二刀流のフリして二兎羽流!

葛鷲つるぎ

第1話 そうして残りは彼持ちになった∞

 荒れた大地に、ぽつんと一軒。旅人たちのオアシスはあった。

 オンボロだが、人々は必ず立ち寄る。新鮮な水を飲み、空になった水筒を満たし、しばしの休息の後、旅を再開する。そんな需要で商われる小さな飲み屋である。


 修行のため旅するシシオもまた、旅人の例に漏れず久方ぶりの新鮮な水を大事に飲んでいた。

 身にまとう外套はだいぶ汚れていて、長旅を察せられる。旅人しか来ないようなところでもあまり見ない顔立ちで、周囲の興味を引いていた。


「おっちゃんー、お水もう一杯ー」

「まいどー」


 間延びする声が行き交う。

 シシオは水筒分の水も買うと、これでしばらくは平気だ、と安堵の息を零した。


「テメェ! こんなところまで逃げやがって!」


 罵声を浴びせられて、顔をしかめる。いやいや後ろを振り向けば、うさぎ耳スキンヘッドの男が居た。


「誰ですか?」

「なんだこれはぁあああ!?」


 男は見覚えのないうさ耳を投げ捨てた。


「テメェ、また俺をおちょくりやがってッ。ぶっ殺す!」

「ごめん、うさ耳のインパクトが」


 それを差し引いても、彼を覚えていないシシオは首を傾げた。


「この一帯は戦闘禁止ーー」


 店長が顔も上げずに言う。


「だとよ」


 シシオはカウンターに向き直った。

 当然、苦労してここまで来ていたスキンヘッドはプチっと切れる。


「っっざけてんじゃねぇえぞテメェエエエエエエ!!!!!!」

「ウッサ!!」


 真後ろで叫ばれ、シシオは思い切り肩をはね上げた。そのせいで、カウンターに立てかけていた刀を二本とも奪われる。


「あ」

「ガハハハッ。これでテメェも年貢の納め時だぁああ!」


 流石にシシオに焦りの表情が浮かんだのを見て、スキンヘッドはあくどい笑みを浮かべた。そして己の怪力をいかんなく発揮し、木の枝を折るかのようにシシオの刀を折る。と、男は驚愕に目を見開いた。


「! て、テメ、これ……騙してやがったか!」


 男が手にしているそれは、中身が空洞の模造刀だった。木刀ですらない。


「心外だな」


 シシオは先程とは打って変わって、胸に手を置き静かに語り始めた。


「二刀流。それは、至高のハッタリ……。なんか格好良い。なんか強そう。そう思わせることで無益な戦闘を避ける。嗚呼。オレ、なんて頭が良い……」

「どう見ても頭悪過ぎなんだろ!?」


 スキンヘッドの男は、我に返ると自分の流れを取り戻そうとした。


「ふ、フン。正体見たり。だな……っ?」


 が、シシオが居合の構えをしていることに気づいて慌てて反撃に出る。


「――二兎羽流」


 シシオは振り被られた拳を受け流すと、声高に叫んだ。


「フリフリダンス!」


 するとシシオの両脇に、二羽の白ウサギが現れた。ふさふさで耳がぴんと立っている愛らしいウサギだった。彼らはポーズを決めると、フリフリと尻尾を振りステップを踏む。


「わあ可愛い」


 思わず拍手が上がった。愛らしい姿に周囲が相好を崩す。


「どうも、どうもー」


 シシオはどこからともなくシルクハットを取り出した。


「この、この……ッ」


 すっかり自分を出しにされて、男はわなわなと震え、振り被る。にこやかに投げ銭を受け取って横ががら空きのシシオだったが、刹那、うさぎの鋭い蹴りが男の急所を打った。シシオばかりに気を取られ、ウサギに無警戒だった男は、どうっと音を立て倒れた。

 二羽のウサギは華麗に着地すると、主人とともに優雅に一礼。盛大な拍手が上がった。


「ふぅ」


 すっかり人気者になり周囲にもみくちゃにされたシシオは、後は使い魔のウサギに任せた。人込みからからくも抜け出すと、折られた模造刀を拾い、カウンターの水をごくごくごく、と一気に飲む。


「マスター、御馳走様。これは迷惑料だ」


 気持ちばかりのお金をカウンターに置き、これ以上は迷惑をかけられない、とでも言うように外套をひるがえす。

 店長は、ちらりとその金額を見た。禁止事項を算出。


「……足りないー」


 シシオはずっこけた。逃げの一手のつもりだったのに、出鼻をくじかれて足を引っかける。

 周囲の生暖かい目が向いた。

 二羽の白うさぎは、主の肩にその小さな手をぽん、と置く。


「そいつ持ちで!」


 シシオはガバッと顔を上げて、言った。



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