桃色令嬢秘話 可哀想な人(※ウィスタリア視点)


別作品「婚約破棄された桃色の子爵令嬢~相手の妹に消えてほしいと思われてるみたいです。~」の63話直後のウィスタリア視点です。


上記作品の重要なネタバレ及び「異世界に召喚されたけど価値観が合わないので帰りたい。」の一部ネタバレがあります(こちらは「第一部226話 黒の献身・4(※ダグラス視点)」を見れば大体事情は分かります)。


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「ありがとうございます、ヴィクトール様」


 娘の部屋から出てきた神に頭を下げる。チラと部屋を覗くと気を失っているらしいフローラがベッドの上に寝かされている。当然の事ながら着衣の乱れは一切無い。


「……4回目が来ない事を祈っていますよ、義姉上」


 そう言って小さく息をつくこの方から『義姉上』と呼ばれると心が温かいもので満たされて口角が自然を上がるのと同時に、プレッシャーを感じる。


「ご安心下さい。息子は人に危害を加えるような子ではありません。今後マリアライト家は私の名において永久にラリマー家に逆らわない事を誓います」

「……貴方の忠誠心は高く評価していますが、この家の人間は一人で色々抱え込んで暴走する傾向がある。何かあれば相談してくれた方が良い。けして悪いようにはしませんので」


 私の愛しい人を私に縫い止めてくれた神様に逆らうはずもない。

 今もこうして私の可愛い娘を生涯の幸せに導いてくれた。


 マリアライト邸の前でヴィクトール様が紺碧の大蛇に跨ると、大蛇が青く光る羽を大きく広げる。


「……フローラの事、可愛がって頂ければ良いのですが……」

「あの島の一族は少々乱暴なきらいはありますが愛情を抱える者を無下にするような族ではありませんよ。それなりに丁重に扱われるでしょうし、私からも念を押しておきましょう。それでは3日後に、また」


「宜しくお願いします……本当に、ありがとうございます」

 もう一度深く頭を下げた後、空を駆ける大蛇が見えなくなるまで見送る。


(さあ、フレディが帰ってくる前に証拠隠滅しないと……)


 すぐ様フローラの部屋に戻り、まだ眠っているフローラに特定の単語の発声と筆記を禁じる単語消失ワードレスの呪術をかける。


 後は3日後にヴィクトール様が島長を連れてくるまでにフローラが予期せぬ行動を取らないよう、常に従者をつけておかないと。ああ、今のうちに島長の写真を見せて植え付けられた愛情をハッキリ自覚させておいた方がいいわね。

 島長の写真が収まった釣書を取りに執務室に向かう中、これからの事を考える。


 フレディはこれから次期侯爵として私が直々に指導する事になる。ソルフェリノ嬢と早々に結婚させて二人ともども色々叩き込んだ後、フレンと共にマリアライト領の片隅にある別邸に隠居する予定だったのに。

 あそこにはここの大魔道具と繋がる音石があるから離れていてもある程度フレディをサポートする事ができるから。


(フレディ……あの子も本当に、馬鹿な子)


 ソルフェリノ嬢といる時のフレディは本当に幸せそうだった。ソルフェリノ嬢のフレディを見つめる目も愛に溢れていた。

 純粋な愛。私の子にそういう目を向けてくれる子がいた事が嬉しかった。だから――幸せになってほしかった。


 フレディの能力や知識は次期侯爵として申し分ない。精神面はまだまだ独りよがりで未熟な所もあるけれど、それはこれから愛する人と家庭を作り共に生きる中で成長してくれればいいと思っていた。


(フレディならソルフェリノ嬢の絶対的な愛を支えに成長して、呪術と祝歌を扱う立派な侯爵になってくれると思っていたのに……)


 呪いと祝福は紙一重――術者の感情次第で災いにも祝福にもなりえる、とても扱いが難しいもの。


 特にマリアライト家が管理する大魔道具――超広範囲拡声器ワイドランジスピーカーを使って年に一度、領地に人や魔物の心を鎮める祝福の歌や曲――通称『祝歌しゅくか』を奏でる時は奏者の精神面が何より重要になる。


 奏者の感情と魔力、大魔道具の共鳴によって祝歌の効力は変わる。感情は穏やかで落ち着いていて澄んでいて――幸せに満ちていればいる程良い。


 侯爵が祝歌を奏でられるに越した事はないし、祝歌を奏でられる人間は多い方が良い――そう思ってフレディもフローラも甘やかしてしまった面はある。


 2人とも、フレンとの可愛い子どもだから――という面も強いけれど。そういう私利私欲を抑えきれない辺り、私はやはり侯爵に向いていない。


(……結局、私もお父様と同じ過ちを繰り返してしまったわね)


 いえ、私はお父様とは違ってフローラが見かけによらず強かな娘だという事には気づいていた。だけど――フレディに対する執着心には気付けなかった。


 その結果フローラを手放す事になってしまったのは痛い。しかし私が引退する前にフレディの未熟さやフローラの凶悪性が露呈したのは不幸中の幸いでもある。


 フレディの優しさや正義感は活かしつつ、優柔不断かつ事なかれ主義な部分はこれからの教育で慎重に修正していけばいい。フローラが傍にいなくなった事でフレディも少しは前を向けるでしょう。



 執務室に入り、机の引き出しから釣書を取り出そうとした所で銀色の封蝋がついた封筒が滑り落ちた。


 いつの手紙だったか――少し気になって封を開けて開いてみれば、妹アザリアの丁寧な筆跡が自然と文章を読み進めさせる。


<魔導学院の寮の結界石には7年前から特殊な仕掛けが施されているの。寮の中で使った魔力の色と場所が全部、その時間と一緒に記録されているのよ。とある生徒の卒業課題らしいわ>


 フローラが魔力探知を使ってソルフェリノ嬢の部屋に出入りしたのが学院側にバレたのは、そんな余計な小細工が施された結界石のせい。


 この手紙が送られてきた後、嫌な予感がしてそのとある生徒が誰なのか教えて欲しいと綴れば<個人情報の関係で教えて貰えなかった>という手紙には代わりに理由が記されていた。


<その生徒が言うには、もし寮の生徒宛に呪いが込められた手紙等が送られてきた際、呪いが発動した瞬間の魔力が記録されて犯人を断定できる証拠になるように、ですって。>


 7年前という年代、結界石に小細工を施せる程魔導工学に長けた人間でその動機――侯爵の追求から守らなければならない立場の人間だと考えれば、それが誰かはもう明らかだった。


 ――コッパー家の、私の神に恥をかかせた橙色の小生意気な少年クソガキ


 声を奪って反省を促してみても尚、その反抗的な目の光は消えない。それどころか寮の結界石に魔力探知と記録機能を組み合わせた迷惑極まりない魔道具まで開発し、取り付けた。


 私の紫の魔力は私だけの色。その私と何度か会う機会があるのに一度も物申して来ないのは自分の声を奪ったのは私である事に気づいてないからでしょう。だから記録機能なんて厄介な物を作ったのだと思うけれど。


 その証拠さえなければフローラの行動はある程度取り繕えた。だけど学院側にきっちり不法侵入の形跡を残されてしまっては侯爵家の身分では何も言えなかった。


(反撃、と言うにはあまりに手痛いものね……)


 ちゃんとヴィクトール様に謝れば声を返してやろうと思っていたのに。どうせ謝るつもりもないのだろうし――奪った声はもう何処かの動物にでも宿してやりましょうか?


(フローラ……頭の悪い母親でごめんなさいね)


 微かに震える手で手紙を封に戻して引き出しの中に入れた後、釣り書きを取り出す。悲しいし寂しさもあるけれど、これで身内の問題には片がつく。


 これをフローラに見せた後、部屋で怯えているフレンに会いに行ってあげないと。


(もう20年位前の話なのに……ヴィクトール様の感情操作ってそんなに怖いものなのかしら? 本当、可哀想な人ねぇ……)


 そう――貴方も、フローラも、貴方が本当に愛していた私のもう一人の妹も。神様によって歪んだ幸せを与えられた、幸福で、可哀想な人達。


 でも――そんな歪んだ幸せが誰かの手で壊されるのが怖くて貴方を頑なに縛り付ける私と貴方、本当に可哀想なのはどっちなのかしらね?


『……4回目が来ない事を祈っていますよ、義姉上』


 ヴィクトール様の言葉が脳裏によぎる。

 

 ああ、フレディ。本当に――どうか貴方だけは可哀想な人にならないで。

 貴方の意志で動かすその手で、貴方の力で、自分が本当に求める幸せを、掴んで。


 神の手が加えられていない本当の幸せを、私に見せて。


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選ばれなかった紫色の侯爵令嬢~歪んだ心はきっと死ぬまで戻らない~ 紺名 音子 @kotorikawa

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