氏を含めたそっち系のクリエイターたちに、ますます仕事が回ってくるようになったのだ。

 エフ氏の収入は、再び上向き始め、将来は安泰だった。


 これより先は、後日談である。

 『TFY』の普及と、『TII』の発明により、犯罪はなくなり、少子化問題も解決し、全ては丸く収まったかのように思えた日本国内だが、問題はまだあった。

 『TFY』によって満足しきった国民が、次々に仏門入りし、日本中に僧侶が溢れてしまった事だった。


 僧侶が増えすぎた日本国内は、次第に、キリスト教を拒むようになり、キリスト教を題材にした映画やマンガなど、娯楽作品までもが、『禁制品』扱いされるようになった。キリスト教信者は自分の信仰を公にできず、江戸時代のように『隠れキリシタン』と呼ばれ白眼視された。


 そんなキリシタン達のために、中には、昔のままに『マリア観音』を祀る寺まで現れた。古来のことわざに、『船頭多くして船山に上る』というものがある。それになぞらえれば、さしずめ、『僧侶多くして寺十字架を祀る』とでも言おうか。日本は、確実に時代を逆行していた。


 その後の日本が、再び鎖国をして、幕府政治が復活するのは、そう遠くない未来のことだった。


                       おわり(ギャフン)

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僧侶多くして寺十字架を祀る 不二川巴人 @T_Fujikawa

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