彼氏の条件
卯堂 成隆
とある冒険者ギルド併設の酒場にて、女斥候が問いかける
「ねぇ、あんたの理想の男ってどんな感じなの?」
そう尋ねると、この酒場の看板娘であるシルヴィは少し考えた後でこうつぶやいた。
「よく、分からないわ」
「真面目に言ってる?」
……というか、真面目に答えてもらわなくては困る。
なにせ、シルヴィの好みの相手を聞き出せなければ銀貨5枚を支払わなくてはならないのだ。
ほんと、知り合いの冒険者共と賭けなんかするんじゃなかった。
ただの負け惜しみだけどね。
見れば、向こうの席でアタシとの賭けに勝った冒険者の男が腕を振り回してもっと執拗に聞きまくれとジェスチャーをしている。
しがない斥候に過ぎないアタシに過度の期待すんな。
アタシは野外活動やトラップの解除は得意だけど、聞き込みは苦手なんだよっ!
「もちろん真面目に言ってるわよ、アルマ」
だとしたら最悪だ。
こんな答えを持って帰ったところで連中が納得するはずもない。
「ちょっとぐらい、男の人のこんな仕草にキュンと来るとかないの?」
うわぁ、自分で口にした言葉だけど、なんか生理的にダメ。
全身に鳥肌が立つわ。
すると、アタシの口にした言葉に、周囲の男たちが一斉に押し黙って聞き耳を立てはじめる。
お前ら、みんなシルヴィを狙っているのか。
まぁ、美人だからな。
わからなくはないが、身の程を知ったほうがいいぞ。
「うーん……両手に武器を持った男の人って、ちょっといいかも」
それはちょっとした問題発言だった。
なぜならば、ここは冒険者ギルドに併設されている酒場。
周囲の男のほとんどが戦士か斥候。
武器の扱いには慣れている。
だからこそ、マズい。
きっと、明日には今反応した男たち全員が二刀流の剣士にクラスチェンジしてしまうだろう。
それでもベテラン冒険者だけあって、ある程度はやっていけるに違いない。
だが、それは個人で見た話。
ギルド全体で見た戦力は確実に低下する。
冒険者ギルドとしては、それは出来る限り避けたい状況だ。
「なに、二刀流使いであれば何でもいいってこと?
もっとこう、髪の色とかこんな顔立ちとか、そういうのは無いわけ?」
内心の焦りを感じながらも、なんとかほかの情報を引き出そうとするも、シルヴィはニッコリと笑って首を横に振る。
「無いわね」
その答えに、アタシは思わずテーブルに突っ伏した。
どうやらシルヴィは本気で言っているらしい。
世の中にはフェチと言うものがある。
他人にとってはなんでもないものでも、その人の目にはどうしようもなく魅力的にうつる病気のようなものだ。
かれこれ3年以上は付き合いのあるシルヴィだが、まさか二刀流フェチだったとは初めて知ったぞ。
なんというか……意外過ぎる。
しかし、彼女はなぜそんなフェチを持つようになったのだろうか?
何気なくそんなことを考えていると、厨房の向こうで働いているクマのような大男が目に入った。
このクマ男、シルヴィの父親である。
かつてはBランクの冒険者だったらしく、
Bクラスと言えば大陸全土でも100人に満たない猛者だ。
現役ともなれば、この国には数人しかいないだろう。
なお、超強面。
微笑んだだけで子連れのクマが泣いて逃げてゆくという噂は本当だろうか?
そういえば、このオッサンの現役時代は両手に一丁ずつ手斧を持っていたという。
つまり……ファザコンか。
「なに、アルマ。
何か失礼な事考えてない?」
「何でもないよ、シルヴィ。
ただ……これは悪い傾向だねぇ」
みんながこんな調子で、扱いの慣れていない二刀流で冒険に出れば、ギルドの業務に支障が出る。
何があったか調査されて、その原因が自分とシルヴィの会話だと断定されるのは避けたかった。
仕方がない。
アタシがなんとかするか。
あたしはカウンターの席から立ち上がると、こちらの様子を探っていた男どもに向かってこう言い放った。
「みっともないわね、あんたたち。
シルヴィの気を引こうと必死になりすぎて、滑稽だわよ」
「なんだと、このアマぁ!」
わかりやすく激高する男たちだが、実に残念だ。
ここで声を荒げる男に惚れる女はたぶんいない。
「ねぇ、あんたたち。
シルヴィが、恰好だけの二刀流を見て心動かされると思う?」
「うっ……」
シルヴィは仮にも黒旋風と呼ばれた戦士の娘で、冒険者ギルド併設の酒場で働く女である。
本人に剣術の心得がなくても、戦士を見る目は非常に厳しい。
それをわかっているだけに、男たちも言葉に詰まった。
「女を振り向かせたいのならば、かっこいいところを見せてよ」
「何をさせたい、アルマ」
そう問いかけてきたのは、あたしと賭けをした男。
困ったことに、この男……シルヴィに本気で惚れているらしい。
「アルマンドよ。
気やすく愛称で呼ばないで」
まったく、誰のおかげでこんな面倒なことになっていると思ってんのよ。
「そうね、シルヴィに男っぷりを見せるなら、うってつけの相手がいるわ」
そしてアタシは、厨房の向こうで物騒な笑みを浮かべている親父さんを指で示した。
その両手には斧と見まがうようなゴツい肉切り包丁。
まぁ、すごい迫力ですこと。
「親父さんに言ってみるといいわ。
お嬢さんとお付き合いさせてください……ってね」
アタシのセリフが終わるよりも早く、親父さんはドスの利いた声でこう告げた。
「ふざけたこと考えている奴は、四の五の言わずに二刀流でかかってきやがれ。
俺が試してやる」
その瞬間、世界は絶望に染まった。
「ほとんどの奴はあっけなく引いたわねぇ。
情けない奴ら」
まったく、このお嬢さんは自分のやらかしたことが分かっているのかねぇ。
「そんなものでしょ。
身の程を知る男たちばかりで安心したわ。
やっぱ、冒険者は安全第一で無いと」
「あら、私としては不本意ね。
冒険者と名乗るのならば、少しぐらい冒険してくれないと」
「あら、賢い男は嫌いなの、罪づくりなお嬢さん?
アタシを使って男たちを親父さんにけしかけるようなやり方は感心しないわ。
二刀流使いが好きって言うのも嘘かしら?」
「賢い男は好きだけど、それだけじゃね。
あと、二刀流で戦う人が好きなのは嘘じゃないわ。
でも、こざかしい男は嫌いよ。
そうね、私は賢い男よりも……うちのパパにボコボコにされてもくじけず向かってくるような、向こう見ずな馬鹿が好きね」
「男を試すようなことばかりしていると嫁き遅れるわよ」
「あら、残念だけどそれはなさそうよ。
……彼のおかげでね」
そう言いながら、彼女は自分の膝を枕に眠っている男の髪をそっと撫でる。
顔は腫れ上がり、口の端には血が滲む。
見ているだけで痛々しい状態だ。
だが、その手には今も二本の棒がしっかりと握られていた。
たった一人……並みいる冒険者のなかで一人だけ親父さんに立ち向かった馬鹿を見下ろしながら、あたしは心の中でつぶやく。
――この馬鹿に幸あれ。
やり切った顔で眠っている男と、その男を見下ろしている友人が、アタシはほんの少し妬ましかった。
彼氏の条件 卯堂 成隆 @S_Udou
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