第10話 ジャッジメントデイ
学校に来てからも、南は机にかじりついていた。
落第の危機と知っていたらしいギャル友たちも、親身になって南に勉強を教えている。
その光景は微笑ましく、少しだけ羨ましかった。
ついこの間の俺だったら、またギャルたちが何か頭の悪い会話をしている、としか思わなかっただろう。
だがその真相は、友人のために休み時間を割いてまで勉強を教える熱い友情だった。
俺には縁遠い、いやたとえそういう友だちがいたとしても、俺はきっと見放している。
誰かを思う気持ちというのは気苦労の絶えない〝疲れること〟だからだ。
『ありがと! 頑張る!』
そう言って向けられた笑顔とⅤサイン。
南に対して抱くこの気持ちは、果たして〝疲れること〟なのだろうか。
そんな疑念を抱えながら授業を受け、気づけば昼休みに。
今日は自作の弁当だ。
見た目も味も素っ気ない。
ここ数日の弁当と比べると、奇跡のような劣化を見せている。
それは俺だけでなく、南の弁当もそうあるわけで――
「えっ、亜沙乃の弁当ショボくない?」
「な~に寝ぼけながら作ったの?」
などと早速ギャルたちのネタにされていた。
実際に南の弁当はいつもと比べてショボいのだから、ギャル友たちに
「だけど、やっぱ傷つくなぁ~」
呟きながら型崩れのしたコロッケを口に入れる。
シャリっとしたジャガイモの食感が絶妙な不快感を与え、思わず眉をひそめてしまうほどだった。
作った俺ですら「微妙……」という感想を抱くのだから、料理上手の南からすれば相当に「不味い」ものなんだろうな。
「そんなことない。見た目は確かにあれだけど。でも、ちゃんと愛がこもってる」
聞こえてきた南の言葉は、俺の胸を強く締め付けた。
「愛って……亜沙乃いつも自分で作ってるんじゃないの?」
「あ……」
慌てて取り繕おうとする南。
大きな身振り手振りに周りのギャル友たちは頬を緩ませていた。
「と、とにかく! これは私のお弁当なんだから、どんなのでもいいでしょ!」
呆れたように頷くギャル友たち。
「まったくもう。それじゃ、いただきます……んー! 美味しー‼」
口いっぱいに頬張って笑う南に、俺の目頭は熱くなっていた。
――いつかちゃんと、胸を張って美味いと言える料理を作って、南に食べてもらおう。
そう心に決めて、弁当の残りを平らげる。
不思議と味は変わらないはずなのに、微妙だと思うことはなくなっていた。
午後の授業はつつがなく終わりを迎え、下校の時間と共に追試の時間がすぐそこまでに迫っていた。
俺の視界の端では、金髪女子がわめき、それを銀髪女子がなだめるという光景が広がっていた。
「ヤバい。まじでヤバい。緊張しかしない。緊張しか勝たん」
「亜沙乃落ち着きなって。焦ったっていいことないんだし。ここまで来たら腹くくれ」
「や~だ~落第したくな~い」
当の本人はかなり追い込まれていた。
そりゃ学年が一つ下げられるかもしれないというのは、かなりのプレッシャーだろう。
だけど俺にできることはもうない。
あとは南がこの一日でどれだけ出来るようになったかにかかっている。
「亜沙乃頑張れよ!」
陽キャ男子がポンと南の肩を叩いて声をかけた。
「あんがと慶太。これが最後の会話にならないよう祈ってて」
「ハハッ、なんだよそれ。分かった、神にも仏にも祈っててやる」
「ありがと~!」
分け隔てなく接するのが彼女のポリシーだということは分かっているが、それでもやはり陽キャ男子というのは憎い。
――気軽にママの肩触ってんじゃねぇ。
そんな俺の怒りをよそに、南は無邪気な笑みを浮かべ陽キャ男子に手を振っていた。
ママに変な虫が寄り付かないようにしなきゃ、と思い始めたのはこの時からだ。
「亜沙乃そろそろ時間じゃない?」
「そう……ね」
銀髪ギャルの彩と共に席を立つ南。
彼女が立ち上がる瞬間、ふと俺と目があった――と思う。
それが見間違いであっても、俺が彼女を追う理由にしては十分だった。
「み、あ、亜沙乃、さん……」
俺の声にピタリと足をとめ、こちらに振り返る南。
次いで彩もこちらに振り返り、突然声をかけた俺を不思議そうに見つめてきた。
その視線にやられ思わずその場から逃げ出してしまう。
それでも伝えたいことは伝えたい。
俺は南とのすれ違いざま、精一杯の勇気を振り絞って、固く強張った口を懸命に動かした。
「頑張れよ」
たったその四文字を口にしただけで、俺の心臓はバクバクと激しく音を立てる。
南からの返事は早かった。
「うん!」
どんな表情をしていたかは見えなかったけど、きっと嫌な顔はしていないはずだ。
「今のって笹森だよね……? 亜沙乃いつの間に仲良くなってたの?」
彩の驚いた声を背に受けながら、足早にその場を去った。
もう一度「頑張れ」と心で唱え、俺は帰路につく。
向かう先は家でもゲーセンでもない。
追試終わりの南をねぎらうため、今日の夕食は南の好きなもので出迎えようという算段だ。
「……あれ? ママの好きな食べ物ってなんだ?」
***
結果、ローストチキンにちらし寿司、ハンバーグに大判サイズのピザ、オムライスにたこ焼きと、全国の高校生が好きであろうものを買いあさっては袋に詰めた。
家に着くなり買ってきた惣菜をリビングのテーブルに広げてみると、豪快さしか取り柄のない、とても頭の悪そうな食卓が出来上がった。
「大事なのは見た目のインパクトだから、うん」
と自分に言い聞かせながら部屋着に着替えて、南の帰りを待った。
ただ人を待つということに慣れていない俺は、無性にソワソワして、とりあえず家中を歩き回っていた。
ふと南の部屋の前で足が止まる。
それは好奇心だった。
いやむしろ確認作業に近かったのかもしれない。
俺は部屋の扉を勝手に開け、その中へと入っていく。
「あぁ。本当に俺は女の子と同棲しているんだな」
そこは俺の知っている客人用の部屋ではなくなっていた。
果物のような甘い香りが部屋中に漂い、淡いピンクを基調とした家具たちに埋め尽くされている。ベッドの上には部屋着やら下着やらが乱雑に置かれていて、クローゼットの中はカラフルな服たちが並べられていた。
そして机の上には今朝までの戦いの痕が残されている。
同じ単語で埋め尽くされたルーズリーフ。
空になった水色のペン。
『落ちたくない!』と書かれたピンク色の
審判はまもなくくだるだろう。
南が帰ってきた時、俺はどんな顔して迎えてやればいいんだろうか。
部屋を出る瞬間、今朝見た南の笑顔が目に浮かぶ。
こんなギリギリの戦いの最中でも、彼女は笑っていた。
学校でも嘆きながら、それをどこかで楽しんでいるようにも見えた。
『ギャルってのは世渡り上手なのよ』
南の言った言葉の意味が、少しだけ分かったような気がした。
「世渡り上手って言うよりは、楽天家の方がお似合いだけどな」
一人呟いて扉を閉めると同時に、玄関の扉が勢いよく開け放たれた。
「ただいま~‼」
朗らかで嬉しそうな南の声が家中に響く。
玄関へ向かう足取りは自然と早くなっている。
そこに心配や不安といった気持ちはない。
南の声だけで、結果がどうであったかすぐに分かったからだ。
廊下の角を曲がり、玄関までの一直線。
仁王立ちで構える南と目があった。
おめでとう、と口を開く前に、彼女は見事なピースサインをこちらに向ける。
「受かってきたっ‼」
そう言って見せる満面の笑みにつられて、俺の頬も緩んでしまう。
「おめでとう」
俺の言葉に南は、
「えへへっ」
と嬉しそうにはにかむのだった。
クラスメイトのギャルが、僕のママになりました。 蒼木あお @ao_ki_ao
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