エピローグ
「……で?」
「いや、だから、その」
「私ね? 相談があるって言うから抜け出してきたの。分かる?」
「わ、分かってるよ。でも、こんなの相談できるのお前しか思いつかないし」
「どんな深刻な相談かと思ったら惚気聞かされた私の気持ち分かる?」
「の、惚気じゃない! ちゃんとした相談だ!」
「惚気よ」
そう言いながらアキラはため息を吐いてジュースを飲みほした。三年に上がってからの夏休み。うるさいほどに照り付ける太陽を避けるように入った喫茶店で、アキラは頭を抱えていた。言わずもがな、それは目の前の友人のことである。
「最近先輩が慣れてきて恥ずかしいって言うのが惚気じゃなかったら何なの」
「こ、声が、でかいって」
「惚気でしょ。馬鹿なの? こんな炎天下の中呼び出しといて」
「だって家にいると先輩がくるかもしれないし」
「だからって私を巻き込まないでっつってんの!」
アキラは過去最大のため息を吐くのを見てミツキは縮こまった。
「だ、だって、先輩。初めはあんなに抱き着くのにも頑張ってたのに――――」
無事に付き合うことが決まり、初めこそ初々しく照れながらも頑張って触れてくる彼のことを可愛いなどと思っていたのだ。しかしリョウタの成長スピードはミツキが思っていたよりもよほど早かった。
「なんか、すごい手つきがやらしいっていうか。慣れてるっていうか、その、なんか最近、触られると、頭ぐちゃぐちゃになる……」
「身近な腐れ縁の乳繰り合い情報なんて聞きたくないんだけど」
顔を赤くするミツキにもはやお疲れモードのアキラ。彼女はからんとストローで氷をかき混ぜる。
「要するに、イチャイチャ慣れてきた先輩が恥ずかしいと」
「う……それもある、けど。ひょっとしたら俺、無理させてるんじゃないかって」
率直な言葉にミツキはうつむく。確かにリョウタが触ってくれるのは嬉しいし、幸せだった。けれど、恥ずかしいと思ってしまうのもまた確かで。今まであんなに触るのが苦手だったのに、ひょっとしたら恋人らしいことをしようと無理をしてるのではないかという考えまで出てきてしまった。
「で、あんたはどうしたいの?」
「恋人らしいことしようって、俺ばっかり与えられててなんか……」
「先輩に触られるの嫌? 必要以上のイチャつきなんていらない?」
「嫌なわけない! ただ俺は、ひょっとして先輩に無理させてるんじゃないかって」
けれど彼が言い終わる前に、アキラは素知らぬ顔でスマホの画面をスクロールさせながらこう返した。
「りょーかい。じゃあ、はい。送信っと」
「……送信?」
「だからさ、あんたらの惚気に巻き込まないでって言ってんのに」
そう言ってアキラに突き付けられたスマホの画面の中ではリョウタと彼女のチャットでの相談が繰り返し行われていて、ミツキは思わず画面を凝視してしまう。
「やれどこまで手を出すべきかだの、あんたが可愛いだの、聞かされてる身にもなりなさいよね」
「な、な、な……!」
「じゃあ、キスしたいけど性急かなってのには『恥ずかしがってるだけです』って返しといたから」
「ちょ、ちょっとアキラ!」
「あ、あとね」
何してるんだ。いや、その前にキスってどういうことだ。
しかしそのどれもを言う前に、アキラは呆れかえった表情でミツキに向ってこう叩きつけた。
「あと先輩に触られるの恥ずかしいって泣きつかれて、今さっき喫茶店に呼ばれましたって、ちゃんと懇切丁寧に書いといたから」
「は⁈」
「まあ先輩なら十分もせずに来るんじゃない。じゃ、お幸せに」
彼女はひらりと手を振ると呆然としたミツキを残して店から出て行った。そしてその後、十分どころか数分と経たずに店に飛び込んできた彼を見て、ミツキは声にならない悲鳴を上げることになる。
ひと悶着あった後の帰り道。真夏の深い青色の空の下で、彼の大きな口がミツキの吐息ごと飲み込んでしまうまで。あと、数分。
あなたの体温にもう一度 きぬもめん @kinamo
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